SHIROSUGI~デザイン思考を診療に -13ページ目

SHIROSUGI~デザイン思考を診療に

若手歯科医の思考の足跡

時流に乗るな。


多数派に巻き込まれたら脱皮して


必ず少数派になれ。


(建築家;村野藤吾)





医者にしろ歯医者にしろ、


研修医を終えるとどの方向に行くか、


その選択を迫られる時期がやってきます。




大学病院で研修を終えてから


そのまま大学病院の大学院に残るか、


それとも市民病院のようなところに勤めるか、


街の開業医に就職するか。




その選択は人それぞれで、


その選択の裏には、人それぞれの考え方があります。




そんな、自分の進路を決めるとき、


僕が大切にしていた基準。それは、


「他の人と同じようなことはしない」


というものでした。




歯科医院の数はいまやコンビニよりも多いと言われている時代。


普通に治療の技術を磨いているだけでは生き残っていくことは難しい…




ならどうすればいいのか。


どうすれば他の人たちと差をつけることができるのか。


他の人と違う立ち位置をとることができるのか。


そこにフォーカスして考えるようにしたんですね。




いまは少子高齢化の時代。


そこで言われていたのは、


高齢者向けの往診や入れ歯を作る技術の時代がくる。


子供の数は少なくなっているから儲からない。


というものでした。




その話を聞いて、僕は、


子供向けの治療ができるようになろう決めたのです。




基本的に大衆は間違いますから、


高齢者向けの技術が本当にくるのか?


とまず疑問に思ったのです。




たしかに、高齢者が多くなれば入れ歯の需要は多くなるはず。


でも子供が少なくなれば、それだけ一人の子供に


費やす治療費や時間も大きくなるはずだと考えたのです。




さらに現代の子供たちは歯並びがガタガタな子が多い。


なら、子供の治療と歯並びの治療が両方できればいいんじゃないかと。


そう考え、進路を決め、勉強を進めていきました。




結果は、大正解だったと思います。




子供さんの治療には、ご両親とのコミュニケーションも必要になります。


そのため、治療技術だけでなく、コミュニケーション能力も上がる。




しかも、子供やご両親とお話をすることで、


いま何が流行っているのか、お母さんたちは何に悩んでいるのか、


お父さんはどんなことを考えているのか、子供は何で遊んでいるのか、


など、医院にこもっているだけでは入ってこないような情報を得ることもでき、


それに合わせて立ち位置を修正することが可能です。




何より、子供さんの歯並びがきれいになって、


その子が美人さんやイケメンになっていく。




その変化の過程に居合わせることができるのは、


本当に楽しく、幸せなことだと感じます。




もちろん、大変なことも多いです。


他の人には理解してもらえないような部分も多いので、


孤立を感じるようなこともあります。




おとなしく治療を受けてくれる大人の方を相手にしている方が


どれほど楽か。そう考えることも1度や2度ではありませn。




それでも、その大変さをおいても、


得られる充実感は計り知れないものがあります。




「迷ったら少数派を選べ」


「他の人が選ばないような選択肢を選べ」




これは今でも僕の行動原理になっています。




人は自信がないとき、周りの意見に左右されてしまいがちです。


それでも自分の人生は自分で切り拓くもの。




あまのじゃくな感じもしますが、


人生の選択に悩んだら、少数派を選んでみるのも、


一つの方法だと思います。



自分なんてはじめからいない


自分を探すヒマがあるのなら


自分を作っていくことを意識しよう




自分らしく生きる、


ありのままの自分で生きる。




僕たちは小さい頃から


親の価値観のもと教育されて、


社会の常識というものを教えられ、


いろいろな人との関係性の中で育ってきます。




そのなかで僕たちは、


本当にいろんな価値観を植えつけられていますよね




その中には、


今の自分を支えてくれている言葉、


大切だと思える人との出会い、


感情がきらきら動くような経験をして、


自分の糧になっているものがたくさんあるでしょう。




しかしその反対に、


心ない人の言葉に傷ついたり、


信じていた人に裏切られたり、


とても悲しい出来事を経験したり、


思い出したくないようなものもあると思います。




そして人によっては、


悪い方の経験が強くなり


他人の顔色を気にしてしまい、


自分の意見をおさえて我慢するような生き方をしてしまい、


今の自分は本当の自分なんだろうかと自問自答する。




そんな人が多いような気がします。




そういう人の中には、


たとえばスピリチュアル系のものに傾倒したり、


自己啓発本を読んで自分を振り返ってみたりと


自分探しをすることになる。




というのも、


以前の僕もそうでした。




本当に自分がなにをやりたいのかわからない。


そもそも自分がどんな人間なのかわからない。


これからどうやって生きていけばいいんだろう…




こんな悩みを常に持ち、


自己啓発本を読み漁っていた時期がありました。




しかし、あるとき気が付いたんです。


「本ばかり読んでいて何も変わっていない自分」に。




僕はどこかに「本当の自分」らしき人がいて、


「本当の自分」さえ見つかれば、


あとは幸せに生きていけると信じていたんです。




でも本当の自分なんて見つからなかった。


そもそも、本当の自分なんてなかったんです。




いや、はじめからわかっていたんだと思います。




僕は本当はやりたいことがたくさんあった。


本当にしたいことは別にあった。


でも社会の常識や周りの人への建て前を優先して、


自分の想いに蓋をしていたんです。




それが続くとどうなるか。


自分がどんな気持ちを持っているか、


わからなくなっていくのです。




そしてその蓋をなんとかとろうとして


あがいていたんだと思います。




でも違うんです。




抑え込んでいる蓋を無理やり開けることはできない。


蓋はあけるものではなく、


内側から自然とあくのを待たないといけないんです。




じゃあ、蓋が自然とあくためにはどうしたらいいか。




それは、


「いろんな経験をしてみること」


これ以外ないんですね。




いろんな経験って言っても特別変わったことではありません。


いろんな人と出会い、いろんな場所に行き、


いろんなことを学び、いろんなものを見る、


この繰り返しで感情は呼び起されていく。


つまり蓋は少しずつあいていくと思うのです。




蓋の中身がどんなものかはわからない。


でもいろんなものと出会って生じた感情、


それこそ、ありのままの自分だと思うんです。




いろんな経験をして、いろんなものを身につけた。


だからこそ見えてきた自分。


いろんな経験が飾ってくれる自分。




自分は探すものではなく、


出会いを通じて作り上げていくもの。




そう気が付いたんですね。




ありのままの自分。


聞こえはいいですが、きっとそんなものはどこにもありません。




ありのままの自分があるとすれば、


それは、あなたが歩いてきた足跡が作るもの。


自信があるはずの自分、輝いているはずの自分、


それは過去の経験の積み重ねによってできた


「結果としての自分」なんです。




もし望む自分があるのなら、


いろんなものと出会いましょう。


もし望む生き方があるのなら、


今すぐ行動して経験しましょう。




その積み重ね=足跡こそが、


ありのままの自分の姿なんだと思います。