・方舟(夕木春央著、講談社文庫、2026年4月24日第16刷発行、830円+税金)(2024年8月9日第1刷)

・いわゆる本格ものを味わいたい、と思いたって最近、フランス産の古典というべき「黄色い部屋の秘密」を一気読みしたのですが、その勢いで現代日本の本格ものに手を伸ばしてしまいました。

 分類すれば典型的な「クローズト・サークル」ものといえるでしょう(ちなみに「黄色い部屋の秘密」は密室ものの古典です)。「方舟」と名付けられた謎の地下建造物にひょんなことから10人が閉じ込められ、そこで殺人が連続して起きる……。なんとなく以前どこかで読んだことがあるような、と感じてしまう異様な設定と展開ではあります。

 が、読ませます。

 最大の魅力は、探偵役が展開する緻密な推理を一瞬にして無化してしまう、最後の大どんでん返しです。これには痺れました。従来それなりの数のミステリに触れてきたつもりですが、これほど鮮やかなどんでん返しは珍しい、と感じたほどです。(単行本が世に出た2022年に)ミステリ関連の賞をいくつも受賞したのは、伊達ではありません。

 個人的に、ミステリを評価する際の基準としていつも重視しているのは動機の説得力なのですが、本書の連続殺人の動機は恐ろしいまでに理に適っています。それが最後の大どんでん返しとも密接に絡んで、魅力になっています。どんでん返しに至るまでの物語展開もスピーディーで、楽しいエンタメ小説になっています。

 ただ、本格ものにありがちな欠点も、目につきました。人間が描かれてない、という問題です。巻末の解説が指摘しているように、心理描写をするとネタバレになってしまうので仕方ないところはあります。それにしても、せっかくのネタを十分に活かしきっていない、という憾みは否めないでしょう。もう少し登場人物たちのキャラを際立たせて起伏と奥行きを創り出してほしかった、と思ったのです。人間が描かれていない結果として、「恐ろしいまでに理に適っ」た動機の説得力まで大いに損なってしまった、と考えます。

 最終的には「この犯人は何者だ?」という疑問、「どうして犯人はこのような人格になったのか?」という疑問が、残りました。あの大どんでん返しに魂を入れるため、できることならば犯人を主人公にした長編を改めて綴っていただき、前日譚(犯人の成長過程)や後日譚(本書の事件の後の生き様)などをじっくり描いてもらいたいなあ、と感じた次第です。

 ともあれ、大どんでん返しの快感は強烈です。オビの煽り文句(2025年売れた本第1位:講談社ミステリ)が示唆するように、すでに相当に広く知られている作品ですが、それでもあえて推したい、と思わせる1冊です。