真説ミリアムの魔術書・武術家たちの誇り (THE REAL FIGHTERS)  -49ページ目

ちょっとだけ独り言


わたしは自分の言葉があまりにも人に影響を与え、また力を与えることができることに気づかないできた。


それならば人も自分も良い方向に心が揺さぶられることをしたほうがいい。


言葉は時には人を殺す。


自由があるといっても、分別のある言葉を紡ぎ出せなければその能力は無意味だ。




欲を言うなら感動させるより笑わせたい。


いま泣いている人が明日には笑っていられるようにね。




SANA VS SAMSON:9 MISERY(ミザリーの記憶)



感じとったのは、サナ。


(こんなときにまた他人の記憶・・・)


すぐにサムソンの精神にも伝達するビジョンだろうか。しかし現れた女はサナに何かを伝えたいようだ。

大人になりかけの少女のよう。おそらくは17,18歳くらいだろうか。


篝火がこれまででもっとも高く宙を焦がした。



「どうしてあなたはわたしの敵になってしまったの? どうしてこんなに憎まなければならなくなったの?」


エヴァンが死ぬ数日前。橋はまだ綺麗なままだった。


「いい天気。それなのにこんな話をしなくちゃならないなんて」


ミザリーと背の高い痩せた長衣姿の男が並んで立っている。


ジェノサイド。ミザリーとエヴァンの家族の命を奪った大量の火薬・ダイナマイトを作り、使用した張本人、”博識のローレンス”




サムソンはまだこの記憶に囚われていないようだ。

いつの間にか至近距離に入られ、サナは慌ててステップを踏んで大きく後退した。


氣を練るのには集中力が必要だが、現状では無理である。


サムソンには必要のない記憶なのかもしれない。


(だって・・・)

サナは思う。これはミザリーという女の子が女性だけに伝えたい何かなんだわ。



「ねえローレンス。どうしてわたしたちみたいに本当は愛し合っているはずの者同士が憎しみを持つのかな?」


ローレンスは無言。表情もない。

ショックを受けているのはローレンスのほうではあったが。


「わたしは家族を死なせた奴に復讐するため人間であることを棄てた。見た目は普通の女の子でも、この膂力は悪魔と契約して手に入れた。そのための交換はわたしの民族の遺伝からくる赤い髪。今はブラウンに近いけど、もともと赤毛だったのよ」


「悪魔・・・・」


「それは民族の魂や誇りを棄てることでもあったの。でもわたしは引き返さない。仇をとったらパパやママのところに行くわ」


「ミザリーだめだ! 死ぬ気だろう? 海底トンネルに行くのは危険だ!」


「人の人生を狂わせた男に言う資格なんかない。わたしの魂はすでに悪魔のもの・・・もう、止められない」




サナはついに一撃を受けた。


この記憶はやはりサムソンには流れ込んでいない。


戦闘に集中したいのに、この記憶はサナの心を鷲掴みにして解放してはくれない。


骨の感触。内側からくる痛み。


「こりゃあ肋骨やられたわよ・・・」

サナは痛みに絶えながら、守備に徹する。


なんなの? あなたはわたしに何を見せたいの?



千数百年前の記憶の中の存在は答えるはずもないだろう。


が、聞こえた。



「大好きな人が敵だった、て苦しいことよ」


「そうでしょうね」


「なのにこのローレンスはただ謝るだけなの。心の奥では”仕方なかった”としか認識していないの。だから赦せない。こんなわたしを男にはみせたくないわ」


「それでなの・・・・・・」




サムソンもまた動揺している。今、明らかなチャンスがあるというのに、サナをこれ以上攻撃できない。

また誰かの記憶に囚われたのは確かだろう。


だがなぜそれが自分にも流れてこない?




やがて過去の人間の記憶は惨劇へと変わってゆく。




エヴァンが橋で倒れたほんの数日後、


ダイナマイトで海底トンネルに住み着いたモンスターを一掃しようとしたローレンスがミザリーを救おうと走る。


中には人間もいたのだ。それでも城を守るため、ローレンスはジェノサイドのときと同じに悪魔のような破壊兵器を使用した。


崩れ行く岩場。トンネルの天井。

トンネルを、命からがら抜けてきた異国の人間たちを救うため、ミザリーは悪魔の膂力をもって支えた。たったひとりで。


ローレンスはミザリーの元へ、海へ飛び込もうとした。



「海に溺れる難民たちを見ても何も感じないのか! 城と女と、あんたは全部思いのままになるとでも思ったの? それ以外はどんな生き物ですらあなたの目には映らないのね・・・・・・・・」


ミザリーは心から愛した男を心から呪った。



ローレンスがなんとか海に身を浸したとき、



トンネルはミザリーとともに崩壊した。


崩れる 海底トンネル 逃げ遅れた者、モンスターも含め


壊れて潰されてゆくミザリーの心、体、想い。


「あ、あ、あ、ああああああーーーーーー!!!!」


記憶から解放されると同時にサナは叫んだ。


ミザリーの魂の痛みそのものが、同じ”女”であるサナの心に伝わったのだ。









SANA VS SAMSON:8 その戦術





この闘いでサナが最も注意を払っているのはサムソンからの直接攻撃。


サムソンが197㎝・115㎏の体躯をもつのに対してサナは標準的な164㎝・49㎏。


仮に同性同士の組み合わせであったとしても体格、パワーにあまりにも差がありすぎる。


攻撃を正確にガードの体勢で持ちこたえようと試みても、サナの体がサムソンの攻撃に対応しきれないことは明らかだ。だからサムソンは至近距離に入ることを狙い、一方でサナはいかに森羅万象に”氣”を伝え、距離を置きつつ攻守に徹するかを考えている。


少なくともサムソンの心臓部を守るプロテクターは破壊した。


そして流れ込む過去の歴史、人の記憶に囚われすぎず、自己を守る術に長けているのも自分の方であるとサナは確信した。


無論、そこで油断はしない。



勝負は瞬きの間に形勢が逆転するなどごく当たり前のこと。



サムソンも武術家として”氣”を練ることはできる。

だがサナのそれとは違い、一時的に身体能力を飛躍させるものであり、彼女のように”氣”と自然・物質を融合させることはできない。



肉弾戦に持ち込むことができればサムソンが有利となる。


お互い、次の動きに移る頃、もうひとつの記憶が流れてきた。




SANA VS SAMSON:7 エヴァンの記憶


「何かが流れ込んでくるな」戦闘中であるにも関わらず,サムソンはサナに答えを求めた。


「くるわ。記憶だわ,これ。忘れてはいけなかった人々の“生きた記憶”」


一定の距離をおきながら対峙する二人は緊張を解かず,それでも全身を薄い膜のようなものに覆われたと思わせる誰かの記憶に囚われたことを知覚する。


そしてその視覚ではなく脳裏に魂そのものに響く声を感じながら戦わざるをえないことを知る。





「エヴァンだ。最初に来たノハ。橋ヲ渡りきれナイデ死ンダ」

ゴルドがジュノーに抱かれたまま呟いた。


「あなたもあの時代を知っているのね」


ジュノーも知っている。


最期まで古文書を握り締め、城へと続く橋を渡りきれずにクロスボウの矢に射抜かれて逝った十三歳の少年。





「エヴァン! 古文書を棄てなさい、もういいから!」


「そうはいかないんだ、ミザリーお姉さん。悔しいけどあの人殺しのロバートとローレンスの野郎に、この秘密を伝えないといけない」


敵が迫る。数は十数人。


城までには橋が。エヴァンは古文書を手に俊足を活かして、走って。


放たれる矢。ひとつ、ふたつ、みっつ、確実にエヴァンの体を的のように射抜いていく。


城からミザリーが叫ぶ。「棄てなさい! エヴァン!」


「畜生! 俺の家族を殺した奴らじゃないとどうにもできないんなんて!」

少年が叫ぶ。全身から出血。血を吐きながらすべてを呪い、それでもまだ城には届かない体。


走る。再び射られる矢。


ミザリーが悲鳴をあげた。




「あっ!!」


サナとサムソンが同時に叫んだ。二人はいま同じ記憶を見ている。


矢がエヴァンの体を再び射抜く。背中、大腿部に矢が四本突き立てられた様は哀れであった。

エヴァンは橋の中ほどで倒れた。



少年は橋の石畳に自分の血でこう書いた。


”答えは TU FUI, EGO ERIS. あとの古代語はカムフラージュだ 魔力のある人間が唱えれば それで終わる”


「畜生・・・・・・お父さん、お母さん・・・・・」


それが少年の最期の言葉だった。




サナは篝火に氣を伝え炎の竜巻を生む。


それはサムソンに向けての攻撃。


「しまった!」


一瞬、早く記憶から解放されたのはサナだった。


胸のプロテクターが焼け焦げ、留めていたバンドが弾け飛ぶ。


サムソンは防具をひとつ、失った。






SANA VS SAMSON:6 審判の始まり





「殺し合いをするというのにずいぶんと明るいところだよ」


「それは歴史上のことです。勝負、試合です。あなたは最後まで見ていればいいのですよ」


初老の男と白金の髪をもつ美しい娘。

名をそれぞれ”ウィルソン”、”ジュノー”という。


天罰により千数百年その姿で生き続けている。


様々な歴史と人の流れをみつめてきた。


今夜はここで二人のよく知っている男女がぶつかる。


裁くのはウィルソン。かつては歴史に名を刻む将軍だったが、その地位を自分から捨てた。

そしてかつてはサムソンの師でもあった。昔の話だ。


「ロバート、もうすぐ終わる。少なくともお前の受難は終わるよ。ここですべてが決まれば、私たちはその決定に身を委ねるだけだ」

独り言のようで遠くの友人に囁くような言葉。

ジュノーは黙って聴いている。



「ロバートさん、仲間をみんな喪い”アダム”と名を変えて生き続ける人。そこまで追い詰められる必要なんてなかったんです。わたしたちとは事情がまったく異なりますもの・・・・・」


この二人に去来する思いは普通の寿命をもつ者にはわかりそうもない。




コロッセオ・東に黒を基調とした生地に、ところどころ蝶の模様が刺繍された装束を纏ったサナが猫を抱いて立っていた。


西にはサムソン。鍛え抜かれた体には、腰に巻いた皮ベルトに繋がる、胸部のやや中央よりの左・心臓部にのみ取り付けたプロテクターを固定するバンドが見られる。

上半身にはそれだけである。


鋼鉄のニーパッドとレガースは、防御のほかに攻撃が当たった際に更なるダメージを与えるか。

・・・・・・・サナがそうさせてくれればだが。


その姿に「まるで剣闘士ね」とサナが呟いた。「ここにきたらわたしも似たようなもんか」と付け加えておく。






ウィルソンは二人に闘技場の中央にくるよう命じた。


「お互い最期になるかもしれないと言う覚悟はあるか?」



「もちろんです」


「何をいまさらねえ・・・」


二人の声がかぶる。

サナは猫のゴルドをジュノーに抱かせた。


「その子をお願い。終わるまで預かっていて」

ジュノーが承諾したので、サナは猫を差し出した。





そこで異変に気づき、サナは困惑した。

「ん・・・・・・? どうしたのよ・・・」


ジュノーがゴルドを抱いたとき、ゴルドは明らかに怯えていた。


「どうしたの? ねえ・・・」


「オレ、ミタクナイ」


ジュノーの目が答えを求める。


サナは「不吉ね。大方、厭な予感でもしてるんでしょ」そう言ってまたサムソンと向かい合った。顔はなぜだか笑っている。

その気持ちはジュノーにも誰にも汲み取れない。



蝶の黒装束が闘技場のあらゆる位置に燈された篝火の紅を呑み込んだか。サナの装束を、暗闇の中で蝶が炎に包まれる絵のように見せた。


「なかなか綺麗よ。気に入った」




天には月。燃える篝火。

ウィルソンは厳かな空気を漂わせながら立ち上がり、対戦者同士のサナとサムソンを見る。


表情は硬い。



「お互い、構え」



サナ、サムソンそれぞれの構えは違う。まったく別の格闘スタイル。



篝火がいっそう高く宙を彩る。美しい紅。



「始め!」

ウィルソンの怒号を思わせる声が響く。


その声がすべて。



そこからすべてが動き出した。