私市の水田ベルトが一様に黄緑に変わっている。

穂先が頭を垂れている。

そして集落が色めき立つ。

どこの自治会でもそうだと思うが、

町内や集落で執り行われる秋祭りへの準備が、

この頃からすでに始まる。

前夜祭を含めて2日間行なうところもあれば、

1日半で終わるところもある。

奉り、あるいは祭りという言葉の中に存在する、

呪詛めいた香りに人々は畏敬と崇拝を思う。

祭りの前後には、言いようのない昂ぶりが

その地域の人々を覆う。

旧暦で9月を長月と呼ぶのは

断続的に長雨が続くからだろうか。

すべての月齢における月の満ち欠けが

美しく続くからだろうか。

それによってツキがいつもより

長く継続するからだろうか。

歳時への叙情的な類推は尽きない。




PS.
美しい月夜だ。今日、22時55分あたりからおよそ5分ほど、南西から西南西に傾きかけた丸い月を眺めていた。月齢13.5中潮。明日9日が満月、月齢14.5大潮。中秋の名月は一週早く訪れ、十五夜が秋の気配をスルーさせて一気に秋を誘引したように錯覚させる。ドビュッシーの月の光が、今夜の天球模様に最もフィットしたノクターンになるだろう。久々に、あおりたくなる一杯の酒がある。そう、5年ぶりになるだろうか。テネシーの月あかりの別名を持つ、ジャック·ダニエルズ。リンチバーグという寒村に特有のライムストーンを通った湧水を使い、チャコールをくぐらせた逸品。その琥珀色は着色料ではなく、チャコールをくぐらせた際に移り込む木炭の色だ。僕の住む今安の月あかりを肴に、JDをあおる。現在は自宅2階の南側の窓辺。リリカルな秋の夜長として、限られたこの時間を堪能しよう。





●ちょうど5年前の晩秋から初冬にかけ、書いていながらアップし忘れていた散文が数十本、古い控えフォルダから先ほど発見。時節に沿って、その時折の心象を成り行きに任せて綴ったショートストーリーのよう(こんなの書いていた事も先ほどまで忘れていた)。デフォルメを一切していないので、お見苦しくご不明な点があろうかと存じますが、どうかご海容ください。 ではまた後日、別の散文をアップします。




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