あれから一年~女川町~ | に い は ま dondendonっ

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平成27年度報告書より



  ~女川町~




訪問させていただいた朝は、復興が続けられていた



国道が開通し、正に女川町にとっては記念すべき



朝でもありました。




海抜16メートルの高台にある地域福祉センターから



女川港周辺を見下ろした時、これほどの高さ以上に



押し寄せた真っ黒い壁のような18メートル級の津波



が襲っ  たとは言葉にもならず、衝撃を覚え鳥肌が



立ちました。



眼下には、造成中の重機械の音だけが鳴り響き、



「港町」という印象とはかけ離れていました。



そして、九死に一生をえた女川町社協主事からの



体験に言葉を失い「家にどんな大事なものがあっても



取りに戻ってはいけない。その大事なものが親だとし



ても、子供はもどるべきでは無いと思った」



「思いや愛だけでは、人の命は救えません。



だからこそ、私達は生きる術を伝える必要がある」



同じ子を持つ親として胸に熱いものを感じました。




 

 女川に一泊させていただきましたが、そんな日に



 限ってか2回も地震に遭うとは驚きでした。



 朝、旅館の方達は何も言われなかったので日常的



 に地震があることが受けて取れました。  



 また、朝食時に仲居さんがベランダで水揚げされた



 ばかりの秋刀魚を炭で焼いて振る舞ってくれましたが、



 餌付けをしている町の鳥でもある「うみねこ」の話をして



 下さいました。「いつものように朝、餌付けのために



 食パンを与えてたんだけど、震災の一ヶ月前から



 パッタリ来なくなってね、戻って来たのが震災から



 一ヶ月後だった。生き物は、何でも知っているんだね」



 と不思議な体験談を話されていました。