三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」 -22ページ目

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」

①ミサワ整骨院&治療②トレーナー③社長業やもろもろの活動④プロレス⑤はまじめに健康指南⑥酔いどれて裸祭り⑦世の中や人生について語る。7人のボルサリーノ三澤が登場する、多重人格日記。毎日お楽しみください!

最近裸祭りをご無沙汰。

絵を描く時間を確保するために、トレーニングがほとんど出来ない日々が続いた。
その結果、筋量低下、脂肪増量、お腹ぽっこり。
そして忘年会シーズンに突入。

裸祭りの出来ない体に。

なのに、なのに、

甲斐先生
テキーラ

という黄金タッグの誘惑に負けて

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111217_230339.jpg

裸祭り開催。

今回はお店のお客さんの参加はなく、記念撮影攻めにあいました。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111217_230757_ed.jpg
プロレス道場を一緒に行ったSAWAKI GYM 忘年会にて。
今日はトレーナー関係が勢ぞろい。

プロレス入場曲でおなじみの鈴木さんと。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111217_191006.jpg

じっくり話をするのは久々。
昔の思いで話で盛り上がる。
橋本さんやライガーさんが悪戯盛りの道場話などなど。
鈴木さんは僕が道場生の頃はよく道場に遊びに来ていたのだ。

橋選手と。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111217_195742.jpg

今はカテゴリー的には近いお仕事。
その手の話をあれこれ。

なかやまきんに君。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111217_192640.jpg

最近は走りに凝っているとのこと。
ということは、4Dインソールが必要か!?

ところで、澤木代表と撮ってないや。
先日の、小島聡20周年興行にて

スタン・ハンセンさんと

$三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111214_185139.jpg

僕がデビューしたての頃、東京ドームでスタンハンセンVSビックバンベイダーの試合があった。
外国人大型選手の肉弾戦。
あの頃は、トニーホームVSベイダー戦もよく行われていた。
今ほど技は高度ではないけれど、技などではないプロレスならではの迫力があった。
また現れないかな、迫力ある大型選手。

さて、

このところ縁あるレスラーの20周年大会続き。
同じ世代だから当然か。

小島選手のデビュー戦の相手は本来は僕であった。
しかし、前日のブラックキャット戦で僕は膝を負傷。
僕は欠場し、急遽小島選手の相手は天山(当時山本)選手に変更。

でも、今のテンコジの関係と歴史をみると、それが必然だったのかも。

その後、小島選手とは2回くらい試合をしたかな。
あまり覚えてないけど。

何はともあれ、今もこうして第一線で活躍しているのはうれしいものです。




プロレス道場ヤングライオンコースの練習最終日。

あとは入門試験を受けるのみ。
最終的にここからの受験者は一人。

欲を言えばもう少し体を大きくしたかったが、体力、技術ともかなりの仕上がり。
何しろ、最後の方は、新弟子並みの練習をこなしていたのだから。

ヒロ斎藤さんの昭和トレ。
SAWAKI GYMの科学トレ。
三澤式トレ。

それらを身体に刻み込み、いざ。


練習最後はステーキで仕上げ~。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111212_221940.jpg

新日本プロレス四日市大会。

寒い季節の寒い会場は控室にいるだけで身体が冷える。
冷えるということは、身体も動かしづらく、ケガの心配が増えるということだ。

最近では、地方の体育館は新しくなり、暖房のない古い体育館は減ったが、たまにあるのだ。
そんな時は、いつも以上に気を使う。

そして、ケガ人は・・・

タイチが腰を痛めたらしい。

らしいと言うのは、彼はトレーナー室に来ないからだ。
あちこちで、私をやっつけてやると言っているらしい。

当然、腰を痛めたのを、私にみせるはずがない。

もし来たとしても、仕事として割り切れるか自信はないが。


さて、夜の打ち上げは小島選手と。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111211_232809.jpg

ホテルに戻ったら、壁によりかかっている人が。

$三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111212_031304.jpg

近づいてみると、寝ている。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111212_031458.jpg

名古屋の怪人の相棒でした。
寺沢武一先生の忘年会へ。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111208_205958.jpg

ハリウッドで映画化が噂されているコブラ。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111208_203535.jpg

子供の頃に漠然とかっこいいなと思っていたコブラだが、今にしてそのかっこ良さがさらにわかる。

これは、分かる人には分かるよね。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111208_214126.jpg
西村修選手の結婚式でプロレス学校時代の仲間に再会。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」

当時「おじさん」と呼ばれていたおじさん。
あまり変わっていない。
当時の年齢を聞いたら、なんと25歳。
25歳なのにおじさん。
僕らにとっては、はるか年上に見えたのだろう。

こうやって何年かして再会できる仲間がいるってよいことだ。


二次会後、地方から参戦している仲間たちで新日本プロレスラーズの青春の地、等々力「香蘭」に移動。

吉江も合流。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111203_201454_ed.jpg

昔話で大いに盛り上がる。

最後は等々力の隠れやBARへ。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」

他人の結婚式のスピーチでも独身の楽しさを語っていた「生涯独身男」が結婚。

西村修である。

時がその主義を変えたのか、奥様がその主義を変えさせたのか。

そのめでたい結婚式へ出席。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」

西村選手とはプロレス学校からの付き合い。
西村、高校2年生。
私が大学1年生。

新日本プロレス時代はやばいくらいに一緒に行動した。
良いところも欠点?も把握している。
時は流れ、ちょい疎遠になり、
これからは政治家、家庭人の西村と付き合い第二章というところか。

ま、噛めば噛むほどおもしろみも味も出る奴なので。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」




偶然入った店に奴が。

$三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111130_005006.jpg

タイチ。

この前の大阪大会でもこずかれた。
あんな悪いことをしておきながら、今日はヘイコラと近付いて来た。
下心見え見えだ。

しかしまんまとその手に引っかかる私。

場は二次会、三次会へと進む。

そしてやはりその時は来た。

自分が眠くなったら、さっさと捨てゼリフを残し引き上げてしまったのだ。

やはりタイチはタイチ。

そんな奴の手に引っかかってしまった自分にも自己嫌悪。

こうなったら然るべき日に備えてトレーニングを始めるか。
41歳の幕開けは松山全日空ホテル中華料理の豪華なお食事だった。

そして41歳の閉めも全日空ホテル中華料理。

閉めの締めは昨年絶賛した杏仁豆腐。

三澤トレーナー日記・「七人のボルサリーノ」-111126_234329.jpg

うまい!

杏仁豆腐で始まり杏仁豆腐で終えた41歳。


震災があったので例年より早く感じた一年という時。

大地震
津波
原発
放射線

でもこうして同じ土地でまた同じ味わいを出来るのは幸せなこと。

お祝いをしてもらったり、食事をさせてもらったり、飲んだり、裸祭りをしたり、いろんなことに感謝です。

42歳もよい締めが出来るよう生きるぞ!