☆BTE 2021-12-15記
Red River Valley:

 

この歌は、19世紀末には知られていたようです。日本で言えば、明治時代、日清戦争より前、です。長く歌われて来ただけあって、曲は悪くないし、歌詞も、時代が変わっても、訴えかけるものがあります。どういう生活の中で生まれた曲なのかは分かりませんが、開拓時代の何かを感じさせる芯があります。

 

ここの最後で、YouTubeで拾った、スティビーニクスは、ローリングストーズが、「ロックンロールの女王」と呼んだ位の人で、そんな人にも歌われるこの曲はすごいですね。

 

古い歌なので、その歌詞も、歌い順も、異同はあるようです。

 

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Red River Valley (traditional)

Written by:traditional


「Red River Valley 」英語詩:

曲名:レッドリバーバレー

美艇香津 訳詩

 

※初めの2行は、以下の、この歌の2連目、これが、繰り返しのリフレイン節になりますが、その2行です。なので、[リフレイン]部として括りました。

 

[リフレイン]

But remember the Red River Valley,
 わすれないで、レッドリバーバレー

And the girl that has loved you so true
 そのおんなのこのあい

 

[コーラス]

From this valley they say you are going,
 このたにをでていくの
We will miss your bright eyes and sweet smile,
 あかるいひとみと、ほほえみ
For they say you are taking the sunshine
 かがやくひももっていくの
That has brightened our pathways a while.
 みちをてらしていたのに

 

[リフレイン]
Come and sit by my side if you love me.
 わたしをすきなら、ここにすわって
Do not hasten to bid me adieu.
 いそいでさよならをいわずに
But remember the Red River Valley,
 わすれないでレッドリバーバレー
And the girl that has loved you so true.
 そのおんなのこのあい

 

[コーラス]

Won't you think of the valley you're leaving?
 あなたのいないこのたに
Oh, how lonely, how sad it will be?
 さびしくて、かなしいでしょ?
Oh, think of the fond heart you're breaking.
 かんがえてみて、いたむこころ
And the grief you are causing to me
 かなしいこのわたしを

 

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さっそく、1行目、[リフレイン]部です。

 

But remember the Red River Valley,
 わすれないで、レッドリバーバレー

 

 remember  覚えて[記憶して]いる、記憶にとどめる

 

「リメンバー、パールハーバー」の「リメンバー」です。

 

パソコンの自動翻訳で見ると、

 

⇒しかし、レッドリバーバレーを覚えておいてください

 

この歌の行を訳すのに、「おぼえておいて」とか、「おぼえていて」とは訳し辛いです。なぜでしょう?。「おぼえて」というと、記憶に留めるという事ですが、その記憶に留める対象となるものが、「レッドリバーバレー」なのでしょうが、どうも、、「レッドリバーバレー」の「何を?」と思考が働きます。それに対して、「忘れないで」と言うと、もうそれで、分かった気持ちになります。たぶん、この、「remember」という言葉に、その対象としての「私を」が仕掛けられているのです。

 

歌ですから、この歌の言葉を叫ぶのは、「人」です。「レッドリバーバレー」が歌っているのではないので、聴く人は、「remember」と言うのを聴いて、すぐに、そう言う人が、そこにいるのに気が付くのです。だから、それは、「私を覚えていて」というよりは、「私を忘れないで」だと、分かるのです。「私を覚えていて」と「私を忘れないで」が、同じにしか思えないかも知れませんが、それは、「覚え」と「忘れ」の違いに気が付かないだけです。..と、こうなると、もう、話は難しくなるので、それは、さらには追及しない事にして、だから、

 

 わすれないで、レッドリバーバレー

 

何をかというと、分かっているのですが、「私」の事を、です。歌の行を、パソコンの自動翻訳で見ると、

 

⇒そして、あなたをとても愛してきた女の子

 

「忘れないで」の対象を、一旦は、「レッドリバーバレー」と言ってっしまったので、その対象を追加する意味で、「And」が必要になります。それを、そのまま散文で言い表しても、歌にはなりにくいので、そういう事なので、こうなります。訳詩に、「(loved) you so true」(「あなたを本当に(愛した)」)が抜けていても、「そうに決まってるでしょ!」と言うしかありません。

 

And the girl that has loved you so true
 そのおんなのこのあい

 

ここまでは、この歌の出だしで、この歌のさわりを聴かせて、次から、本篇のフルコーラスです。

 

[コーラス]

From this valley they say you are going,
 このたにをでていくの

 

人は、あなたが、この谷から(出て)行くと言っている、のです。

 

パソコンの自動翻訳で見ると、

 

⇒この谷から、彼らは、あなたが行くと言う

 

その通りですね。自動翻訳では、「出て」と付け加えられないところが、まだ未熟だと言えます。

 

「ひとはいう、あなたがこのたにからでていくと」、となりますが、ここまで、日本語の歌が言う必要はありません。無駄があり、省けます。「ひとはいう」と「あなたが」です。では、どうして、英語では、その語句があるかというと、日本語の助詞、「を」とか「の」がない事と、言語習慣ということでしょうか。この辺が、いわゆる、今後の学問的研究課題でしょう、という事で..。

 

「を」は、誰かが、何かを対象としているのです。そして、ここでは、その誰かは、「あなた」以外にありません。

 

「の」は、「..と聞いたの」の「の」です。

 

というわけで、

 

 このたにをでていくの

 

次の行に進みます。

 

We will miss your bright eyes and sweet smile,
 あかるいひとみと、ほほえみ

 

 miss  〔~が〕ない[いない]のを寂しく思う、〔~が〕恋しい

 bright eyes  明るい眼

 sweet smile 優しい微笑み

 

「あかるいひとみと、ほほえみ」が、なくて、寂しく思うでしょう、という事です。文は未来形ですね。まだ、今、目の前に居る、「あなた」が、去ってしまった将来において、の事です

 

前の行で、「でていく」と歌って、寂しい気持ちになっているので、その寂しさが、対比により強調される言葉だけを残します。

 

 あかるいひとみと、ほほえみ

 

さらに、続けます。

 

For they say you are taking the sunshine
 かがやくひももっていくの

 

太陽の輝きさえも持って行く、と人は言う程です。

 

「人は言う」という語は、いわば、どうでもよくて、そうではなく、それを聞いて、さらに寂しくなる、「私」の気持ちを表したいのです。そのための、「..の」、です。

 

それは、「あなた」が居た、今となっては、その少しの間、

 

That has brightened our pathways a while.
 みちをてらしていたのに

 

 a while  (for a while)、少しの間

 brightened  輝かせる、光らせる

 

その太陽は、あなたは、今となっては、少しの間でしたが、行く道を照らしてくれていたのです。

 

そして、歌は、次の連に入ります。もう、あなたは、「行く」のが決まっていて、その上で、自分の気持ちを整理しなければなりません。この連は、[リフレイン]部です。歌詞の違う[コーラス]部を歌って、この連を繰り返します。

 

Come and sit by my side if you love me.
 わたしをすきなら、ここにすわって

 

 Come and sit  来て座って

 by my side 私の側に 

 

 「来て」は言わなくてもいいですね。「ここにすわって」で、「来て」も入っています。では、英語では、なぜ、わざわざ、「Come and」になるのでしょう。おそらくは、英語でも、「Come」は要らないのでしょう。でも、音符の都合もあって、何か言葉を言わなければならなかったのです。そして、「側に」は、「ここに」にしました。「そば」という音で意味されるものよりは、「ここ」と「いう方が、すぐに、具体的に分かります。だから、

 

 わたしをすきなら、ここにすわって

 

そして、さらに、自分の思いを、そのまま、言います。

 

Do not hasten to bid me adieu.
 いそいでさよならをいわずに

 

 hasten  急ぐ

 bid  〈古〉〔挨拶・別れなどを〕述べる、告げる

 

「bid」のニュアンスは、「言う」であっても、それは、反駁しようのない事柄を「言う」のだろうと思われます。言わば、裁判の判決みたいに、です。だから、それは、言うのを急がなくてもよい、と言うのです。立場の弱い側が、そう言うのは、ちょっと、いじらしく、悲しいですね。しかも、その事を、怒っているのでもありません。

 

それは、次の行に、この文の初めの所で、もう、紹介したものです。


But remember the Red River Valley,
 わすれないでレッドリバーバレー

And the girl that has loved you so true.
 そのおんなのこのあい

 

次の連、[コーラス]が、あります。

 

Won't you think of the valley you're leaving?
 あなたのいないこのたに

 

パソコンの自動翻訳で見ると、

 

⇒あなたが去る谷について考えませんか?

 

なるほど、そうですね。でも、この文章表現では、その心情は表し切れていません。そして、次の行と合わせて、気持が言い表されています。ここでは、対象を提示するだけでよさそうです。

 

あなたが去る谷」は、「あなたがいない谷」とします。「さる」という音は、聴いて、すぐに、分かるのではなく、ある解釈の時間が必要です。それよりは、「いない」とした方が、理解の手間は省けます。

 

そして、はっきりと言います。

 

Oh, how lonely, how sad it will be?
 さびしくて、かなしいでしょ?

 

 lonely  寂しい

 sad  悲しい

 

未来形「will be」で、これからの事を考えているのです。そして、「how」(どんなに)、ですね、「どんなに、寂しく、悲しく、思っているか分かる?」と訴えるのです。

 

この歌は、もうそれしかありません。言いたいだけ、言わなければなりません。

 

Oh, think of the fond heart you're breaking.
 かんがえてみて、いたむこころ

 

 fond  優しい、好きな気持ちの

 break  壊す、割る、折る、破る

 

何と言ったらいいのか、「あなたが壊す、この気持ちを」と言う所でしょうか。

 

それは、去って行かれる側の「痛む心」です。

 

この連の最後も、ストレートにぶつけます。

 

And the grief you are causing to me
 かなしいこのわたしを

 

パソコンの自動翻訳で見ると、

 

⇒あなたが私に引き起こしている悲しみ

 

あなたが引き起こしている、あなたのせいで、という事をどれほ強く言う積りなのかは、分かりません。もう、その事態を変えられないと分かっているし、最後に、「私の側に座って」といっているのですから、やはり、いじらしい、悲しい気持ち、でよさそうです。

 

[コーラス]部に続けて、[リフレイン]部を繰り返して歌う事でしょう。それは、「忘れないで」という、優しい言葉です。

 

 

-完-

 

(余白残興)

 2021.12.15記:

 

上記の最後に、「忘れないで」という、優しい言葉です、と書きましたが、今なら、許されないでしょう。100年という歳月が経ち、時代も人も変わりました。とはいえ、今でも、分からないではないのです。下記のYouTubeで拾ったスティビーニクスは、その分かる気持ちを、自分なりの解釈で歌ってくれているような...。

 

YouTubeを拾っておきます。