昔、米の収穫は9月の末から10月の中旬と

相場が決まっていた。

コンバインはまだ高級品で、

10件の農家に専業農家の1件にあるような時代だった。

稲刈り機で刈り、 稲の束を刈った田に

稲木を組んで干すという作業が必要だった。

2~3週間ほど天日干しで乾燥させて脱穀。

玄米のまま食べるものと白米にするものを

分けて精米機にかける。

開始からほぼ1ケ月ほど経過していたように思う。

採れたての新米は、その日の卓袱台に乗った。

米は艶があり純白で甘みが強い。

現在、ほとんどの水田は100周期を超えているだろう。

土壌も熟成の極みにあるだけに、

そこに実る米も年を経るごとに

熟成を増すのではないかと思った。

熟練の農夫の技と土壌が米を甘くするのだ。




PS.
自宅を含む集落に点在する家々の周辺を、黄緑の絨毯が取り囲む。絨毯というのはもちろん、比喩表現。これはこの4ケ月、風水害を何とか乗り切って頭を垂れるまでに成長した稲田をさす。ここ2、3年に同じ時期に比べて、米粒の中身の生育度が今一度だと、隣りの老夫婦が苦虫をかみつぶすように言った。晴れの日が8月半分以下、あの熱射病を誘発するような強い陽光が降り注ぐ日があまりにも少なかったために、稲もさぞかし欲求不満で、伸びきれなかったのだろう。収穫を急ぐ家では今週末から、稲刈りが始まる。蜂の羽音のようなエンジン音をなびかせながら、田を舐めるように走るコンバインが秋の訪れを、我が村に告げる。少しトラウマになりかけている台風や豪雨のシーズンでもあるが、今回についてはもうご勘弁願いたい。すでに先月、いち早い洗礼を受けた、いや正確には受難した我が福知山だけに…雨乞いではなく水の神への厄除けを祈願することにやぶさかではない。少なくとも、僕たちの村を含む福知山はそうに違いないと思う。







●ちょうど5年前の晩秋から初冬にかけ、書いていながらアップし忘れていた散文が数十本、古い控えフォルダから先ほど発見。時節に沿って、その時折の心象を成り行きに任せて綴ったショートストーリーのよう(こんなの書いていた事も先ほどまで忘れていた)。デフォルメを一切していないので、お見苦しくご不明な点があろうかと存じますが、どうかご海容ください。 ではまた後日、別の散文をアップします。