中国四大美女と言えば、何と言っても、最初は【楊貴妃(ヨウキヒ)】でしょう。
日本では、四人の中では、楊貴妃が一番よく知られてる女性です。
楊貴妃の本名は【玉環】といい、日本の話にも、度々登場します。
玉環(楊貴妃)には、産まれた時に、室内に芳香が漂ったとか、子供の頃、玉環を見た占い師が、『この子は将来、皇帝に見初められて、貴妃になるだろう。』と言った、とかいう話が残っています。
玉環(楊貴妃)の美しさを強調するための、前振りでしょう。
どれくらい美人かと言うと、【白居易(白楽天)】の【長恨歌】にあるように、楊貴妃が振り返って微笑むだけで、後宮(皇帝のハーレム)の美女三千人が、顔色を失うほど美人だったそうです。
一体、どれほどの美人だったのか、想像もつきません。
このように、中国の四大美女は、とてつもない美人ぞろいですが、日本の女性も、決して引け目を感じる事はありません。
こんな美人にも、ちゃんと欠点を作っている所が、中国の物語の面白い所です。
楊貴妃の欠点について、述べてみましょう。
【隋唐演義】には、楊貴妃が、ライバルの【梅妃(バイキ)】から、『この豚女が!』とののしられる場面があります。
この話のように、楊貴妃は、ふくよかというより、デブの範疇に入る女性だったようです。
それも、ちょっぴりではなく、たっぷりを通り越して、でっぷりだったようです。
さしずめ、マ〇〇デ〇ッ〇スの容姿を想像すればいいのではないでしょうか。
それなら、相手の玄宗皇帝は、デブ専だった事になります。
まあ、美人の条件は、その国、その時代によってちがいますから、一概にどうこういう訳には行きません。
一説によれば、国が栄える時代は、太った女性が持て囃され、国が衰える時代には、スリムな女性が好まれる、と言われています。
楊貴妃が玄宗皇帝に初めて会った時は、【開元の治(カイゲンノチ)】といわれる、唐の絶頂期でした。
だから、太った楊貴妃が絶世の美女だと、評判になったのでしょう。
スリムな女性が持て囃される今の日本では、楊貴妃は、到底、絶世の美女とまでは言えないでしょう。
現代の日本美女の基準から言えば、楊貴妃より美人は、日本にざらにいると思います。
と、ここまでは、楊貴妃にとって、いいことずくめですが、この後、楊貴妃に悲劇が訪れます。
そもそも、楊貴妃は、玄宗皇帝の息子、寿王の嫁さんだったのを、玄宗皇帝が無理やり奪ったのです。
それも、そのまま奪ったのです、恰好がつかないので、一旦離婚させて、楊貴妃(当時は玉環)を尼さんにして、しばらくして、自分の嫁さんにしたのです。
玄宗皇帝も、なかなか芸の細かい事をしましたが、どんなに言い訳をしても、息子の嫁さんを取り上げた事には変わりありません。
若い時『わが身が痩せるのを憂えず、ただ民の痩せるのを憂えるのみ。』と言う名言を残し、【開元の治】と称えられる唐の絶頂期を築き上げた、名君玄宗皇帝も、これから一気に馬鹿殿に変貌していきます。
長恨歌の一節に『これより 君王 早朝せず(これから皇帝は早起きをしなくなった。)』とあるように、玄宗皇帝は、楊貴妃を嫁さんにしてから、政治をほったらかして、楊貴妃と遊ぶことに熱中して、贅沢ばかりします。
さしずめ、日本流に言えば『朝寝 朝酒 朝湯が大好き』な、放蕩ジィさんになってしまったのです。
まるで、スケールを大きくした、中国版【小原庄助さん】です。
そして、案の定『ハァ~ もっともだぁ~ もっともだぁ~』の結果になります。
玄宗皇帝が、贅の限りを尽くし、楊貴妃にうつつを抜かして、国の政治をおろそかにしたので、安禄山の乱が起きたのです。
反乱のため、身の危険を感じた玄宗皇帝は、いち早く長安から逃げ出して、楊貴妃を連れて、蜀地方に亡命します。
しかし、途中の馬嵬(バカイ)まで来て、楊貴妃の一族の横暴に反感を持っていた兵士達は、一族を殺してしまいます。
玄宗皇帝は、楊貴妃の命乞いをしますが、兵士たちは承知しません。
とうとう最後には、楊貴妃は、玄宗皇帝の家来の、高力士から縊り殺されてしまいます。
あわれ楊貴妃は、玄宗皇帝のスケープゴートにされたのです。
この事は、白居易(白楽天)の長恨歌に、余すところなくかかれています。
楊貴妃も、歴史上の美女の例にもれず、傾国の美女として名を残し、悲運の最期を遂げました。
こう考えれば、美人に生まれることは、あながちいい事ばかりではないように思われます。
ところで、楊貴妃には、もう一つ面白い話があります。
ある時、一人の男が、野原を歩いていると、野ざらしにされた骨を見つけました。
あわれに思った男は、その骨を拾って、丁寧に弔ってやりました。
その夜、トントンと静かに戸を叩く音がしました。
男が『どなたですか』と、尋ねると、きれいな声で『妃(ヒ)と申します。』と返事がありました。
不思議に思った男が、戸をあけると、入り口に、たいそう美しい女が立っていて、『私は楊貴妃です。弔ってもらったお礼に、今夜は私があなたを慰めて差し上げましょう』と言いました。
よろこんだ男は、女を、すぐに家の中に引き入れて、その夜は二人で羽化登仙の夢を結びました。
それを聞いて、羨んだ男が、『それなら、俺も』とばかりに、野原に行って、あちこち探して、やっと野ざらしになった骨を見つけました。
男は、聞いていたように、その骨を丁寧に弔ってから家に帰り、女が訪ねてくるのを今か今かと待ち構えていました。
すると、ドンドンと激しく戸を叩く音がしました。
男が『どなたですか』と尋ねると、野太い声で『飛(ヒ)と申す』と、返事がありました。
期待していた声と違うので、不思議に思った男が、戸を開けると、入り口に、顔中髭だらけの、見上げるほどの大男が立っていて『拙者は、張飛だ。弔ってもらったお礼に参上いたした。』と答えました。
それを聞いた男は、胆をつぶしてしまいました。
『妃』と『飛』が、中国語では、同じ発音になると言う事にひっかけた、小話です。
こんな笑い話が、中国の明の時代の【笑府】という滑稽本に載っています。
そして、この話をもとに、落語の【野ざらし】が出来ました。
ここに私が書いた話には、あえてオチをつけていません。
中国の笑い話も、日本の落語も、同じオチになっています。
もし、興味がある方は、落語の【野ざらし】を、どうぞ。
しかし、絶世の美女と謳われている楊貴妃が、笑い話しや落語のネタになるとは、あの世で、楊貴妃も嘆いている事でしょう。
これも、有名税の一つでしょうか?
次回は【西施】について考えてみます。
続く