帰国子女の娘のことではありません。

何を隠そう、そういう言い訳のない私のことです。(>_<)


このブログについて の最初に、自分は「言葉」を使って表現することに苦手意識があると書きました。このブログがそのコンプレックスそのものへの挑戦だと。


自分の高校生時代のことを思い出してみたのですが、私が苦手なのは、自分で表現するということよりは、「言葉」で書かれたものを読んで著者の意図することを理解することだったなぁ・・・と改めて気づきました。はぁ、なかなか辛い思い出です。


恥を忍んで発表しますがf^_^;

高1のときの国語の成績はひどいもんでした。他教科は、ほぼオール5なのに、国語だけ3。(1、2は赤点)

女の子なのに・・・・と必ず代名詞がついたものでした。

女子で国語が苦手というと少数派なので、理解してくれる友人もあまりいない。

一度担任の先生に訴えたことがありました。


文章を読んでどう感じるかなんて、人によって違うのに、なぜ答えが一つしかないの?

文章をどう読むかは、読む人の心情によっても違ってくるではないか? 例えば、

・読み手が尊敬している人が書いた文章

・読み手が不信感を抱いている人が書いた文章

まったく同じ文章だとして、同じように感じることができるか?

そんなあいまいな問題、私にはできないです!(私は屁理屈JKだった、(-"-;A)


シンプルでロジカルな文章だと問題ないと思うのですけどね、感情抜きだから。


よくやってしまった失敗は、

著者の考えを書かなければいけない問題で、自分の考えを書いちゃたってことですね。

答えは必ず文章中にあるのだから、抜き出して要約すればよいだけなのに、

わざわざ自分の言葉で書いたり。 文章を読むときも、気になる言葉が出てくると、それがやたら気になって、全体の要旨がわからなくなったり。 自分の印象に残った部分をいくつか取り出して、自分で勝手にストーリーを作ってしまったり。σ(^_^;)


こんな私ですが、高2のとき、国語がいきなり5に上がりました。

それは、その年の担当の先生がいわゆる普通の国語の試験をしない方針で、作文や感想文だけで評価してくれたからです。夏目漱石の「それから」の読編を自分で想像(創造)して書く、という面白い課題もありました。

私、こういうのは大好き、そう、ゼロから自分で何かを考える方が好きなんです。発想がユニークだと、この先生にはよく誉めていただいて、この先生ときだけは国語の成績も良かったのです。


高3になると、また普通の国語の先生になってしまいまいしたが、さすがに受験も意識して、訓練に訓練(勉強のことです)を重ねて、読解問題もある程度はできるようになりました。古典の方が努力で成績が伸びたので、全体としての国語の成績は4になってくれました。


一時は、あまりに作者の気持ちが汲み取れないので、自分は心に欠陥でもあるのかと思って悩んだこともありました。でも、訓練によって、また経験によって、ある程度はできるようになるもので、今の仕事も務まってます(笑)


このブログも、記事を書くのはいいのですが、みなさんからコメントをいただいて、コメレスをつけるときに、私の悪い癖が出ないように気をつけなければいけないとって思ってます。 コメントを下さった方の意図をよく汲もうとしないで、ついつい自分の意見を書いちゃうってことです。(^_^;)


心して気をつけていきますので、これからもどうぞよろしくお願いします。(^O^)