いつの間に「キャッシュ蔦田」と呼ばれるようになったのか。。。
だれがそのように言うようになったのか。。。(言いだしっぺは自分かもしれない(^^;;)
たしかに私はキャッシュが好きだし、
キャッシュを得ることも、生み出す事も好き

でも、親からそういう教育をされたわけでもなく、どちらかと言えば、実家にいるときはすべて親任せ。
したい事はさせてもらって来たし、欲しいものは殆んど買ってもらっていた。
たぶん、その辺から語らないと「キャッシュ蔦田」の原点は見つからないと思う。
(だから、よかったらお付き合い下さいね~!)
実家は奈良の古くから続く旧家というやつで、現金はないけど土地や株などの財産はあるって家

とても保守的な環境ではあったが、本家の長女として生まれた私は大家族の中で伸び伸びと育てられた。
父親は公務員で厳しかったから、「バイクはダメ」 「清涼飲料水はダメ」 など、
ポリシーに合わないものは与えられなかったけどね。
だけど教育に関しては惜しみなく与えてくれてたな~って思う。
母親は、買い物好き・ブランド好き・食べ歩き好きな典型的な主婦だった。
私には、地元で安定した仕事に就き、奈良の富裕層と結婚して欲しかったみたい。
ま、大学を出てから教師をしたまでは、母親の思い通りの人生を歩んでたかも。。。
結婚で、それは打ち砕かれて、とても悲しかったそうだけど

だから、商売人の家庭で育ったわけでもなく、自分で仕事をする発想なんてこれっぽっちも思ってなかった。
仕事といえば、働いた分だけお給料をもらうという考えしかなかった。
大学時代は、バイト三昧。それはどの学生さんも変わらない事だと思う。
普段は高い時給の家庭教師を掛け持ちしながら、長期の休みは普通の時給のバイトをしてた。
しかし~~23才で教師になって「社会とは不公平だ!」と思うようになったのだ。
「なんで、社会とは不公平だ!」って思ったのかは次回に

じわじわと書いていきます~~これって自分を見つめなおすきっかけになりますね。
※あたらしさん、森岡さん、りくえすと下さってありがと!
☆お金にまつわるエピソード☆(読み返してたら思い出したから追記しておきますわ)
・ひいおじいちゃんが結構権力者だったらしい。あるとき保証人になった人に逃げられて、
家に借金取りが押しかけてきたことがあったそう。
祖母は「絶対保証人にはなったらあかんで!」と口を酸っぱくして言っていた。
・祖母は祖父にお金の実権を握られていたため、
うま~く祖父にお金を出させるように知恵を働かせていた。
子供心に、「自分で使えるお金がないってことは不自由やなぁ~」って思っていた。
・父はお酒を飲んだら性格が変わる人でそういうところで結構苦労した。
(だから男は信じられないっていう価値観があったw)
母は、「でもお金で苦労してないから、これくらいましやわ」って言っていた。
お金で苦労するってことは、大変なことなんだと思っていた。
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