第4章 決意
1月に病院を退院した達也は 、大切な同僚を亡くし、愛す る妻との離婚と相継ぐ出来事 に、自分の無力感を実感し、 深い悲しみと孤独感に襲われ る日々を過ごしていた。 うつ病が治った達也にとって は、またうつ病になってもお かしくない状況で有ったが、 主治医の先生の協力も有り、 何とか自分をコントロールす る事が出来た。 会社から2月末まで休暇を貰 っていた達也は、3月から会 社に復帰し仕事を始めた。 仕事を始めた達也に対する同 僚達の眼差しは、明らかに冷 たかった。 うつ病と離婚、この2つの事 が会社で噂になっていたから で有る。 うつ病が治った事を理解して くれない一部の同僚達は、以 前とは変わり余り口を聞いて くれなかった。 達也は、次第に会社に居づら くなっていった。 この時達也は、昔から抱いて いた将来の夢の事を考えてい た。 「将来の夢」「その夢を実現 させたい」 達也が自分の将来の夢と言う 目標を見付けたのは、普通免 許を取る為、自動車教習所に 通っている時だった。 そうの当時達也は、自動車教 習所に行くのが嫌で嫌でしょ うがなかった。 同級生達は、規定時間で終わ り、みんなどんどん先に進ん でいくのに対して、達也は規 定時間では終わらず、なかな か先に進む事が出来ず、いつ しか運転が苦手に感じる様に なっていた。 そんなある日、丁寧で分かり やすい説明で教えてくれる1 人の教官と出会った。 その教官は、「免許を取って も免許証に、自動車教習所で 何時間乗りました、何時間オ ーバーしました。何て書かれ る訳じゃ無いんだから、マイ ペースにやれば良いんだよ、 大丈夫、運転上手くなるよ」 と言ってくれた。 達也は、その言葉に感動し、 また今迄肩に力が入っていた 達也は、肩の力が抜けリラッ クスする事が出来た。 その教官のお陰で、少しずつ 自信を持つ事ができた達也は 、自動車教習所に通う事が楽 しくなった。 達也は、その教官に感謝し、 尊敬する様になり、いつしか 達也の目標となっていた。 達也は、「いつか自分も、あ の人の様な自動車教習所の指 導員か、教育に携わる仕事が したい」と思っていた。 「一言、ほんの一言の助言で 、人は少しずつ変わるきっか けがつかめる事」を達也は痛 感した。 高校を卒業し大学に進学した 達也は、教職課程を選択した 。 教育に携わる仕事がしたかっ たからで有る。 目標に向かって順調に進んで いた達也で有ったが、高校時 代から付き合っていた彼女( 離婚した妻)が妊娠し、その 時彼女は、達也の事を気遣い 、子供は「おろす」と言った 。 達也は「子供は俺の分身でも 有るし、子供にはもう命がや どっている、その命を消した く無い。生活費は、俺が働い て何とかするから、おろさな いで俺と結婚してくれないか 」と言った。 その達也の言葉に彼女は、喜 び結婚に同意してくれた。 達也は、妻の両親と自分の両 親を説得し、大学を3年を中 退して、その当時給料の良か ったタクシー会社に勤める事 にした。 自分の夢は叶えられなかった が、達也は幸せだった。 愛する人と結婚し子供を授か った21歳の達也は、必死に 働き生活を軌道に乗せ今迄精 一杯働いて来た。 その当時「自分の夢」の事を 考える時も有ったが、教習指 導員見習いの給料は安く妻と 幼い子供を養う事が出来無い 為諦めていた。 だが今は、妻と離婚し守るべ き人を失った達也は、自分の 夢を叶えてみたいと考えてい た。 でも現実は厳しかった。達也 の年齢は35歳、自動車教習 所の指導員見習で募集してい る年齢は、21歳から25歳 が大半で有った。 でも達也は、自分の夢に賭け てみる事にし、その年の6月 、達也は会社を辞め、夢の実 現へと歩き始めた。 達也は、求人広告やハローワ ークで仕事を探していたが、 年齢の壁をなかなか崩せなか った。 ハローワークの人に頼んで応 募を繰り返していたが、いつ も電話した時点で断られ、な かなか面接迄行かなかった。 7月に入り、何時もの様にハ ローワークで仕事を探してい ると、その日は最新の求人が 数件有り、その中の一件の求 人に、達也の目は釘付けにな った。 年齢は、21歳から30歳と 厳しい状況では有ったが、今 回は年齢の上限が30歳、3 5歳でも面接してもらえるか もと思いハローワークの担当 者に頼み込んだ。 ハローワークの担当者も達也 を後押ししてくれたお陰で、 何とか面接してくれる事にな った。 達也は「やっと面接してくれ る会社と出会えた」と思った 。 ようやく達也は、夢の実現に 一歩足を踏み込む事が出来た 。 7月中旬の事だった。
第4章完
第5章へ つづく