Twitterは現在、140字の制限がある。
最近、よくTwitterで様々なことが議論されている。特に目立つのが、政治的な話題だが(これは以前から激しい議論が交わされているが、)特に世論がTwitterのトレンドなどと同一化され始めてきているように感じがする。例えば、黒川検事長の定年延長に反対する「<strong>#検察庁法改正案に抗議します</strong>」がわかりやすい例だ。これに続いて、様々なハッシュタグ がトレンド入りしたり、そうでなかったり。Twitterのトレンドが世論になり始めているのは感じる。
しかし、実際はどうなんだろうか。個人的に感じるのは、今これほどまでITが発達したのであるから、Twitterのトレンドをいじるくらい意外に簡単なのではないだろうか。例えば、いくつかのアカウントを自動投稿機能で、同じような文面で、Twitterに投稿していくのは簡単なことで、それに誰かが反応すれば、そのツイートへのリアクションは増大する。もし、著名人にリツイートされるものなら、かなりの人に見られることになるし、「この人がリツイートしてるってことはきっと正しいだろう」となる可能性は非常に高い。そうやってトレンド入りしていくということはある程度真っ当な意見である証拠でもあるけれど。結局言いたいことは、「トレンドって意外に簡単に作れるんじゃないの?」ってこと。
しかし、140字の世界では何がわかるのだろうか。
確かに返信機能などをつかってさらに増やすこともできるが、自分の主張だけならまだしも、第三者との議論になると、大体は140字にまとめないといけない。そんなのむりだろう。どうやったって自分の意見の主張もできないわ、相手に対しての反論も難しく、極論を言ってしまいがちだ。Twitterはまさに「呟く」ためのものであり、議論する場ではないということを再認識することができた。
最近、ふとTwitterのアカウントを消してみた。最近は哲学や本を読む人のアカウントを見ていたが、よくよく考えたら非常に無駄なことをしている気がした。勉強している気になっていた気もする。でも意外にそんな人たちとの交流は楽しかったし、有意義なものだったとも言える。まあでもアカウント消してみて思ったのは、非常に無駄な情報が多かった。その中から有益なものを選んでいく作業はしんどいことがわかったし、めんどくさかった。何か言いたいことがあっても140字じゃ語れない。ということはつまりなくてもいいなと思った。
まあ、何が言いたいかというと、140字の世界では、自分を語るには狭すぎるし、他人と議論するにも狭すぎる。つまり重要なことは、Twitterからは探さないこと。
しかし、Twitterの1番の優秀なところは、災害時などの状況の把握は一番早い。どこで何がどうなっているのか。ハッシュダグを追っかけていけばすぐにわかる。ニュースなんかより全然はやい。例えば、今後東京で、大都市で、地震や大雨など災害が起きた時に、Twitterで見れば、心配な人の周りの状況や、心配な人の状況さえもわかったりする。だけどそうやっても不安を募らせることしかできないし、実際に自分が動ける範囲でないと、物理的に助けることは難しい。祈るしかないし、少しでも早く心配な人の安否確認をすることが一番だ。なぜならTwitterに投稿するくらいなら、心配してくれる人の連絡にも答えるだろうから。