気がついたらlivedoorにドリコムブログが買収され、
自動的にブログ移行でけるのかと思ってたらできない上
もう編集自体できないことになっていた。
あな恐ろし。
livedoorブログは記事作成が使いにくいので面倒だなっと思っていたし
編集も移行もめんどくさいのでアメブロにしてみた
検索で一番上にひっかかったから。
そうまでしてブログを書く意味ってなんだろう。
でも習慣みたいなものだから。
見たい番組があるわけでもないのに、なにか見たいからテレビをつけるのと同じ感覚。
書きたいことがあるわけでもないのに、なにか書きたいからブログをひらく。
意味とか意義とか目的とか、
そういうのがなくても重要なこと、違うなあったほうがいいことって、
生きていく上で結構あると思う。
というかそういうことやものばっかりの積み重ねで人間は生きてるんだと思う。
だから突然
何の脈絡も無く歌いだしたり、
意味も無く踊りだしたり、
「ホット春雨」と突発的に言ってみたり、
しまうまのしまをぐるぐるとってみたりしても別にいいじゃんと思うんだけど、
どうやら他者と同一の空間に居る時にそういう事をやると
白い目で見られるか苦笑いされるか呆れられるか、
ネガティブな素因しか受け取れないパターンは経験則。
いいじゃん。みんなだってほんとはそんな無意味の積み重ねで生きてきてるんだから。
そういえば昔。
親友と呼べるであろう友と二人で帰途についていた。
学校近くの公園を過ぎ、角を曲がって多分、古本十万冊の前くらい。
多少は何かしゃべっていたかもしれないが、少なくとも公園くらいから
なんとなく二人とも無言になっていた。
背後から日が射していて、道路には二人の影が落ちていた。
その影を見ながら、ここで両手を上に上げて、
その上げた両腕の形をチューリップの花として、
自分の胴体が茎の感じで、影をチューリップの形に見立てたら面白いなあ、
とは思わなかったんだけど多分思ったんだろうな。
思ったか思ってないかわからないけれども思った瞬間にはもうそれを実行し、
「ちゅーりっぷ」と発言した。
と思ったら、まったく同時に友も両腕を上げ、「ちゅーりっぷ」と発言した。
声は見事にハモッた。
まったく前後に脈絡が無い上、まったく無意味で突発的な行動にもかかわらず、
見事に二人の動作と発言が一致したのである。
意味が分からない。
そりゃそうだ。意味なんてないのだから。
でもこのシンクロニシティは、二人に大爆笑と妙な連帯感をもたらしたのは確かなんだ。
無意味から出発したはずのものが意味をもたらす事だってあるんだ。
だから、無意味を無意味と行って切り捨てるのって、
やっぱりちょっと無意味で無体。
そんな世の中はどっちかっていうとポイズン。
でもだからといって、やっぱり突然歌いだしたり踊りだしたり
グイネス・パルトロウ!と叫んでみたりすると冷たい視線をあびることに
変わりはないんだけどね。
インダス川。
自動的にブログ移行でけるのかと思ってたらできない上
もう編集自体できないことになっていた。
あな恐ろし。
livedoorブログは記事作成が使いにくいので面倒だなっと思っていたし
編集も移行もめんどくさいのでアメブロにしてみた
検索で一番上にひっかかったから。
そうまでしてブログを書く意味ってなんだろう。
でも習慣みたいなものだから。
見たい番組があるわけでもないのに、なにか見たいからテレビをつけるのと同じ感覚。
書きたいことがあるわけでもないのに、なにか書きたいからブログをひらく。
意味とか意義とか目的とか、
そういうのがなくても重要なこと、違うなあったほうがいいことって、
生きていく上で結構あると思う。
というかそういうことやものばっかりの積み重ねで人間は生きてるんだと思う。
だから突然
何の脈絡も無く歌いだしたり、
意味も無く踊りだしたり、
「ホット春雨」と突発的に言ってみたり、
しまうまのしまをぐるぐるとってみたりしても別にいいじゃんと思うんだけど、
どうやら他者と同一の空間に居る時にそういう事をやると
白い目で見られるか苦笑いされるか呆れられるか、
ネガティブな素因しか受け取れないパターンは経験則。
いいじゃん。みんなだってほんとはそんな無意味の積み重ねで生きてきてるんだから。
そういえば昔。
親友と呼べるであろう友と二人で帰途についていた。
学校近くの公園を過ぎ、角を曲がって多分、古本十万冊の前くらい。
多少は何かしゃべっていたかもしれないが、少なくとも公園くらいから
なんとなく二人とも無言になっていた。
背後から日が射していて、道路には二人の影が落ちていた。
その影を見ながら、ここで両手を上に上げて、
その上げた両腕の形をチューリップの花として、
自分の胴体が茎の感じで、影をチューリップの形に見立てたら面白いなあ、
とは思わなかったんだけど多分思ったんだろうな。
思ったか思ってないかわからないけれども思った瞬間にはもうそれを実行し、
「ちゅーりっぷ」と発言した。
と思ったら、まったく同時に友も両腕を上げ、「ちゅーりっぷ」と発言した。
声は見事にハモッた。
まったく前後に脈絡が無い上、まったく無意味で突発的な行動にもかかわらず、
見事に二人の動作と発言が一致したのである。
意味が分からない。
そりゃそうだ。意味なんてないのだから。
でもこのシンクロニシティは、二人に大爆笑と妙な連帯感をもたらしたのは確かなんだ。
無意味から出発したはずのものが意味をもたらす事だってあるんだ。
だから、無意味を無意味と行って切り捨てるのって、
やっぱりちょっと無意味で無体。
そんな世の中はどっちかっていうとポイズン。
でもだからといって、やっぱり突然歌いだしたり踊りだしたり
グイネス・パルトロウ!と叫んでみたりすると冷たい視線をあびることに
変わりはないんだけどね。
インダス川。