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みんなで社会は変えられる!

いまの経済や教育はなんかへん。
小さなことから経済や教育をワクワクに変えていくために
日々発見したことやできることを考えていきたいと思います。

中沢新一さんの講演会に行って、話が面白かったので本を二冊買ってきました。


みんなで社会は変えられる!-nakazawa

「古代から来た未来人 折口信夫」という本の中で
『古代人たちは、自分たちの心に浮かんだ考えを無意識のままに、石や木や風景や身振りや声や聖地のかたちを通して、表現しようとした。

文字記録の場合にはゆがんで表現されていることが、自然物をとおして素直にあらわされているのである。(曼荼羅はその自然物を持ち歩けるように表現したものといっていました)

(中略)

人間の思考能力を、「別化性能」と「無化性能」のふたつに分けて考えている。ものごとの違いを見抜く能力が「別化性能」であり、一見するとまるで違っているように見えるもののあいだに類似性と共通性を発見するのが「無化性能」である。折口自身は自分は「無化性能」がとても発達していると語っていた。


この言い方をとおして彼は、古代人の思考の特徴を示そうとしていた。近代人は「別化性能」を異常に発達させた。その傾向はすでに奈良朝からはじまっていた』という。


講演会の中では、宗教の発祥する前とそのその過程や縄文人の話などから最近の原発の問題にまで話が発展し、興味深い内容でした。


現代人は、学術を土台とした帰納法的な思考をしますが、古代人は自然と近く生活していたためか、森羅万象のメカニズムを肌で感じ、つながりが体感できる能力が強かったのでしょう。


折口氏のいう「無化性能」という演繹的な思考法をさらに発展させ、すべての現象・事象を(宗教から科学の最先端の量子力学まで)一つから説明してしまうのが、ノ・ジェス氏の統合認識学問「HITOTSU学」の観術という新しい認識方式だと思いました。


ノ・ジェス氏の観術も驚きですが、明治から昭和にかけて生きた折口氏が100年も前にこうした思考方式をあらわしていたことに驚きました。

「平成23年版 労働経済の分析」より非正規雇用の比率が上昇している。

参考:http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/11/

90年代後半から上昇してきた非正規雇用の比率は、2010年には過去最高の34.4%に達した。

これは1985年の倍以上の水準であり、働く人の三分の一以上が非正規雇用ということになる。

 f:id:Syouka:20110710015755j:image

内訳をみると、2000年代に入って20代前半の男性の非正規雇用比率が急激に上昇していることが目につく。(女性の場合は、40代以上でのパート比率が高く、この特徴はあまり顕著には見られなくなる。)

http://news.livedoor.com/article/detail/5697667/


働く側の都合もあるかもしれませんが、雇用状況が悪化していることが最大の理由でしょう。

企業の経営者としても、安定的な経済成長が見込めない限り正規雇用を増やすのは難しくなります。


どちらの立場も厳しいという状況では、今までのやり方ではない新しい道を開拓していかなければならないと言えます。


放送大学の「教育の最新事情」という番組で、子どもは衝動的で、自分のことを最優先に考えるという傾向があるということで

・対人関係能力欠如

・社会性の欠如

などの問題点を指摘し、

最近の子どもの傾向データ「子ども観」として


わがまま 64.0
おしゃれ 54.2
自己中心的 52.2
大人びた 46
おしゃれ 42・・

などが出されていました。


さらに、私生活化(=私生活優先主義的な生活態度)があるといわれています。

その理由として、

管理社会になってくる→80年代以降「高度消費社会」→TV等も私生活埋没主義→自己本位(私生活化)な生活スタイル があり、

この状態を集団全体での関連で考えなければ集団は崩壊してしまう。

信頼関係が大事であるということです


これはなにも子どもにだけ言えることではなく、紛れもなく大人がそういった生活スタイルだから、小さい時から子どもはその社会で見習って生きるためにそうなる。

そんな社会()の中で生まれ育てば、そんな子ども()に育つということだと思います。


「子どもに変われ」というのは難しいことです。


親や教育者や大人が、どうしたら見せかけの信頼関係ではなく、本当の信頼関係を築くことができるのか、一人ひとり真剣に考えることが大事ではないでしょうか。


意識して人間の尊厳性が感じられる生き方へシフトさせなければ、ますます私生活化が進んで、

自分の存在価値を感じられない(低くみてしまう)人たちが増えてしまい、そんな人達がつくる社会は希望がもちづらい社会になってしまうのではないでしょうか。


自分をどう思うのか(アイデンティティ)が大事な時代になってきています。