第1章 つづきから
8月上旬に入院した達也で有ったが、3 ヶ月が経過した11月になっても退院の めどは一向に立たず、達也は何時退院出 来るのか不安を感じる様になっていた。 でもその間、友人、知人、親戚、両親、 妻と見舞いに来てくれる人が多く、特に 妻は毎日の様にパートが終わると見舞い に来てくれて、改めて夫婦の絆を感じた と同時に、感謝の気持ちでいっぱいで有 った。同僚の大場さんは、見舞いには来 れない分、毎日携帯にメールをくれた。 「達也なら大丈夫だよ」と口癖の様に言 ってくれた。そのメールは達也にとって 大変励みになていたが、12月に入ると 大場さんからのメールが来なくなった。 達也は、年末だから忙しいのだと思って いた。 達也の体調は、12月中旬頃から回復の 兆しが見え、いつしか希望を取り戻して いた。 順調に体調が回復の方向に向かっていた 達也では有ったが、少し気になる事が有 った。 なぜか妻の両親は、見舞いには来てくれ なかった。理由は分からないが、多分、 うつ病を精神病患者だと思って見舞いに 来たく無いのだと達也は思い複雑な気持 ちで有った。 以前の事であるが、達也の子供が入院し た事が有り、その時は、必ずと言ってい い程、毎日の様に妻の両親は見舞いに来 ていた。達也は、ふとその事を思い出す と、いくら精神病だからと言って、見舞 いにも来ないとは、義理では有るが本当 に親のする事だろうか?と考える様にな っていた。妻にもその事を話したが、見 舞いに来る様子は一向になかった。それ どころか、義理の両親は、達也の気持ち とは裏腹に、妻に対して子どもを連れて 実家に引っ越して来る様話しをしていた 、妻に対して別居する事を勧めていたの で有る。その話に妻の気持ちも揺れ動き 、いつしか妻の気持ちは別居へと向かっ ていく事になり、妻は達也に相談に来た 時点で達也は、義理の両親が面会を避け て来た理由がはっきりと分かった様な気 がする。入院中の達也で有ったが、妻の 立場に立ち、よくよく考え、今迄の同居 生活の事を思うと、取りあえず別居に同 意せざるをえなかった。妻は、達也の両 親との関係が上手く行かず心身共に疲れ ている事が達也にはよく分かっていたか らで有る。 達也は、年末になると担当の先生から外 泊の許可が出た。達也は、てっきり病院 で正月を迎えるものと思っていたが、正 月くらい自宅で迎えさせてあげたいと言 う先生の配慮と、達也の体調も回復の方 向に向かっているので外泊が認められた のである。 とは言っても、自宅に戻ってみると両親 しか居なかった。妻の引越しの準備は既 に始まっていて、妻と子供達は、実家で の生活を始めていた。でも達也は、久し ぶりに自宅に帰って来て新鮮な気持ちで 有った。今迄生きてきて常に見ている光 景であったが、何もかもが新鮮に見えて とても嬉しかったと共に、仕事をしてい た頃の自分の視野が狭かった事に気が付 いた。つくづく達也は、入院前の自分は 視野が狭く、余裕がなかったんだと改め て思っていた。これも皆様のお陰様で有 ると感謝し自分の気持ちを切り替え又一 新する事が出来た。。 12月28日から1月3日迄外泊した達 也は、心身ともに充実した日々を過ごす 事が出来、1月4日に病院に戻った。病 院に戻って直ぐ担当の先生に呼ばれた達 也は、退院の話を先生から聞いた。担当 の先生からは、問題も無く外泊でき、又 精神的にも通常の生活を始めても差し支 えないと言われ、後は通院で様子を見ま しょうと言われた。退院の日も直ぐ決ま り、1月15日に退院する事になった。 後は退院の日を待つばかりで有った。達 也は嬉しかった。やっと退院出来る。冷 静な気持ちを取り戻し気持ちを一新出来 た達也は、退院の日を心待ちにしていた 。やがて退院の日がやって来た。結局義 理の両親は、一度も面会には来てくれな かった事に達也は、義理の両親に対して 、自分の今迄の存在は何だったのかと思 い複雑な気持ちで退院する事になった。 その頃、大場さんは病院に入院していて 面会謝絶状態であった。 第1章完
第2章へつづく