ジョングク

 

22年 7/16 

 

 

窓際に立ってイヤフォンをつけて、流れて来る歌を少しずつ続けて唄った。

すでに一週間が過ぎていた。

もう今では歌詞を見なくても、歌詞を覚えて歌えるようになっていた。

片方のイヤフォンを外して自分の声を聞いたりして、練習をした。

歌詞が綺麗で好きだったんだけど、ちょっとその歌詞が気恥ずかしくなって頭を掻いた。

とても大きな窓に、7月の陽射しがこれでもかと言うほどに照り付けていた。

風が吹いたのか、緑色に光る木の葉が少しずつ揺れながらキラキラと輝いていて、その度に僕の顔に落ちる陽射しの感じも変わった。

眼を閉じた。

眼を閉じた中で広がって行く黄色や赤、青い色彩を想像しながら歌を唄った。

歌詞のせいなのか陽射しのせいなのか、心の中で何かが膨らんで行くようで、くすぐったくてドキドキした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

承 L p13

 

 

 

 

 

 

 

22年 4/11

 

 

結局、僕の願い通りになった。

道端で会った不良たちにわざとぶつかって思いっきり殴られた。殴られながら笑ったら、「気狂いな奴が」と言われ、更に殴られた。

シャッターにもたれて、空を見上げた。もうすっかり夜になっていた。真っ暗な空には何もついていなかった。

すぐ近くに草が一本生えているのが見えた。風が吹いて倒れた。

まるで僕のようだった。

涙が出そうで、わざと笑った

 

眼を閉じると、継父が咳払いをする姿が見えた。

義理の兄がキックをして笑った。

継父の親戚たちは他の場所を見たり、世間話をしていた。

まるで僕がその場にいないかのように、僕の存在が何でもないような行動をした。

彼らの前で母さんが途方に暮れていた。

 

床を掴んで起き上がると埃が立って咳が出た。

みぞおちがナイフで刺されたように痛かった。

 

工事現場の屋上に上がった。

夜の街が恐ろしい色で広がっていた。手すりの様な細い縁の上に昇って、腕を広げて歩いた。

一瞬脚がぐらついてバランスを失いかけた。

一歩間違えば死ぬだろうな、なんて考えながら。 

死ねば全て終わるのに。

誰も僕がいなくなったって悲しくないだろうに。

 

 

 

 

 

 

承 L p14

 

20年 6/25

 

 

ピアノの鍵盤を手で撫でると、手に埃がついた。

指先に力を入れて鍵盤を押してみると、ヒョンが弾いていたのとは違う音が鳴った。

ヒョンが学校に来なくなってから、10日程が過ぎていた。

今日は、ヒョンが退学処分を食らったという噂が回った。

ナムジュニヒョンやホソギヒョンは何も言ってはくれなくて、僕も何だか怖くて訊けなかった。

 

二週間前のあの日、先生がアジトにしていた教室のドアを開けて入って来た時、ここには僕とヒョンしかいなかった。

父兄参観の日だった。

教室にいたくなくて、当てもなくアジトに向かった。

ヒョンは振り返ることもなくピアノを弾き続けていて、僕は机を二つくっつけて置いて横になって寝ているかのように眼を閉じた。

ヒョンとピアノという組み合わせは少し異質的な感じだったけど、切り離して考えることのできない程、二つで一つというような感じでもあった。

ヒョンの弾くピアノを聞くと何故か泣きたくなった。

涙が流れそうになって寝がえりを打ったら、壊れるくらいの勢いでドアが開いてピアノの音がパッと止んでしまった。

僕は頬を殴られて後退りしたけど、結局倒れてしまった。

身をすくめて吐かれる暴言に耐えていたら、突然その声が止まった。

顔を上げたらヒョンが、先生の肩を突き飛ばして僕の前に立ち防いでくれていた。

ヒョンの肩越しに先生の呆れたとでも言うような表情が見えた。

 

ピアノの鍵盤を押してみた。ヒョンが弾いていた曲を真似てみた。

ヒョンは本当に退学処分になってしまったのだろうか。

再びここに戻ってくることはないのだろうか。

何度も叱られたり何度も蹴られたりするのは、ヒョンにとっては慣れたことだと言っていた。

もし僕がいなかったら、ヒョンは先生に歯向かったりしなかっただろうか。

もし僕がいなかったら、ヒョンはまだここでピアノを弾いていただろうか。

 

承 O p14

 

20年9/30

 

 

「チョンジョングク。君はまだあそこに行っているのか?」

僕は返事をしなかった。僕はただ靴のつま先を見つめて立っていた。僕が返事をしないと、出席簿で頭を叩かれた。しかし、それでも僕は口を開かなかった。それは、ヒョンたちと一緒に使った教室だった。ヒョンたちについて回っていたら、僕達はその教室を発見した。僕が行かなかった日は無かった。多分、ヒョン達は知らなかった事だろう。ヒョン達は約束があったりアルバイトが忙しかったり来ないこともあった。数日間、ユンギヒョンやジンヒョンどちらかを見ない日もあった。だけど僕は違った。僕は一日も休まずその教室を訪れた。誰も来ない日もあった。けどそれは大丈夫。例え今日来なかったとしても明日は来るだろうし明日じゃなければ明後日には来るだろう。それは大丈夫だった。

「君は彼らの周りにいたから悪い事を学んだんだな」

再び僕を殴った。僕は視線を上げ睨みつけた。また殴られた。ユンギヒョンが殴られていた姿を思い出した。歯を食いしばって耐えていた。僕は、嘘をついてまで僕は行っていないと言いたくなかった。

 

今、僕はその教室の前に再び立っていた。僕がドアを開けるとヒョン達がそこにいるはずだった。ゲームをしながら声を上げ遊んでいたヒョン達が振り返り、何故、僕が遅かったのか尋ねてきたり、ジンヒョンとナムジュニヒョンが本を読んでいて、テヒョンイヒョンはゲームをしていて、ユンギヒョンはピアノを弾いていて、ホソギヒョンとジミンヒョンは踊っているだろう。でも、ドアを開けたらホソギヒョンしかいなかった。ヒョンは教室で僕達が置いていった物を綺麗にしていた。僕はドアノブを握ったまま立っていた。ホソギヒョンがやってきて肩に腕を回した。それからヒョンは僕を外に導いた。

「行こう。」教室のドアは僕達の後ろで閉じられた。僕は突然、その日はなくなり、彼らは決して戻らないと気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

22年 5/2

 

 

頭を上げたら、僕はナムジュニヒョンのコンテナの前にいた。ドアを開けて中に入った。僕は周りに散らばっているすべての服を集めた。それらを僕の上に置いて、眠るために丸くなった。体全体が揺れ、泣きたかったんだと感じた。しかし、泣き声さえもでなかった。

 

僕がドアを開けて入った時、ユンギヒョンはベッドの上に立っていた。ベッドのシーツ端に炎が上がっていた。その瞬間、僕の全身は、耐えられない怒りと恐怖で包まれた。僕は話す事が得意なタイプではなかった。僕が感情を表して、人々を説得する事はなかなかできなかった。涙が浮かび上がり、咳が出て、さらに話すことができなかった。僕は火の中を走った。僕は辛うじて「一緒に海に行く事を約束した。」と言うことができた。

「どうしたの?悪い夢でも見たのか?」

誰かが僕の肩を揺さぶった時に目を開けた。ナムジュニヒョンだった。僕には説明できない慰めがあった。ヒョンは僕の頭に触れ、僕は本当にやったかのように感じた熱を持っていると言った。僕の口の中は沸騰してるような気がしたけど、寒くて冷たくて頭がガンガンして喉が痛い。ヒョンが持ってきてくれた薬を辛うじて飲めた。

「もう少し寝なさい。僕達はまた話せるから」

頷いて僕は言った。

「ヒョンのような大人になれると思いますか?」

ナムジュニヒョンは背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

22年 7/26

 

 

病院の花壇から密かに花を折った。

僕は笑い続け、それを隠す為に頭を下げる必要があった。真夏の日差しは眩しい程に輝いていた。僕は病院のドアをノックしたが返事がなかった。再びノックした。少し開いた。病院の中は何故かひんやりしていた。誰もいなかった。それは非常に静かな闇に満ちていた。僕は病院を後にした。

モヤモヤともどかしい気持ちで車椅子を凄い勢いで押していた時、僕は彼女に出会った。僕は立ち止まる時間がほとんど無く、そこには髪の毛を一つ結びにした女の子が立っていた。病院から出たらベンチが見えた。僕達は一緒に音楽を聴いたり絵を書いたりそこに座っていた事を思い出した。屋上ではイチゴミルクを一緒に飲んだこともあったね。

僕の手にまだ野花を持っていたけど、それを渡す人はもういなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

19年 5/28

 

 

「ヒョン達の夢は何ですか?」

僕の話にヒョン達が振り返った。

「いや、将来の希望調査書を書かなければならないんですけど」

僕が誤魔化すとソクジンヒョンが「どうなんだろう」と口を開いた。

「僕は夢がないように思えるけど。ただ望む事ができたら、もっといい人になる事くらいかな」ヒョンは照れくさそうに言葉を濁した。そしたらピアノの椅子にしばらく横になっていたユンギヒョンがいつものように興味なんてなさそうな言い方で言った。

「夢がなくたって大丈夫だよ。僕は夢なんて見ない。なんとなくで」

ユンギヒョンらしい言葉に皆は笑い過ぎて噴き出してしまった。

「僕はスーパーヒーローになるだろう。悪役達から世界を救うんだ」

いつのまにか椅子に上がり立ったテヒョンイヒョンが空に向かって腕を伸ばすポーズを取りながら言うと、ホソギヒョンはふざけてると怪我をするから急いで降りろと注意した。そして付け加えた。

「僕は母親を探し幸せに暮らしたい。幸せになる事が夢なんだ。」

ヒョンはとても幸せそうに微笑んだ。

「それじゃあ今は幸せじゃないんですか?」

そう言ったのはジミンヒョンだった。ホソギヒョンは「そういう事になるのかな?』と悩むようなおどけた表情を見せた。そして、ジミンヒョンに向かって尋ねた。

「お前の夢は何?」

「僕ですか?」

ジミンヒョンは慌てたように目を見開き「幼稚園の時は大統領になりたかったけど、それ以降は何がやりたいのかが良く分からない」と答えた。あとはナムジュニヒョンだけが残った。皆の視線を感じたのかヒョンは肩をすくめながら口を開いた。

「良い言葉を言ってあげたいんだけど、僕もこれと言った夢と言えるものがまだ無いんだ。ただアルバイトの時給がもう少し上がってくれたらな」

僕はうなずき希望調査書を見つめた。調査書の将来希望欄は、学生と保護者に空欄が分かれていた。僕は何になりたいのか。空欄を埋める言葉が見つからなかった。

 

 

 

 

 

22年 4/11

 

 

屋上の手すりの上を歩いていた。工事が中断したまま捨てられた建物、空に足を伸ばすと、つま先から闇が広がっていくようだった。

手すりの下には夜の街が目まぐるしく広がっていた。ネオンサインと車のクラクション、煙たいホコリが暗闇の中で渦巻いた。

瞬間的に目眩がして体がグラグラとつまずいた。重心を取ろうと腕を広げた。そうする内に思った。ぴったり1歩だった。

あと一歩だけ踏み出すことが出来たなら、全てが終わるんだ。闇に向かって少し体を傾けてみた。つま先から始まった闇はいつの間にか全身を飲み込むように広がってきた。

目を閉じると、にぎやかな街も、騒音も、恐怖も消えた。息を止めた。そうしたらゆっくり体を傾けた。

何も考えていなかった。誰も想像もしていなかった。何も残したいと思わなかった。何も覚えてもいなかった。ただ、このまま終わりだった、電話のベルが鳴ったのはその瞬間だった。

遠い夢から目覚めたように意識を戻した。ぼんやりとした感覚も一瞬、元の場所に戻ってきた。携帯電話を取り出した。

ユンギヒョンからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョングク

 

22年 7/26

 

 

振り返ると、病院はかなり離れていた。野花を置いてきたベンチも、その子と一緒に川を眺めた窓も、もう見えなかった。あの子は息苦しかった病院生活の息抜きになってくれていた。夕暮れ時、病院のベンチに座ってあれこれ話しているといつの間にか太陽が沈んでいった。僕がアジトで遊んだこと、海に旅行に行った事も話したし、駅まで歩いて行った事も話した。その子は病院の事を隅々まで話してくれた。どの窓から川が見えるのか、どの階段を上がれば屋上にこっそり入る事が出来るのか、その子は病院について知らない事は無かった。その子の病室は空室だった。退院したのか、他の病院に移ったのか、看護師のお姉さんに聞いてみたが何も分からなかった。なんだか心の片隅が寂しく感じた。

前を向き、再び歩き出した。遠くに学校が見えた。そういえば、その子に話していたほとんどがヒョン達の事だったし、僕の言葉のほとんどはヒョン達から始まっていた。いつも一人だった僕に、ヒョン達は友達であり、家族であり、先生になってくれた。僕の話は全てヒョン達が話の中心であり、僕はヒョン達との関係の中だけで存在していた。