・菌類が世界を救う(マーリン・シェルドレイク著、鍛原多惠子訳、河出書房新社、2022年1月30日、2900円+税)

・キノコやカビ、酵母といった(真)菌類に関して、わかっていることとわかっていないことを丁寧に解説し、菌類について考えることの意味を問いかける、興味深い一冊です。「世界を救う」という邦題はいささか盛りすぎだと思いますが(原題は「もつれた生命」といったところ)、そうぶち上げたくなく気持ちはわかる気がします。それほどに菌類は偉大な生物だと、本書を読んでつくづく思い知りました。

 たとえば、植物が陸上に進出できたのは菌類のおかげだったろう、との指摘です。一般に植物は、光合成によって必要な栄養を自ら生み出している「独立栄養生物」とされ、他の生物を食べて栄養をとる動物などの「従属栄養生物」を支えている、とされます。ところが、植物が生きるには土壌からリンなどの栄養を取り込む必要もあるわけで、その機能は菌根菌と呼ばれる菌類に頼っているのです。菌根菌は土壌中に極めて細い菌糸を伸ばす一方で、植物の根の中に菌糸を入り込ませて、土壌中の栄養を植物に提供し、逆に植物から糖(光合成によってできるのはいうまでもありません)を受け取るわけです。実に見事な相利共生であり、しかもこの関係は植物が陸上に進出したときから続いているようです。

 以前に読んだ「土と内蔵」(築地書館)という本は、植物と菌根菌の関係をヒト(あるいは動物一般)と腸内細菌の関係になぞらえていました。とても説得力のある議論で感服したのですが、本書はその「土」の部分をかなり踏み込んで解説しています。強い印象を受けるのは、菌根菌が多くの植物をつなぐネットワーク(ウッド・ワイド・ウェブ=WWWと呼ぶ研究者もいるようです)を形成していて、それを通じて植物たちがコミュニケーションをとっている可能性がある、との見方です。

 また、土壌中の菌根菌の生物量(バイオマス)はとてつもなく、地球全体で見れば地表面から「10㎝以内の表土層に存在する菌糸の総(延)長は銀河系の直径の半分ほど」になるとのことです。かつてスティーブン・ジェイ・グールドは「フルハウス」(ハヤカワ文庫)という奇跡のような本で、生命が誕生して以来の歴史では微生物が一貫して主役だった、と主張し、動物や植物に関心を向けがちなわれわれの生命観を大きく揺さぶったことがありますが、本書もまた読む人の生命観を問いただしてきます。

 本書で特に強い印象を受けたのは、菌類が他の生き物との相利共生を得意としてきたことです。わかりやすいのは地衣類の存在。これはかつて単一の生物とみられていましたが、今では菌類と藻類の複合体であることが判明しています。造礁性サンゴが褐虫藻という藻類を共生させ、そこから栄養を得ているように、地衣類では菌類が藻類から栄養を受け取っています。もちろん一方では、菌類が藻類の役に立っているのですが、とまれ、地衣類は光合成ができる独立栄養生物であり、一方では菌類として硬い岩の中まで侵入し化学反応によって栄養を取り込む能力を持っているわけです。なので溶岩台地のような荒れ地を開拓する最初の生き物となれるようです。植物の根は堅い岩に歯が立ちませんが、地衣類の働きによって進出できるようになるわけです。

 生物のありようについてのセントラル・ドグマともいえる考え方は「生存競争」ですが、菌類の生き様をみていると相利共生もまた古くからごく当たり前のありようだったことに気がつきます。ここから政治的な意味合いを読み取ることもできるわけで、本書はそうした議論の一端も紹介しています。著者自身は、競争にばかり焦点をあてる伝統的な考え方(いわばタカ派)を解毒する意味で共生の重要性を強調しながら、なんでもかんでも共生で説明しようとするリベラル一辺倒に陥る危険性に警鐘を鳴らしています。

 菌類については(おそらくあらゆる生物についても)わからないことがまだまだたくさんあるので、結論を急がない姿勢は適切でしょう。とはいえ、かつてヒトラーが人種間の生存競争という考え方を通して世界を観ていたことや、そうしたヒトラーの考え方がいまやプーチンやネタニヤフに憑依したようにも見えることを踏まえるなら、相利共生の考え方の重要性はどれほど強調してもしたりないと考えたりします。

 菌類が我々の生命観を揺さぶるもうひとつの現象が、別々の菌根菌の菌糸がしばしば融合し、化学物質のやりとりをしていることです。「個体」という概念も、「種」という概念も、確固としたものに見えなくなってくるわけです。これまたタカ派的というよりはリベラル派的でしょうか。しかしながら結果としては全体主義的な論理展開につながる可能性もあるわけで、政治の奥深さを痛感するところでもあります。

 本書にはこのように政治的・哲学的に理屈っぽいところがあり、サイエンス系統の本としてはいささか鼻につくと感じる人もいるかもしれません。ただ、政治に無頓着では大人といえないわけで、こうしたサイエンス系統の本であってもあえて政治の問題に踏み込むところに、米国の知識人のつよさを感じます(反知性主義のつよさににも呆れざるを得ませんが)。そういえば米国ではスポーツマンや芸能人たちも政治的な発言をする例が少なくありません。

 菌類である酵母なしには酒もパンも醤油もなく、やはり菌類であるアオカビなしにはペニシリンもないわけで、人類はこれまで随分と菌類のお世話になってきました。その割には熱心に研究してきたとはいえません。バクテリア(細菌)とアーキア(古細菌)についても同じことがいえるでしょう。特に日本の学会は、まったく別のドメインに属するこの3つの生物に「菌」という同じ漢字をあてていて、何とも情けなく感じます。

 ――といった感想を、初めて本書を読んだときに書いたのですが、久しぶりに読み返しても、改めて魅せられました。ただ、今回あらたに考えたことをいくつか……。

 一つは、植物が陸上に進出できたのは菌類のおかげだったろう、という仮説です。これは必ずしもそうとは言い切れないのではないか、と今では考えています。水中の植物というべき藻類のパワーや、藻類と菌類の複合体である地衣類の底力などを踏まえると、どっちが先なのか、なかなか判定し難い問題ではないかと感じるのです。

 もう一つ、植物が体を強靭化するためにから身に纏うようになったリグニンという物質は、白色腐朽菌(担子菌)が台頭するまではほとんど分解されず、植物の遺骸は地表に蓄積するばかりだった、という歴史的な出来事を、改めて紹介しておきたいと感じました。藤井一至さんという研究者の「大地の五億年」(ヤマケイ文庫)という本でも触れられていますが、白色腐朽菌の台頭は大気中の二酸化炭素を増やして地球環境に劇的な影響を及ぼしたと考えられるそうです。かのシアノバクテリア(藍藻)とは逆方向の働きをしたわけです。

 ともかくも、藻類も菌類も実に興味深い生き物だと思います。もっともっと知りたくなります。