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若者よ、成長はそんなに甘くないぞ?

先日、宇多田ヒカルが離婚した。

彼女のブログには「成長できた」とあった。


これはダシね。

別に宇多田を責めるつもりはないんだけど、




どうも昨今(ここ数年)、

若者(~30代)たちには「成長」がキーワードになっているような気がする。


とくに就職関係の本や雑誌には、


「成長できる会社」を紹介していたり、

「成長した」という先輩がインタビューされていたり、

「成長したい」と4回生が語っていたり、

面接で「○○して成長しました」と語ったり。




しかしね、しかしだよ、



成長とはそんなにカンタンにできるものではないのだよ。

苦しんで、何かを捨てて、何かをそぎ落として。

他者から何かを奪って。


そうやって成長が結果的に確認できるんだよ。




それなのに、

今の若者は「成長」をカンタンに語りすぎだ。


間違いなく人生で一番成長するのは、

受精した直後だと思う。

成長は逓減する。

記憶しているところに限れば、

小学校低学年ごろがいちばん成長したはずだ。



そして「成長」という言葉の中身を考えずに、便利な言葉として用いすぎだ。





若者よ、成長の重みをもっと考えてほしい。


それから、成熟というものも、考えてほしい。

品がない

私の友人には、「自分がエラくて周りがバカに見える」と思っている人間がいる。


(残念ながら、私の見る限り、彼らはそれほど知識があるわけじゃなく、

技術があるわけじゃなく、人徳があるわけじゃなく、、、

彼らは自分で思っているほどエライ人間じゃないんだけどネ。)



そんな彼らを見ていると、「品がないなぁ」と思う。


彼らはたびたび、自分の所属を根拠として自分のエラサをひけらかす。


けれど、所属しているところがステイタスが高いとしても、

彼ら自身がエライとは言い切れない。

(いや、入れたこと自体はたしかに難しいしすごいんだろうけど。)


それなのに、

彼らはあたかも正当な根拠のごとく根拠を作り出して

他者を見下す。


なんかだ、品がなくない???



品をどうこういうのは、私が保守的ということだろうか?


そのへんは(現在は比較対象が定まらないので)自分じゃわからないけど

品というものをもってほしいと思う。

人の上に立つ人であればこそ!




ps

私は基本的に他人に見下されても仕方ないなぁと自分で思っているんだけど、

こうやって現在気になっているってのは、

私自身、見下されたくないという裏返しなのかな。


たぶん、自分より下だと思っている人に見下されているのが嫌なんだろう。


なんだ、結局自分も他人を見下しているじゃないか?

上位意識

これはほんの私の周りの話。

一般性はないかもしれないけど。


私の友達には一流大学に通っている人間が居て、

全員ではないんだけど彼らの中には、


すんごく自分自身を「上」と見る人がいる。

その根拠は実は何でもアリ、

その多くは学歴で、

とにかく自分の選択肢と立場を最上のものとして、

他者を見下す。


そう、学歴だけではなくて、

自分自身の価値観や選択のみをあたかも正しいもののように語り、

他者の価値観や選択肢を認めない(すぐボツにする)。



「他人を見下す若者たち」という新書が出たり、

先日アメーバブログのニュースで、

学生たち自身のなかに就職活動中に差別心が強まるような記事があった。



立場だけでなく、

価値観や選択をも含め

他者を見下し、

かつ自分を上位に持ってくる若者がいること。


これは、現在の大学生のことなのか、

私の友達のことなのか。

どうなんだろうね。





ps

残念だけど、

一流大学にいてプライドが高い(=ここでは、他者を見下す)人が、

ステイタスの高い(=社会に影響力があったり、経済的に豊か)な職についていく。


教養というか、徳というか、

人徳に優れた人が、社会のリーダーとなってほしいんだけど・・・。


いや、そういう人が適職についている場合ももちろん多々あるんだろうけど。

品のない人が上に立つのは、いやだなぁ。