人を思いやるとはどういうことか?
思いやりについて、僕が真っ先に思い出すエピソードがある。
あれは、2000年、新日本プロレス気仙沼大会で福田雅一選手が倒れた時のことだ。
リング上で意識不明となった直後から、僕は福田選手にずっと付きっ切りだった。
あの時、今になって正直言うと僕自身も辛かったのだ。
肉体的にも、精神的にも。
福田への思い、親族への対応、寝ずの付き添い。
様子を見に来て状況を聞いて帰って行く一部の会社の幹部。
「あとはよろしく頼むな。」
冗談じゃない、睡眠時間もなく、食事も満足にとれなく、これ以上どうしろって言うんだ。そう口にだしたかったが、福田への思いだけが私を支えていた。
そんな時にやって来たのが欠場中の橋本真也さんだった。
「おい、外に行こう。」
でも、付き添っていないと、と言う僕を、
「いいんだ。」と、強引に外に連れ出した橋本さんは、俺が見ているからと、僕をホテルまで連れて行った。
そこで僕は始めて休息を取ることが出来たのだ。
その後、僕と橋本さんは、病院に来れない選手みんなの分もと、看病を続けた。
長時間の付添いは身体にこたえる。
みんな疲労していた。
特に、当時首の調子の良くなかった僕にとっては尚更である。
そんな僕に橋本さんは、「三澤座れ」と言って、椅子に僕を座らせ、首をマッサージしてくれたのだ。
みんなの願い虚しく福田選手は5日目の早朝、旅立って行った。
その時の話しはいろいろな媒体で書いたので省くが、
僕も誰もが一杯一杯のなかで、橋本さんはこんな声をかけてくれた。
「三澤、お前もよく頑張ったな、お疲れさん。」
人は、人からのホンの少しの思いやりで救われることがある。
あの時、福田選手との濃厚な最期の日々、行き場のない感情が橋本さんの言動で和らいだ。
あれを思いやりと言うのだろう。
自分の主張を優先しがちな世の中で、最近このエピソードをよく思い出す。
僕は橋本さんの年齢を越えてしまったけれど、
そんな思いやりはまだ持てずにいる。