風は北からの冷気を含んでいた。
あきらかに、北緯40°以北で停滞する
寒冷前線のものだ。
銀杏の黄葉が加速する。
楓やブナも葉の内側でカロチンを増殖させる。
2歳児の手の平のようなあの熊手型の葉が
先端から朱に染まり、葉の中ほどから枝の付け根
までは緑のままだ。
美しい。
自然の、季節の摂理が造りだすことができる
グラデーションだった。
カメラのレンズをズームにするように、
自分の肉眼を葉の近くへ近づけてみた。
赤と緑の境目、つまりグラデーションのボーダーは
ほのかにオレンジと黄色が混ざりあっていた。
赤くなる方に従い、そのボーダーはオレンジから
茶のような色。
緑に近くなる方に従い、そのボーダーは
黄緑になりペールグリーンになっていた。
ボーダーの真ん中がイエロー&オレンジの
ジョイントした状態になり、赤、緑、それぞれの色の
方向に向かって階層ができ上がっていた。
着々と染まっていくものなのだ、と改めて思った。
地球の公転によって、太陽の位置と斜度が変わるのに
呼応して、葉の色が変わっていく。
もう何万年、何十万年と繰り返されている、
生命のサイクル。
もちろん、当たり前のこと、というカッコが
つくが、その現実を目の当たりにすることで
感慨はより深まった。
自然観察は幼稚園、小学校時代の必須として
さまざまに触れていたはずだったが、
これほどまじまじと、直には観ていない。
観ていたとしても、記憶に留まっているほどの
意識を持っていたわけではない。
紅葉の美しさは、紅葉が完成した状態ではなく
その途上に価値があるのだと思った。
人が熟年層に突入すると、植物が放つこの季節の
信号と符号する。
ふと今、思いついたが、人の心はいつも
グラデーションで揺れ続けているのではないだろうか。
何色かが定まる時は、外部からの変化に対する
反応の瞬間なのだろうと。
内心に近い方は、どちらかというと黄色で。
月日はこれまでずっと流れてきた。
月日はこれからもずっと流れていく。
ずっと緑の月日でいられればうれしい。
