友人達との楽しい浅草飲みの続き。
『酒の大桝 ワイン館』を出た一行は、再び浅草を散策。
メンバーは、ちぃさん、みんみんさん、そして私。
たぬき通りの招福たぬきの像も、マスク着用。
伝法院通りに入る。
ここは人が少なめで安心。
伝法院は拝観出来ないので、お隣の鎮護堂に参拝。
内塀の向こう側、伝法院の庭の樹には大きなアオサギ。
肝心の鎮護堂の撮影は忘れたが、鎮護堂は火災・盗難除けと商売繁盛に霊験あらたかで、別名はおたぬきさん。
用事があるちぃさんを見送ると、みんみんさんと私は浅草一丁目一番一号にある『神谷バー』で一杯飲んでから帰ることに。
何時も満席のお店だが、幸いなことに奥に空いたばかりのテーブルを見付け、着席。
飲み物は、生ビールとデンキブラン。
生ビールをチェイサーにデンキブランを飲むのがここの流儀。
みんみんさんと生ビールで乾杯。
続いてデンキブランでも乾杯。
お腹はいっぱいなので、おつまみは甘海老のから揚げ。
何故か龍笛や琴の話しで盛り上がる。
サクッと飲むと、暗くなる前に引き揚げることにする。
ちぃさん、みんみんさんと過ごす、8ヶ月ぶりに訪れた楽しい浅草の午後でした。
ところで、日本で最初の本格的なバー、『神谷バー』を作り、シャトー・カミヤ(牛久ワイナリー)を開いたのは、日本の「ワイン王」、神谷伝兵衛。
その神谷伝兵衛の別荘だった建物が稲毛の千葉街道沿いにある。
以前、友人に誘われて、旧神谷伝兵衛稲毛別荘を見学に行ったことがある。
千葉街道から敷地内に一歩入ると、目の前には小さな祠がある小山。
右手の階段には、ここが国の登録有形文化財に指定されている「旧神谷伝兵衛稲毛別荘」であることの表示。
小山の上には、美術展等が行われる、「千葉市民ギャラリー・いなげ」。
その手前右側の小道に、「旧神谷伝兵衛稲毛別荘」を示す道標がある。
今では海岸線から3kmほども内陸部となるが、この別荘が建てられた大正7年ころは、ここは海岸線に面した保養地だった。
千葉街道沿いには、ここが海岸線だったことを示す松並木が残っている。
木造建築の母屋と、洋館のゲストハウスの二棟があったが、現在残っているのはゲストハウスのみ。
大正時代としてはまだ珍しい鉄筋コンクリート造りで、大正12年の関東大震災にも耐え、現在にその姿を残している。
玄関ホールの右側には、広い洋間。
床は寄木細工で、ビクトリアン・スタイルの暖炉が設置されている。
緩やかな階段を上ると、二階に出る。
これは二階から見下ろした写真。
すると、そこは驚いたことに和室。
手前の8畳の間から、奥の12畳の間を臨む。
12畳の間と言っても、床の間と違い棚だけで6畳もあり、更に外面に14畳もある広縁が作られているので、見た目は32畳の大空間となっている。
床の間の横には、手の込んだ細工の引き戸が造り込まれている。
帰りに玄関ホールに降り、天井を見上げると、そこにはぶどうのレリーフが。
さすが「ワイン王」の別荘。
明治の実業家、神谷伝兵衛のお洒落心を知ることが出来た、楽しい「旧神谷伝兵衛稲毛別荘」探訪でした。






















