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SHIROSUGI~デザイン思考を診療に

若手歯科医の思考の足跡

何か新しいことを始めるとき、



今までやってきたなにかを変えるとき、



その瞬間にこそ一番大きなエネルギーをそそぎこまないといけません。






特に、



ゼロから新しいことを始めるときっていうのは、


一番大きなエネルギーが必要になる部分ですよね。








物理的に言えば、



物体が動き出す瞬間に最大摩擦係数がかかり最大の力が必要となり、



それを超えると動摩擦係数へと移行し、比較的すんなり進めるようになります。



要は、動き出しの摩擦力が一番大きいわけです。








引っ越しで家具を動かそうとするとき、



動かすまでに一番大きな力がかかりますよね。



でもそのあとは比較的楽。慣性の法則ですよね。それと同じです。






しかし、この最初のエネルギー。



意識しておかないと、どうしてもはじめの状態から進まない。



動こうとしているけど動けずにいて何も変わらない。



そんな状態に陥ってしまうことが多々あります。








この「最初のエネルギー」について、



いろいろと今回はお話していきましょう。








::以前どこかの雑誌を読んでいた時、



スガシカオさんが特集されていて、そのインタビューがのっていました。



その時にスガさんが話していたことです。








「作詞作曲するときは1晩とか2時間とか一気にやってしまいます。


そうやってまずはベースを作ってしまう。


そうしなくて色々と考えてしまったら、


それは嘘になってしまうと思う。」








彼はインタビューの中でこう答えていました。



勢いに任せて出してしまった方が



考え込んで出すよりも、エネルギーがこもる。



そのエネルギーこそが人を動かす原動力になる。



そういうことなんだと思います。








編集はあとですればいい。



世の中には伝わる文章の書き方のような書籍がたくさんでてますし、



その通りにできればある程度の成果を得ることができるでしょう。








しかし、これは初めからするべきことではないと思います。



「型」というのは非常に大事で、ある程度のレベルの人は「思考の型」を持っています。



でも新しいことを始めようとしている人にそんな型はありません。



それなのに型を意識してカッコいい文章を書こうとするから



熱のこもらない伝わりにくいものができてしまうんです。








テクニックなんてのはあとづけでいいんですよ。



まずは自分の中にあるものを勢いに任せて出しきってしまう。



吐き出してしまう、っていうくらいでもいいと思います。








多くの人が間違っているのは、



作詞作曲と編曲を同時にやろうとしてしまうことです。



まずは形を気にせずに出してみればいい。



調整はそのあとでも十分です。








::新しいことを始めようとするとき、



必ず邪魔者が入ります。必ずです。



それも思いもよらないところから入ってきますよ。








たとえば家族、たとえば恋人、たとえば友人、



彼らが好きなのは「今までのあなた」です。



歯科医師をしている僕、学校の先生をしているあなた、



公務員をしている彼、保健師をしている彼女。が好きなんです。








自分がそれまでと変わった生き方をしようとすると、



つまり「新しいあなた」になろうとすると、彼らは止めてようとしてくれます。



彼らは邪魔しようとしているのではなく、



間違った方向に行こうとしているあなたが、



「間違わないように止めようとしている」んです。








あくまで、



「間違った方向に行こうとしているあなたを修正しなきゃ」という想いです。



これに抵抗するのには本当に大きなエネルギーが必要になります。



なぜなら彼らのいうセリフは、



もっともらしいものがほとんどだからです。








表面上、正しそうな形をして、



あなたのためなんだよとメッセージを発してきますから、



僕らは無下にそれを否定することができない。



自分のためを思って考えてくれる人の言葉を否定することは難しいですからね、。








でもそれすらも乗り越えていかないといけない。



これを見返すには実績を出すしかありません。








::あと、新しい何かを始めるとき、



人の顔色が気になってしまうこともあるでしょう。



後ろ指をさされているような気がする。



変なことを言って批判されたらどうしよう。



うまくいかなかったらどうしよう。








そんなことを考えて、どこかで予防線を張ってしまう。








しかし、そもそも失敗の予防線を張るということは、



自分のやろうとしていること、



ひいては自分のことを信用できていないということです。



そしてそれは行動のスピードを遅くさせてしまうことにつながります。








その予防線に関しては非常によくわかります。



周りの人たちの顔色を窺うような生き方をしてきた人にはとくにそうでしょう。








これをクリアするためには2つの意識を持つことです。








1つめは、



はじめはどうせ誰も見ていない、気にしていない、ということです。



なにかを始めたての頃は影響力なんてものはなく、



誰も見向きもしません、誰も聞いてもいません。



だから好き勝手言っていても大丈夫。



そしてそれが結果につながってくることで人は振り向いてくれるようになります。








2つめは、



勢いで突き抜けてしまうことです。



予防線を張ってしまうような信じられない自分、そんなものを振り払うくらい



勢いに任せて進んでいってしまえばいい。








その意味でも最初の勢いというものは本当に重要なんです。







::僕自身は天才なんかではありません。



天才の定義とかってよくわかんないんですが、



少なくとも僕は凡人の類だと思っています。








そして凡人の僕たちが大きな結果を出したいのであれば、



量質転化の形をとるしかないでしょう。








量とはそのまま文字通りです。



大量にこなすことではじめて見えてくるものがあり、



それが質の高さにつながっていく。








そしてここにはスピードもかかわってきます。



読書をするとき、文章を書くとき、



どちらにもスピードがないと知識や作業で頭が覚醒しないんです。



つまり変化できない、動き出せないってことなんです。








スピードをもって勢いをもってすることで頭が覚醒する。



そして覚醒し始めた頭がさめないうちに



またどんどん叩き込むように動き続ける。



そうすることで脳内に新しい回路ができあがっていくことになります。








凡人であるのは悲観することではありません。



凡人ならまずは量をこなせばいいんですから簡単です。



まずはやってしまう。



やってから考えればいい。








だからこそ、



たとえばブログの更新であれば



一日10記事とかやってみてもいいわけです。



勢いに任せて書ききってしまう。修正や推敲はあとからでも構わないんです。








……いかがでしょうか??



何か新しいことを始めるときというのは、



本当にいろんな要素が絡まって、なかなかスムーズに動き出すことが難しいんです。








とにかく、



動き出しの最初の部分にエネルギーを注ぎ込む。



これを徹底的に意識してみてください。



文章を書くのであれば、ゼロから動き出すために一気に書き、出しきる。



人と話すのであれば一気に10人くらいの人と話をしてみる。



あるテーマの本を読むのであれば同じテーマの本を10冊くらい読み切ってみる。


この最初の勢いがその後のビジネスの結果を大きく左右する要素だと思います。

ビジネスの勉強をしていると、



売るものを決める、集客して教育する、DRMが効率的だ、、、



などなど、いろいろな知識を学びます。








そして今の時代に合っている考え方の一つに、



「理想世界を提示し、そこに集まってくれた人たちとともに歩んでいく」



「その過程で自分で価値を提供しコミュニティを作っていきましょう」



というものがあります。








詳しいことは省略しますけど、



簡単に言えば、



「こういうライフスタイルいいですよね?



僕はあなたよりも少しだけ先に進んでいます。あなたも一緒に目指しませんか?」



というものです。








ここでポイントになるのが、



自分は何ができるのか、という部分。



自分が人に提供できるものはなんなのか??



強みと言ってもいい。








理想世界を提示しよう、



というのは案外楽しく考えられるものなんですが、



「自分が提供できるもの」を考え出すと途端に自信がなくなってしまい、



足が止まって行動ができなくなってしまう人が多いような気がします。








もちろん提供できるものが全くないってのはどうにもなりません。



それは理想世界に引っ張っていける力であったり、デザインの技術であったり、



専門分野に関する知識であったり、いろいろあるわけです。



別に形にこだわる必要もないし、なんでもいい。








しかし、ここに意外な落とし穴があるんです。








先日、デザイナーの友人と話をしていたんですが、



彼も初めは同じような悩みを持っていたそうです。



実力のあるデザイナーの人はたくさんいる。



それなのに自分がやってもいいのか、



自分がやる意味がはたしてあるのか、



こう、悩んだそうです。








でも彼はそこからデザインで仕事をしてくことを決意し、



仕事のオファーも順調にすすんでいるとのこと。







これは本当に参考になる話だと思うのですが、



人はどうしても他人と比較してしまう。



僕みたいな人よりデザインの知識や技術があるのにもかかわらず、



自分より先に進んでいる人を知っていることで自分の力を過小評価してしまう。



これって本当にもったいないことだと思うんです。








もちろん過大評価の勘違いはいけません。



たゆまぬ努力は必要です。



でもいつまでも努力という隠れ蓑にかくれていてもいけないと思うんです。








まじめに勉強して人の役に立とうと思う人ほど、



この罠に陥ってしまう。








自分はこれだけ勉強して経験してきたけど、



あの人に比べたらまだまだだから、



自分はまだまだ大したことはできないから、



もう少し勉強してからやろう。



あの資格を取ってからやろう。



ビジネスでまずお金を稼いでからにしよう。



~してから、~なってから、~できてから、が壁になって、



行動できなくなっている人がとても多いような気がするんですね。








さきのデザイナーの彼がおもしろいことを言っていました。



「どんなジャンルにも自分よりできる人はいる。



それでも自分がやると決めた時点で覚悟ができた」と。








そうなんです。








どんなジャンルでも自分より実績のある人、



技術の高い人、高度な知識を持っている人は必ずいます。



歴史をたどってしまえば、自分が一番になれるなんて永劫ありえないでしょう。








それでも、一番ではない自分だけど、



そんな自分でもやってやる、と覚悟を決めたとき、



前に進むことができるようになります。








自分が提供できるものを人と比較してしまうにとらわれすぎて、



「~を提供する人」になるという呪縛にとらわれてしまうのではなく、



「~を提供する人」から「~を目指すと決意した人」になるということです。








「自分は~を目指すことを決めた。



だからこそ全力で行動するし、全力で技術を磨くし、



全力で知識を身につけるし、全力で考えるし、全力で人と向き合うことにする」








それでいいと思うんです。








目標設定の本や雑誌などには決まって、



ゴールを設定すること、目標設定の重要性があげられますよね。



しかし、これはあくまで途中経過。言ってみれば仮のものでしかないんです。








ゴールにたどりついたらそこで終わりなんですか??



そんなことはないですよね。終わりなんてない。



ゴールにたどりついたら次のゴールを目指さないといけない。



歩みを止めたらあとはおちていくだけ。



現代人はある種、歩き続けることを宿命づけられた存在なんじゃないかなとすら思います。








これを踏まえると、



「~なったらこれをしよう」



「ゴールについたらこうしよう」なんて考えるのは、



ナンセンスなことでしかないとわかりますよね。








ゴールなんてないんです。



~ができるようになってからなんてないんですよ。



ゴールらしきものにたどりついたらつぎはまたその次に向かわないといけない。








あるのは、いまこの瞬間にできることをするだけ。








歯を治療できるようになるには、



ちゃんと削れるようにならないといけない。



そのためには、ちゃんと削れるようになるには、削り続けないといけないんです。



逆説的ですがそういうものなんです。








だって、はじめからできる人なんていないんですから。








デザインをちゃんと提供できる人になりたければ、



デザインをし続けて、提供し続けないといけない。



ビジネスを教えられる人になりたければ、



ビジネスを教え続けるしかないんです。








もちろん間違ったことはできないし適当になんてもってのほか。



だからこそ今持っているもの、出せるものを全力で出していく。



それでもできなかったのなら、そこではじめて自分の力不足を反省すればいい。



そうすればあらたに次に進めるようになりますからね。








それをしないで自分の力不足を嘆いて、



尻込みしてしまっている人があまりにも多い。



それは謙遜や謙虚とかではなく、ただ失敗したくないだけの言い訳です。








「~ができてから」と考えてしまう人は、



どこか完了形で考えてしまっている。



あるはずのないゴールがあると考えてしまい、仮想のゴールを拠り所にしてしまう。








違うんです。








「~になってから」ではなくて、



未来に向かう存在として現在進行形でないといけない、



「いまこれをし続けている」という状態でないといけないんです。








「ゴールに達してから」と考えるのではなくて、



「どれだけ遠くにいけるのか」と考えないといけない。



自分はどこまでいけるのか、もっと遠くへ、もっともっと遠くへ、



そんな気持ちでいないといけない。








だから死ぬときは道の途中にいるはずなんです。



何かに達したからもういいや、ってなったら、



あとは死ぬのを待つだけ。そんな人生嫌ですよね。



できるなら何かに夢中になっていて、



もう少しだったのに、でもまぁけっこう楽しかったよねって死にたい。








そもそも理想世界なんですから、



達成できるはずがないんですよね。



だって理想ですから。








理想の恋人なんていないんです。存在しない。理想だから。



自分が理想の恋人になりたければ、付き合う前になることなんてできない。



相手と付き合う中で理想に近づいていくはずなんです。








理想のライフスタイルなんて存在しない。理想だから。



理想らしきものが見えてきたとしても、必ずもっとこうしたいってのが出てくるはずです。



だから日々の生活を通じて理想に近づけるように変えていかないといけない。








むしろ本当に理想が達成できたのなら、



あとは死ねばいいんですよ。



この世にやり残したことなんてないんですからね。








人の行動の原動力、それは不満であったり、



もっとこうしたい、もっとこうだったらいいのにって向上心です。



それがある限り、人は必ず前に前に、遠くに遠くに進み続けるんだと思います。








そしてその「前に進み続けている姿「¥」が人を惹きつけるんだと思います。



その姿を見た人が、自分も一緒に歩いていきたいと思い、



結果として「コミュニティができあがる」



そういうものだと思います。








~ができるようになってから、と考えるんではなくて、



自分がやると、覚悟を決めるようにしてください。



覚悟を決めたらどんどん出していってください。



現在進行形で毎日進んでいってください。








止まっている時間なんてありません。



限られた人生の時間の中で、どれだけ遠くまでいけるのか、



その足跡がその人の人生を物語るものになるんだと思います。