知り合いのお嬢さん、戦場カメラマン渡部陽一 さんと「生」でお話をするチャンスに恵まれたそうです。
最近、テレビによく出演されている方ですよね。話される内容はとても重いにもかかわらず、あの天然っぽい、ゆっくりマイぺースでユニークな話し方で周囲の人々を笑わせる、その人柄に好感をもつ人は多いようです。私も好きです。
で、
「実際のところ、どんな話し方だった?」
と、興味津々でたずねてみたら(^_^)
「大人数の前で話をするときは、テレビで見たのと同んなじ、
でも、個別に話すときは、もっと普通だったよ。いや、普通の人よりゆっくりではあったかなぁ・・・
キャラって、やっぱり作ってるんだよね」

そりゃ、ある程度は作るでしょう、誰だって社会生活している人間ならば

持って生まれた性質と意識して演じるものと、どちらか一方だけということはあり得ないのじゃないでしょうか?

自分を良く知っているからこそ、意識してやっている部分だって自然な感じで合わさって、自分の持ち味として出せるのだと思います。

まるで100%天然のように。


私だって、授業しているときは、その特有の話し方というものがあります。人格まで変わるわけではないけれど、職場で話すとき、友人と話すとき、家族と話すときなど、それぞれでキャラは違います。ネット社会におけるキャラもまた違うでしょうね。 自己欺瞞?そうでしょうか? 


持って生まった人格特性を内キャラ

対人関係において意図的に演じられるのが外キャラ 


というように、↓この本では定義されています。

キャラ化する/される子どもたち―排除型社会における新たな人間像 (岩波ブックレット)/土井 隆義
¥504
Amazon.co.jp

この本、岩波ブックレットなので薄くあっという間に読めてしまうのですが、非常に面白いです。


なぜ最近の若者が内向き志向なのか、最近のイジメは差別意識などが原因で起きるのではなく誰もが対象になりうるという現実、また近年の少年犯罪の特徴から見える日本の現代社会の病理とは・・・


私が直観的にずっと気になっていたことが、現代社会論としてすでに研究されていることに感動しました。(この本を読む前に、同じ著者の本を2冊読んだのですが、それらについても、またそのうち紹介します)


話をキャラに戻しますが、

今日の若い世代はアイデンティティのような一貫したものではなく、キャラと言う言葉で示されるような断片的な要素を寄せ集めたものとしての自らの人格をイメージする傾向にあるそうです。アイデンティティは、いく度も揺らぎを繰り返し、社会生活の中で徐々に構築されていくものだけど、内キャラは持って生まれた特性なので、変わりようがないし、外キャラも状況に応じて使い分けはするけれど、固定的なものです。


価値観が多様化している現代では、どんなに正しい意見でも、違う観点から見るとたちまち正当性が揺らいでしまうということが起こりえます。予想もつかないほど多様に変化し続ける対人関係で、外キャラはコミュニケーションを成立しつづける技法の一つであると言えます。


長くなりそうなので、内キャラについては次回の記事にしますね。


もし渡部陽一 さんの話し方をご存じでない方がいらっしゃったら、是非YouTubeで画像を探してご覧になってみてください。ここに動画を貼り付けても良かったのですが、テーマからズレてしまいそうなので省略しました。


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