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SHIROSUGI~デザイン思考を診療に

若手歯科医の思考の足跡

こんばんは。




同じ仕事を毎日していると、




毎日同じ作業の繰り返しのようになってくる。




僕を含めて多くの人が




似たような経験をしていることじゃないなかと思います。








毎朝同じ時間に出勤して、同じ人に囲まれて仕事をする。



同じ時間に昼休みに入り、同じ時間に退社する。



そんな繰り返しを人は



「慣れ」



と呼びます。








「慣れ」。








この、「慣れ」とか「慣れる」って言葉って、



基本的には、同じ使われ方にいい意味と悪い意味がありますよね。









だいぶ慣れてきたね、って言われたら



仕事をスムーズに進められるようになってきたねってことだし、



最近ちょっと慣れすぎじゃない?と言われれば



それは前あった緊張感がなくなってきたってことかもしれない。








でも実は。








この「慣れ」っていうものには、



気付かないうちに陥っているダークサイドがあります。








今日はそんな話を。








まず大前提として、



人は感情で決定して、理屈で理由付けをする。



そんな生き物です。








理由なんてなんでもいい。



たとえば、ほしいなって思ったから買うわけで、



買ったことを正当化さえできれば理由なんてなんでもいいんです。



ポイントは、「感情から始まる」っていうところです。








そしてこの「感情」ってのは、海の「波」のようなもの。



そして僕らはその「波」をのりこなすサーファーとか船みたいなもの。



この波をのりこなさなきゃいけない。









じゃあ、まず、



そもそも「波」を大きくするものってなにか。



って考えると、それは、自分の外側や内側からの刺激です。








たとえば赤ちゃんは、



お腹がすいた、眠い、っていうの刺激が内側からきて



「不快」っていう波を起こす。







お医者さんが難しい症例に出会ったとき、



なんだこれは??ってな感じで「疑問、不思議」といった波が起こる。



これは外側からの刺激ですよね。








そしてこの「感情の波」に対して、人はリアクションを起こします。



赤ちゃんはダイレクトに、刺激→感情→行動です。



そして成長していくにつれて、



刺激→感情→思考→行動、っていう順序になっていきます。








つまり、



刺激があって感情が起こって、はじめて



そのあとの思考や行動が促されるってことなんです。







そして思考っていうのは、



自分自身や世の中を少しでも理解しよう、少しでもよくしようっていう試みですから、



思考してない、思考できないということは、何も人生が変わっていない



ということです。



…少し強引なつなぎですけど。








さて。








刺激→感情→思考→行動→変化ってなっているとすると。



感情が動くことが始まりというわけですから、



この感情を動かす「刺激」がないといけないということになります。








この刺激にはどんなものがあるか。



なんでもいいんですけど、



どこか旅行に行ったとか、普段会わない人と話したとか、



新しい体験をしてみたとか、勉強会に参加してみたとか、いろいろです。









しかし、ここで、



「慣れ」のダークサイドが少しずつ顔を出てきます。








毎日同じことをして過ごしていると、



どこか気持ちや感覚が鈍っていくような感覚になりませんか。



僕は体は動いているけどなんかあんまり考えてないような感覚になることが多いかな。



頭で考えなくてもなんとなくできてしまうというような感覚。








他にも、



引っ越してきたばかりの景色や旅行先の景色は新鮮にみえるのに、



毎日同じ風景を見ていると何も感じなくなってしまう。



今日何人の学生さんとすれ違っただろう、駅までの道に花は咲いていたっけ、



いつも置いてある車は今日は置いてあったっけ、



いろいろ思い出そうとしても思い出せない。








人って毎日同じものを見ているとそれに見慣れてしまい、



見ているようで何も見えなくなっていくものなんです。








そして、この見えているようで見えていない、という状態。



ここが「慣れ」のダークサイドなんです。








ここで、



見えている、見えていない



の違いをおさえないといけません。








簡単にいうと、



見えている=向こうから勝手に入ってくる、意識して見ている



見えていない=意識しないと入ってこない



ということです。








見えているようで見えていない、という状態は、



相手主体になっていて自分は何も受け取っていない状態、



つまり刺激が起こらず波が起こってない状態です。



波が起こらないから思考も始まらない、



何も変化しない、ということです。









もっといえば、



見えているは能動的でもあるし受動的にもなりうる。



そして受動的な見えているに、「慣れ」という要素が加わることで、



見えている→ようで→見えていない、



という構造に変わるわけです。








刺激が新鮮であれば、見えるは勝手にできてしまいます。



新しい刺激ですから勝手に感情は動きます。



この場合の見えるは「受動的」です。








でも、毎日同じ生活だと新鮮さはなくなってしまいます。



これはしょうがない。



しかし、これをほっておくと、



見えているようで見えていないというダークサイドに落ちてしまう。








じゃあ、どうすればいいのか??








それは、見ているという状態を意識的に作り出す、ということです。



つまり、見える→見ている、に変えることです。



この場合の見えるは主体的なもの。








見える、ばかりじゃいずれ入ってこなくなってしまう。



そうならないために見ている、という状態にならないといけない。



これほんとか?どういうしくみだろう?なんでなんだろう?



という質問を「意識的に」なげかけることで、



感情を意識的に動かしてやるんです。








見ている、という状態は、



前のめりになっているということ。



それは自分から身を乗り出して積極的に見ている、



つまり自分から世界に関わりにいっているともいえます。








「慣れ」っていうのは、この主体性を奪います。



慣れは世界との関わりを奪い去ってしまいます。



それは世界の中から孤立することにもつながる。



きっと見方を変えればまだまだ見るものはたくさんあるのに、



慣れてしまうと、わかったつもりになってしまい、見えていないという状態になるんです。



感情がフリーズしているようなものです。








毎日同じことの繰り返し、同じ人に会い、同じ仕事をし、



同じ時間に昼ご飯を食べ、同じ時間に帰宅する…。



慣れは新しいものを学ぶ意欲も奪っていきます。








職場の中年の女性が言っていたのが、



この年になると新しいことを覚えるのがしんどい、と。








あなたまだ40そこそこじゃないですか。



覚えるのがしんどいだけじゃなくて、覚えたくないだけじゃないのと言いたい。



安定したように見える生活にいったん慣れてしまうと、



そこから抜け出るのには非常に大きなエネルギーが必要です。








人は基本的に変化をきらう生き物ですから、



できればもとの「安定」した生活を好むし、そちらに戻りたがる。



こんな生きた屍みたいな生活をしている人がどれだけ多いことか。



というかほとんどの人がそう。








人は感情から始まる生き物だと言いました。



お腹がすいたから泣く、嫌なことがあったから泣く、うれしいことがあったから笑う。



生まれた瞬間から栄養を摂取するために母乳をくださいお母さん、



なんて赤ちゃんはいません。








僕たち人間は赤ん坊のころから感情で自分の気持ちを表現する、



感情で相手を支配しようとすることが宿命づけられています。








でもそのままではいけないからこそ理性で感情をおさえ、



場に合った行動をとるようになっていくわけです。



これが社会的動物の成長過程です。







でもそれを繰り返すことで、



感情が少しずつ麻痺していくんですね。








当たり前に繰り返される生活の中で、



いつしかたくさんの「これはこういうものだ」に囲まれてしまい、



気付いたら自分の感覚がマヒしてしまっていく。








本当にこれでいいのかな??へぇ、こんな考え方をする人もいるもんだ。



これなんなんだろう?どういう機能があるうだろう??



本当にそうなのかな?こうしてみたらどうだろう。ああしてみたらどうだろう。



…こういう素朴な感情の動きから思考はスタートします。








動いた感情は新しい何かを生む原動力になります。



感情が動くことでドキドキしながら考えられる。



ワクワクしながら目の前のことに取り組むことができるようになる。



そっちの方が楽しいですよね。








感情が動くことで、自分という人間がどういう人間かわかる。



感情が動くことで世界に興味がわく。



おもしろいなと感じたならそれは自分の趣味嗜好や価値観がわかる、



嫌だと思うのなら、自分に合ってないことがわかるし価値観がわかる、



これなんだろうと思ったなら、調べたり考えたりすることで物事の新しい面がみえるようになる、



これを繰り返すことで、どんどん自分の関わる世界は広がっていきます。



これって素朴に楽しいですよね?








単純に、毎日同じ生活をしていて楽しいですか??



毎朝疲れたサラリーマンの人たちに囲まれて満員列車で通勤したいですか??



毎日同じ人たちと会って、毎日同じ話を繰り返す人生は楽しいですか??








それよりも、同じものをいろんな見方をしてみたり、



いろんな人たちと会って話してみることで新しい刺激や発見がある。



その繰り返しが、未知の自分と出会わせてくれる。



そんな生き方の方が楽しいに決まってるじゃないですか。








だったらもっと感情を動かしてみましょう。



いろんな人と話してみた入り、今までじゃ知らない世界に触れてみたり、



いろんな経験をして自分の幅をどんどの広げていきましょう。








人との出会いが人生の質を決める、



というのは僕の持論ですが、



だからこそ、



僕は仲間を作りたいし、仲間になってほしいし、仲間になりたいと思っています。








まだ出会ったことのない人と出会ってみたいし、



自分を慕ってくれるような人たちと同じ方向を向いていたいし、



自分の先を歩いていると思えるような人に追いついていきたい。








仲間。新しい視点。



それが僕がほしいもの。



仲間と一緒に見た新しい世界はきっと輝いているに違いありません。



それが自分の人生の豊かに彩ってくれるはずです。



感情動かしてますか??