・福翁自伝(福沢諭吉著、岩波文庫、2011年2月4日第60刷発行、900円+)

・自伝とか日記とかの類はややもすると読むに堪えないものになるようです。かつてミャンマーの首相をつとめたキン・ニュンの自伝や、徳富蘇峰の「頑蘇夢物語(終戦後日記)」に目を通す機会があり、つくづくそう感じました。自慢話がだらだら続いたり、自分のしてきたことを正当化するのに躍起になったり、死んだ子の歳を数えるような繰り言を連ねたり……。で思い出したのが、福沢諭吉の自伝です。これは神技のような自伝の傑作だと考えます。以下は「福翁自伝」を読んだ際のメモです。

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・言わずと知れた、福沢諭吉の自叙伝です。かねて読みたいと思いながら例によって先送りにしていたのを、一念発起、ようやく目を通しました。面白いです。もっと早くに読めばよかった、と後悔しました。

 なんといっても福沢諭吉という個性が魅力的です。立身出世を望まず、独立独歩、前人未到の道を切り拓いていく、その生き様が痛快です。門閥制度は親のかたきでござる、という有名な一文をはじめ因循固陋を大いに罵倒する一方で、しばしば自分の欠点を開けっぴろげに語る、その率直な語り口が爽快です。医学の道に進むのが一般的だった当時の蘭学者には珍しく血を見るのが苦手で自ら臆病者だと認めているくせに、暗殺の恐れに怯えながらも洋学を決して放棄しなかった、その快男児ぶりに敬服です。

 突き放したように自分を客観的に評するところ(ゴルゴか!)も、味があります。たとえば、維新政府から一度ならず出仕を求められたのに応じなかった一因として、とかく下品な役人の仲間になりたくない、と語る一方で、自分のように出仕要請を断り続ければ、役人たちから変人とみなされ、挙句は憎まれるようになるのも、自然な成り行きだろう、と述べています。

 時代の波頭に乗って幕末・維新を生き抜いた当事者ならではの話は、興味深く読みました。たとえば、文久3年(1863年)の薩英戦争に際して英艦に囚われた松木弘安(後の寺島宗則)と五代才助(のちの五代友厚)が、いかに英艦を脱し、いかに逃げ延び、やがて薩摩藩に復帰したのか、その経過の紹介です。福沢自身もいくらかはかかわったようなのですが、全体としては清水卯三郎という埼玉出身の実業家が決定的な役割を果たしたそうです。調べてみると、これがなかなかの人物です。本書を読むまでこの方を知らなかった不明を恥じるばかりです。(追記:実は目下放映中のNHKの朝の連ドラ「風、薫る」で、主人公たちを色々と手助けする瑞穂屋の主人が、この清水卯三郎です。板東彌十郎が演じています。「風、薫る」では明治になってからの卯三郎しか出てこないので、幕末を舞台とする2027年の大河ドラマや2028年の大河ドラマに出てこないかなあ、などと妄想しております)

 あるいは、適塾の先輩に当たる村田蔵六(のちの大村益次郎)の「変態」ぶり。塾の創設者だった緒方洪庵のお通夜に際し隣に座った村田との話のなかで、攘夷に奔走する長州藩士たちを福沢が「気違い共」と形容したところが「けしからんことを言うな」と大変な剣幕で叱られたというのです。適塾出身者の間では攘夷論を気違い沙汰だとする考えが当然視されていたようなのですが、長州藩に出仕するようになっていた村田は少なくとも表向きは激越な攘夷論者に「変態」していた、というわけです。

 本書でとにかく残念なのは、明治14年の政変について「真面目の事実は、私が詳らかに記して家に蔵めてあるけれども、今さら人の忌がることを公にするでもなし黙っています」として、ほとんど何も語っていないことです。政変で失脚した大隈重信の背景には福沢の暗躍があったとか、政変の結果として福沢に連なる人脈が明治政府から一掃されたとか、あれこれ福沢の関わりが取り沙汰される政治事件なので、ここはご本人の弁を伺いたかったのですが……。それにしても、「詳らかに記して家に蔵めてある」という資料はその後どうなったのでしょうか?気になるところです。(追記:福沢を敵視していたとされる井上毅を評価する機運がこのところ感じられることもあり、いよいよ気になります)

 本書の成り立ちとしては、明治30年(1897年)、数え64歳になった福沢が口述したものを筆記し、それに福沢が自ら手を入れて出来上がったのだそうです。もともとが口述だからでしょう、わかりやすい口語体で、しかも、とにかく読んでいて楽しい気分になるのが、凄いところです。若い人たちの必読書として勧めたいと思いました。そして今まで読まずにきたことを心から悔やんだ次第です。今回、あるマンガの影響で幕末維新史への関心を深めた結果として手を伸ばすことになったので、そのマンガの作者たちに対する感謝の念も沸きました。

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(追記)「頑蘇夢物語」で蘇峰は、「日本の文化に貢献したる者としては、予は福沢諭吉以後に於て、何人にも後れを取らぬと信じている」と書いています。80歳を回ったお年寄りの自慢話にしても、流石に鼻白みました。「福翁自伝」の自慢話は嫌味に感じられず楽しく読めたのに、蘇峰の「終戦後日記」の自慢話は不愉快なところが多く感じられて読むのが辛かったです。この違いはやはり人柄に由来するのでしょうか。それとも年齢?

(追記その2)そういえば蘇峰は今でいう熊本県の出身だそうです。改めて震災へのお見舞いを申し上げたいと思います。

(追記その3)昨日7月28日は、唐山地震から50年というタイミングでもありました。公式発表で犠牲者24万人超という恐ろしい出来事だったのですが、共産党政権が改革・開放政策に乗り出す前だったこともあって被害の実態などは今なお十分に明らかになっていないのがまた恐ろしいところです。

 あの年は周恩来の死去、第一次天安門事件、朱徳の死去、唐山地震、毛沢東の死去、四人組の逮捕、文革の終了と、とにかく大きな出来事が中国で相次ぎました。まさに中国史の画期だったといえるでしょう。そして半世紀。周知のようにこの間の中国の変化は目覚ましいものだったのですが、にもかかわらず、国全体が透明性を欠いて黒いベールに覆われたようになっているところは、相も変わらずです。つい最近とても面白く感じた話題の一つは、張さんという方が以前の自分の仕事ぶり、例えば時間外勤務の実態について(VPNを使って)海外のサイトに書き込んだところ、12時間もしないうちに公安部門に「騒乱挑発罪」の疑いで拘束された、という事件です。凄まじく面白いと思うのですが、なかなか怖いのも確かです。