ううむ、またアルファベットではタイトルが入りきらなかった…

出足から縁起が悪いわい

またしばらくご無沙汰してしまいました、しかもシリーズの途中だっつーのに

と言うのも、本シリーズの最初にも書きましたが、この所CD借りまくっていて、その処理に追われていたんですな。
この辺の顛末は本シリーズの最初読んで戴くとして、1点訂正。8/7(日)に借りたのは、精査したら21枚が正解でした。

(ガラスの仮面47巻、10日以上前に買うだけ買って全然読んでない…ガラかめをないがしろにするなんて、こんなことは初めてだ)


さ・ら・に、渋谷のTSUTAYAが8/14まで5枚1,200円の割引やっていたので、最寄り駅のTSUTAYAになくて渋谷には在庫があるのを確認していたCD4,5枚借りに金曜日(8/12)ぶらりと立ち寄ったんですな。
滞在予定時間は15~20分のつもりでした(Blu-Rayは何度か借りてるけど、CDは初めてだったので、絶望的な方向音痴の自分が迷子になる時間も考慮して)

…ところがですなぁ、白状すると私知らなかったんですが(Blu-rayの品揃え凄いって認識はあった。なおDVDは私には最早アウト・オブ・眼中です。あんな中途半端な旧式メディア、もうどうでもええわ)、渋谷のTSUTAYAの充実振りって音楽好きの間では有名な話らしいんですね。(同日夜、「先生」にメールで興奮しながらその充実振りを語ったら「それ、みんな知ってるよ…」と指摘されてしまいました、恥)

廃盤状態のCDが平気でゴロゴロ置いてあります

King CrimsonのEarth Boundとか普通の顔して陳列してあるんですけど

ほんの15分程度のつもりが、気が付きゃ2時間以上の滞在で、借りた枚数31枚だってさ(!)

これだけの枚数(31枚ともなると、かなり重いです)を返却に持参する元気も自信もないので、郵送にしてもらいました。

Brian EnoのHere Comes The Warm JetsやAnother Green Worldとかは元々お目当てだったから、
あって当然なのだけど、Brian Enoコーナーの余りの充実振りに茫然自失してしまい、かつ実は
「渋谷のTSUTAYAは枚数制限がない(※厳密には45枚を超えると一回締めて、別会計になる。
でも1回で借りられる枚数に上限はない)」
事を知り、はい、Ry Cooderの所有済または歌詞カードなし以外棚毎お借り上げ決定。

※今必死扱いて借りてるCDって、大抵はLPで持っているものばかり(なんせ、高校時代はお小遣いの全てを中古LPとDCブランドに注いでましたからね、私。だから、King CrimsonなんてEarth Bound以外は全部Atlanticで揃えてますし、David BowieはRCAだし、あのLP全部売っ払えば一財産になるの知ってるけど、売らない。青春の宝物なので、金の問題じゃない)なので実は解説や歌詞カードなくても良いんですが、Ry Cooderは亡くなった叔父から勧められていたのに食わず嫌いで大学生になってから、しかもレンタルで聴いているので、解説と歌詞カードは貴重な情報源な訳です。

仕舞いにはRobert FlippのExposureとか誰も知らんだろう、ってな奴までカート
入れていたら結果がこれです。

これねぇ、iTunesに取り込むのは簡単なんですけど、問題は解説と歌詞カードですよ。

8/7(日)に借りた21枚も、結局4枚(Todd RundgrenのSingles、Fleetwood MacのThe Very Best of、KissのGreatest Kiss、Steely DanのGaucho)ほど解説読めずじまいで時間切れ返却と相成りましたし。

しかも、よりによって昨日も1枚100円のセールやりやがって、借りたいCDリストまで作ってあったんですけど、さすがに31枚を片付ける方がどう考えても優先順位上だろう、と昨日は単に返しに行っただけで済ませました。

ただ、在庫確認だけはしておこうと店員さんに相談したところ、たまたま8/6(土)に相手してくれた姉ちゃんで、探してもらいながら話してたら(この人結構自分が音楽好きで色々質問してくる人なので、ついこっちも余計な話しをしてしまう。名前は秘す)実はビートルズとRadio Headが好き、という事が判明したので、
1.ビートルズは何をどう言う順番で聴いていくべきか、逆に何は聴かなくてよいか
特に、
・Strawberry Fields Foreverの制作過程(Anthology2と合わせて聴くこと)
および2つの全然別のテイクを繋ぎ合わせて作ったものであること
(2番目のLet me take you down, cause I'mのところ。ただし、これ一回知っちゃうと2度と普通に気にせずに聴けなくなるので、後戻りできない禁断の橋です)

・Let It Beは単品で聴いてはいけないこと(出来ればLet It Be Nakedと合わせ技が望ましいが、Anthology3でも主だったところはカバー出来る)

・Abbey Roadが実は実質的なラストアルバムである事、だからこそ故の充満するやる気と奇跡の完成度を堪能すべき事、実質的なエンディング曲であるThe Endで最初で最後のリングのドラムソロ、ポール・ジョージ・ジョンの順番で繰り広げられるギターソロの共演を味わうこと

・Yellow Submarineはオリジナルより寧ろソングトラックの方がお勧めである事(ビートルズCD保有50枚以上の私でも、さすがにYellow SubmarineのB面は退屈でほとんど聴いたことがない。ってか、B面ビートルズじゃないし)

・「1」はこれからビートルズを聴きたい、かつこれ以上聴く気がない人には最適な1枚だが、ちゃんと聴きたい人にはこんなに付加価値がない1枚はないので、聴くだけ金と時間の無駄。
第一、Please,Please Meが収録されていないというのが許せない

・似たような理由で、赤盤・青盤も不要。パスト・マスターズシリーズは必須。

2.Radio Head好きなら、The BendsのHigh And Dryは必聴。かつ、High And DryのPVは2種類あるが、モノクロの映像で雨(多分、人工)の中バンドが演奏をする方を見るべし。

The BendsはRadio Headの歴史の中で見ると、
・Pablo HoneyのCreepで一躍有名になり
・OK Computerでその名声を揺るぎないものとした
ある意味繋ぎの位置づけに過ぎないが、High And Dryの繊細な美しさはまさにRadio Headの本質そのもの。これ聴かなきゃRadio Head聴いたことにならない

と言った辺りのことを熱弁し(実は、さらにFreeのAlright NowやThe Beach BoysのPet Soundsの解説もしています)、約45分。

しかも、CDのお借り上げなし。

なんて質の悪い客なんだ…

ってな余計な話をしているうちに就業時間です。
(本日は在宅勤務のため、9時業務開始です)

本題は、昼休みにでも書きます。

ではまた。
あの娘はそこの道に立っていた 全身に笑みを湛えながらね
俺は声を掛けてみたんだ
「よぉ、どうしたんだい」って

あの娘、なんかキスが欲しいんじゃないか、って気がしてね

俺はまた言ったんだ
「なぁベイビー、名前はなんて言うんだい?
俺たちの考えている事ってきっと同じだろう?
だったら、待ち構えたり躊躇することなんて何もないだろう?
駐車料金が上がる前にとっとと一緒にずらかろうぜ」


ベイビー、もう準備は万端だぜ
ベイビー、俺はもういつでもオーケーさ
言わせてもらうとさ

あの娘をうちに連れてって、表情の動き一つ見逃さないように見てたんだ
あの娘が言うんだ「ちょっとアンタ、どう言うつもりなの?あたしに恥をかかせたいの?」

俺は言ったさ
「落ち着けよ、焦ることないだろう?
愛ってのは続くモノなんだぜ」って

あの娘が言い返すには
「愛ですって?天にまします神様!って感じね、あなた愛で私を罠に掛ける気なの?」だってさ

ベイビー、大丈夫なんだって、全然問題ないんだよ
ベイビー、万事オッケーなのさ、心配無用なんだよ
そう、全部オーケーなのさ

洗いざらい言わせてもらうとさ

一緒にハッピーになろうぜ
なんもかもオッケーだからさ

ロック史上~の、と言う冠というか枕詞が付くバンドは、それこそ数多あるわけです。
例えば、20世紀最大の音楽的収穫はビートルズである、とかね。
(で、それはそれでもう間違いようのない客観的事実な訳ですが)

しかし、ロック史上最も完璧で理想的なバンドと言えば、Freeを置いて他にはありますまい。

と言うか、私に言わせれば、Freeを聴かずしてロックを語ろうなんてのは傍ら痛いです。
笑止千万、100億年以上ビッグバン以前に出直してこい、です。

特に、このAlright Nowの確信に満ちた音を聴かないまま、一体ロックの何が分かるというのか?
逆に教えて欲しいぐらいです。

Bluesを土台としたしっかりとした基盤があり、かつ余計な音は一切含まれていない。

なのに、イントロのドラムに始まって、ギターのリフやベースの絡み合い方は絶妙そのもの。
決して技術的に高度なことをやっているとは思わない(実際、Freeは別に技術的な面での評価はPaul Rodgersのボーカル以外、大して高くないはずです)のに、グングン惹き込まれていく。
あっという間にノリノリの気分になってきます。
むちゃくちゃスリリングで、聴いているそばからゾクゾクします。

Paul Rodgersの歌が始まった直後から、もう瞬殺です。
このブルージーで迫力あるシャウトが、二十歳そこそこの若造のモノとはとても思えません。

#ただ、恒例どおり余計な話すると、Paul Rodgersと言う人はその天性の素質を十分に活かすことが出来たのが、Freeでのごく短い全盛期のみ、というのが残念なところです。
ロック史上指折りの天才歌手なのに、残した名作ってせいぜいFreeのFire And WaterとLiveぐらいで。

Bad Companyも単品で見れば悪いとは言わないが、ありゃFreeのスピリットを10倍ぐらい水で希釈して商業主義的にしたもので、比べちゃうともう全然です。
Queenとのコラボなんて、ボーカリストとしての格はPaul Rodgersの方がFreddie Mercuryよりも遙かに上ですが、声質が全然合ってなくて、質の悪い冗談としか思えませんでしたね、Queenファンの私としては。

私としては短い脱線終わり。

とどめは、やっぱりサビですよ、サビ。

「Alright Now」

ですから。

文脈的には、これただのいわゆるおめこソングで、さあやろうぜ、って言ってるだけなんですが、私の耳には“ロックの勝利宣言”に聞こえます。

何もかもが全部オッケーだぜ、ロック万歳!

ってね。
自分の存在自体を全肯定されたような、満ち足りた至福感が全身にみなぎります。

と言う訳で、私にとってFreeのAlright Nowは最高のロック・アンセムのうちの1曲です。

ちなみに私、この曲は友人の結婚式の2次会で歌わせて戴いてます。
同時にやったのは、
・ビートルズのHey, Jude
・Stevie WonderのIsn't She Lovly
・Cheap TrickのDream Police
と、その友人の選曲はなかなか素晴らしいモノであったと今さらながら舌を巻く次第でございます。

なお、その2の頭出ししておくと、
Spencer Davis GroupのGimme Some Lovin'です。
詳細は次回回しにするとして、これまた必聴というか、下らん退屈な音楽に無駄金使う暇があるんだったら、とっととこういうの聴きなさいよ、本物に触れないと審美眼は育たないよ?というのが私の主張でございます。

では、今回はこれにて。
今度こそ質問編を完結させるべく、端折ります。

4.8/9(火)の続き
ともかく、ダダ漏れ状態が続いていたので、一日静養に努めてました。
夜はとっとと風呂入ってスポーツニュース見て寝る前の一服して歯を磨いておしっこして寝ました。
私が密かに追っかけやってる女性ストリートミュージシャンの日記にコメントした以外は、ネットもしてません。

5.8/10(水)
一応、体調整えて会社行ったけど、どうもまだ今イチすっきりしない。
はばかり籠もるとまだウンチ白い。

そういう訳で、やっぱりうち帰って飯喰って一息ついたらとっとと風呂入ってスポーツニュース(以降、8/9と同じ)

…で、今日に至る、と。

はぁ~、ようやく前振り終わり。
本題入ります。

ロックファンの皆様、大変長らくお待たせしました(尤も、ここまで辛抱して読んでくれるような我慢強い人が居るとは思えないんですが、自分で言っちゃうけど)

あなたにとって、最高のロック・アンセムと言えば、誰の何という曲ですか?

これは、人それぞれなので正解はないです。

皆様の考えをお聞かせ下さい。

ただし、次の3曲は不正解とします。

1.The WhoのLong Live Rock
所詮、全盛期をとうに過ぎたロートルバンド(なんて言ったら失礼だけど、誰も反論出来ないと思う)が、自らの老体にむち打って檄を飛ばしている歌に過ぎないから。
The Whoの全盛期は、Quadrophenia(四重人格)までです。By Numbers以降はもう全然ダメ。

第一、自分で言ってるでしょ、

「Rock is dead」(ロックは死んだ)

って。

2.RamonesのDo You Remember Rock'N'Roll Radio
これはRamonesの代表曲だし、この人達って昔インタビューで

「あなた方の音楽は全部同じに聞えますけど?」

と言うインタビュアーの突っ込みに対し、

「当然だ。俺たちはここ15年で初めて真にオリジナルと言える音楽を発明したんだ。だから俺達にはそれをやり続ける権利があるんだ」

と開き直りも超えた、後ろめたさのかけらも感じられない、心底自分達を信じ切ってる自信満々振りが清々しい位なんですけど(※)、いかんせん曲の内容がね。

要するに、ラジオの黄金時代よもう一度、ってノスタルジーの歌なんで。
The BugglesのVideo Kills The Radio Star(ラジオスターの悲劇)とか、QueenのRadio GAGAと同系列な訳で。
順番的には一番早いですけど。

※私はこれと似たようなインタビューを他にも見たことがあります。

'80年代中期(後期だったか?)にジグジグ・スパトニックというイギリスのエレポップバンドがいて、
やっぱりインタビューで

「あんた達の曲って全部同じじゃん」

と突っ込まれて

「当然だ。名曲って言うのはみんな同じに聞えるんだ」

と返したという…
私、このインタビュー読んだ時大笑いしました。
それまでジグジグ・スパトニックって

「なにがスペースギターやねん、単に同じリフ繰り返してる薄っぺらいサウンドやん、この一発屋が」

と軽蔑してたけど、逆に見直したね。

(と言いつつも、実際3発ぐらいで終わっちゃったんですけど、このバンド)

3.WoodStockにおけるジミヘンの星条旗よ永遠なれ
あれはですねえ、Wood Stockの映像の中で3本の指に入る名演奏である事は間違いないです。
(1番がSly & The Family Stone、2番がThe Who。後はシャナナやサンタナ辺り見とけばWood Stockは十分です。Ten Years Afterも見て損はないけど、見なくても逆に特に音楽的損失と言う程ではない)

なんで、特にギターサウンドが好きな人は絶対抑えておくべき映像ではあるんですけど、インストだしね。
演っているのはアメリカ国歌だし。
それをあんだけロックにしちゃったってのはとんでもなくすごいことではあるんですけど。

続いて演奏する、Purple Hazeも要するにマリファナの歌な訳で、
“ロック賛歌”
ではない。

そういう訳ですので、上記の3曲は不正解扱いとさせていただきます。
悪しからず。

私にとっての正解は、今夜若しくは明日にでも発表させていただきます。

別に勿体ぶっている訳じゃなくて、単に今日はもう3本も書いていい加減くたびれちゃっただけです。

あと、発表するからには、曲の背景や歌詞の意味をもう一度吟味したいので。

そういう事で、今しばらくお待ち下さいませ。
続きます。
で、日曜日は結局、その上限20枚に収まるべく、必死扱いてライナーノーツと歌詞カードを鬼の形相で読んで5,6枚溜まったら返しに行って、そしてそこで空きが出た分を借りる、と言う作業を繰り返し、TSUTAYA4往復ぐらいしました。
最後に行ったのが夜の10時過ぎで、奥さんから
「こんな夜遅くまで行くわけ?」
と咎められるのも聞く耳持たず、いそいそと出かけてまいりました。

途中、計算が合わなくなって頭ごちゃごちゃになったりしたので、きっと1,2枚ライナーノーツおよび歌詞カードの読み忘れか、もしくはiTunesへの取り込み自体漏れているものがある気がしますが、そこはもう把握しようがないのでなかったことにします。

だから、正確な枚数が実は分からないんですが、私の計算では二日間でCDを39枚借りているはずです。

かつ、土曜日の夜に
・U.S.のiTunesStoreでNeville BrothersのLive at Tipitina's 1982を
(Amazonだとインポートだし、高かった。ちなみにこのライブ、名盤なので必聴です。個人的見解だと、Neville Brothersのライブで一番いい)

・AmazonでKing CrimsonのIslandsとTrence Trent D'arbyのNeither Fish Nor Flesh
(いずれもiTunesStoreでの扱いなし。どうも廃盤状態らしい。ちなみにIslansってCrimsonの歴史の中で最もCrimsonらしくない一枚で、エンディングのタイトル曲なんてそもそもギターが登場しない。Robert Flippほったらかし状態です。それが、EarthBoundでの先生立ち往生状態につながるわけですな。御大渋谷陽一師匠がなぜEarthBoundをあそこまで高評価するのか、私にはさっぱり???です。最後の、音源がカセットテープに変わってからの劣悪な音質のGroonは逆にすげえな、って思いますが)

を買っているので、〆て42枚!我ながらよくやる…

もっとも、iTunesStoreやAmazonは、どっちもギフトカード使っているので、実質出費ゼロですけどね。

3.8/9(月)
午後、多項目検診でバリウムを飲みました。
確か、'02年にやはり多項目検診でバリウムを飲んだ時も、その後水分摂っても下剤飲んでも全然バリウムが排出されずに苦しんで、当時開設していたホームページ(あのころはまだブログってなかったか、あっても一般的ではありませんでした。だから、Adobe GoLive買って来てサイトのデザインからしこしこ作りましたよ、ええ)で「バリウムの呪い」ってタイトルで記事を書いた記憶があるのですが(忘れてた。昨日ぐらいに思い出した)、

今回も検診終わった後に1リットル近く水分がぶ飲みしたし、もらった下剤は速やかに飲んだんですけど、某肛門方面がピクリとも反応しない。

それどころか、なんだか胸焼けがして来て気持ちが悪くなってきてしまいました。
実際に戻しはしませんでしたが、吐き気まで催してくる有様で、夜10時ごろの段階で、こりゃもうダメだと職場の人の携帯宛にギブアップ宣言通知。

4.8/9(火)
予感どおり、気持ち悪くて夜中寝付けず。
かつ、バリウムは一向に出てくる気配なし。
そんな訳で朝5時まで起きてました。

当然、気持ち悪くて起きている訳なので、パソコンに向かったりする気には全くなれません。

布団の中で、

「うへぇ~、気持ち悪いよ~、早くバリウム出して楽になりたいよ~」

と祈るのみ。よっぽど救急外来行こうかとも思いましたが、バリウム出ません、たって苦笑されて終わるのがオチ、と考えヤメ。

って言うか、動きたくなかったし。

で、音楽聴いたりしながら気を紛らわしているうちにいつの間にか寝てしまい、気が付けば9時20分。
前日S.O.S.発信時に、「9時に連絡入れます」と伝えてあったので、慌てて会社に電話。

#あたしの勤務時間って9時半就業だから、9時半でもいいのかもしれないけど、それだとドタキャンみたいでいやなので休むときはいつも9字に連絡入れることにしてます。
その30分の違いが何なんだと言われると、返す言葉ないですけど。

「やっぱダメだわ」
と改めてギブアップ宣言。

その後、こりゃ手をこまねいていても埒が明かない、と近所の内科に行って浣腸をしてもらいました。

そしたらですね、さすがにこれは効きました。
一発で
「ウン?」(※別に韻を踏んでいるわけではありません)
とたちまち便意を。

で、ようやく出るようになって、これでやれやれ一安心、と一瞬胸をなでおろしたのです。

…が、甘かった。

一段落付いたら、午後から出社しようと思っていたんですが、今度は逆に堤防決壊状態。

それまで溜まっていた分、もうダダ漏れです。

止まんない。トイレから離れられません。

そう言う訳で、結局午後から出社も断念し、午後から行こうと思っていたけど今の状態じゃ無理なのでやっぱり休みますと職場に連絡を入れ、
(朝の段階で一日年休にしていたので、別に連絡しなくても良かったのだけど、なんかややこしい案件が発生していないかが気になったので連絡した)
その日は一日家でおとなしくしていることとしました。

…あらやだ、もう12:58じゃないの、全然本題に辿り着かないわ。

続きはまたおやつの時間にでも。

ではまた。

さて、しばらくすっかりブログの更新が滞ってしまいました。

基本的に気分にむらがあって書くときはエンドレスで書くけど、書かない時はひたすら放置、と言うのは予めお断りしていたことですが、図らずもそれが現実のものとなった訳ですな(苦笑)

ただ、それも一応私なりの事情がありましてですね。
そんな話良いから早く本題入れよ、なんて冷たいこと言わずに、私の言い訳聞いて下さいな。

1.8/7(土)
いっぱい音楽聴きたくて、近所のTSUTAYAでCD20枚(=TSUTAYAで借りられる上限ギリギリ)借りました。

#ここのTSUTAYA、ほぼ1年中5枚1,000円と価格破壊やってます。
品揃えも、何故かEL&PやSLYやKINKSが充実していたり、明らかに誰かさんの趣味丸出しの、偏りのある充実振りで私好みだったりします(笑)

「これ、1週間で全部ライナーノーツ(※)と歌詞カードに目が通せるんかいな?」

※解説のことです。洋楽聴かない人は知らないだろうけど、洋楽のCDには必ず解説が付いてきて、これが
一つの付加価値になってます。
洋楽ファンの私なんかに言わせると、邦楽のCDってなんで解説の一つも付けてくんないの?
そのアーティストのこと知りたいのに、出し惜しみしないで情報提供してくれるぐらい良いじゃん、ケチ、です。

と不安を抱えつつ、iTunesにはさくさくと取り込んでいき、当日中にその作業は完了。

2.8/8(日)
前日にCD20枚借りて、しかもその時に受付の姉ちゃんと
「まとめ借りはCD1枚100円の日にやりたいんだけどね~、こないだは都合悪くて来られなかったからさ、でも今日こんだけ借りちゃったから、次はそんなすぐにはやらないでね(苦笑)」
「ええ、まああれはそんなにしょっちゅうはやりませんから、CD20枚で4,000円になります」
と言う会話を交わしたばっかりなのに、朝起きて、朝飯食べながらブログ書いて、食後の一服しつつ携帯の電源入れたら、MY TSUTAYAメールが。

「クーポンにてCD1枚100円、本日限り」

だと。

なにぉ~?

こうしちゃ居られん、これは今日はライナーノーツと歌詞カードを片っ端から読みふけって、終わった端からとっとと返して借りられるだけ借りまくってやる、と決意。

…あ、そろそろ勤務開始の支度をせねば(本日在宅勤務日で、9時就業です)

全然本題に辿り着けてませんが、一旦ここで区切ります。
ネット接続の準備しないとだし、よりによって便意を催してきましたorz

では、続きはお昼休みにでも。
まずは訂正から。
DVDを見返しました。いくつか記憶違いを発見しました。

1.フィールド・オブ・ドリームス
(1)パパh(Daddy)じゃなくて父さん(Dad)でしたね。
よく考えたら、生き別れた時点でレイも大学生にはなっている訳で、それが今さら子供みたいに「パパァ」
っていうのは、ちょっと有り得ん話でした。
なんか、すごい甘えてつい口に出た、って印象が強かったものですから。

(2)カメラはずっとパンしない
途中、映像が一回切り替わりますね。
ずっとワンカットでパンしていくイメージあったのですが、1回途切れます。

(3)音楽それなりに盛り上がる
もちろん、控えめな上質のサウンドではあるものの、クライマックス・シーンに相応しい盛り上がりを見せます。


ただですね、全体の印象は何ら変わることはないです。

「父さん、キャッチボールしたくない?」
「やりたいね」

その会話を最後に、セリフは一切ないのです。

あとは、映像と音楽のみ。
アニーが、二人がキャッチボールをする事で互いのわだかまりが解けるどころか、親子愛と相互理解で結び付き合うようになった事を喜び、
そして野球場の電灯を入れるところ、車が続々と押し寄せるところは映像と音楽のみで全てを表現しきっています。

よって、印象に変化はありません。

って言うか、寧ろセリフ一つ一つに泣けてきて、もうどうしてこの映画っていちいち感動的なの?
出来すぎだろぉが、と文句の一つでも言ってやりたい気分になりました。

「ここは天国かい?」
「アイオワだよ」

とかね。

2
(1)ジャックとジョアンナはバリバリ英語で会話してましたね。

なんか、あの二人って、ジャックは無口でロクに話しないし、ジョアンナはアメリカ人(※)だから英語しか話せないし、二人の会話って英語・フランス語ちゃんぽんだった記憶があったのですが。

※アメリカ人はものすごい語学・地理音痴なので、英語しか話せない人多し
かつ、日本人で東京・大阪の位置が分からない人って居ないけど、アメリカ人はニューヨークとロサンゼルスの位置が分からない無知が多い

(2)最後のセリフは、正しくは、「Go. Go and see, my love」 (行きなさい。行って見て来るのよ、恋人よ)です。

ここは大した差じゃないけど、それまで英語でしゃべりまくっているところが違う。
「私は生身の人間で、そしてここに居るのよ?それなのになんであなたは行っちゃうの?私妊娠してるの、私の言ってること聞えてるの?」ってヒステリックにまくし立てます。

それに対し、ジャックは「聞えてるの!」と切れられたジョアンナに頷くのみで、言葉を返しません。
そして、握手を求め、手綱(って言えば良いんですか?あの潜水機を切り離す綱)をジョアンナに託します。

あれはジャックがジョアンナに対するメッセージなのです。

「今生ではこれが二人の別れになるけど、僕は君を信じている。二人はこれからも共にある。ずっとずっと一緒にいよう」

って。

だから、あんだけ怒りを露わにジャックを非難していたジョアンナも理解するのです。

ああ、この人は海の中で生きていく人なんだ、陸上では生きていけない人なんだ、って。

そして最後は涙をぬぐい、微笑んで、

「お行きなさい」

って送り出すのです。

…いやぁ、なにぶんいずれの映画も、もう多分7,8年は見返していないので、だいぶ記憶が曖昧になっているところがあって、やっぱり記憶より記録、裏を取るときは事実に当たらないとダメですね。

幸いなことに、根本的な解釈に違いが出るような差はなかったので、不幸中の幸いでしたが。

だけどやっぱり、この二つの映画は、そうした癒やしと救済がテーマの、感動の物語なのです。

そうした文脈で、一度見返す(まだ観てない人はこうした予備知識を持って映画を観る)事をお勧めします。

そこには、あなたの予想を超える、遙かに豊潤で癒やしに満ちた世界が広がっていることを請負いますので。
…英字だとタイトルが入りきらないので、仕方なくアーティスト名をカタカナ表記にしました。
出だしから縁起悪いというか、暗雲垂れ込めてるなσ(^_^;)

まあ、気にしない事にして、スタート。

私の痛みを指でかき鳴らして 私の人生を彼の言葉に置き換えて
彼の歌で私を優しく溶かしていく 彼の歌で私を優しく魅了していく
私の人生全てを彼の言葉で伝えながら
私を優しく
メロメロにしていく...

ooooo....

彼は良い歌を唄うって聞いたの
彼にはスタイルがあるって聞いたの
だから私は彼を見に来た そしてしばらく曲を聴いていたの
そしたら そこに居たこの若い男の子と来たら
私の目にはまるで流れ者のこの人と来たら...

私の痛みを指でかき鳴らして 私の人生を彼の言葉に置き換えて
彼の歌で私を優しく溶かしていく 彼の歌で私を優しく魅了していく
私の人生全てを彼の言葉で伝えながら
私を優しく
メロメロにしていく...

私は熱で体が火照るような気がした
お客さん達の前で困惑してしまって
私の手紙が彼に見つかって 一通一通大声で読み上げられているような気がした
早くおしまいにして、って私は祈った
でも彼はずっと歌い続けるの...

私の痛みを指でかき鳴らして 私の人生を彼の言葉に置き換えて
彼の歌で私を優しく溶かしていく 彼の歌で私を優しく魅了していく
私の人生全てを彼の言葉で伝えながら
私を優しく
メロメロにしていく...

彼はまるで私の事を知ってるかのように唄った
私の全ての暗い絶望のただ中で
そしたら彼は私がそこに存在しないかのような素振りで私に向き合った
そしてずっと歌い続けるの
はっきりと 力強い歌声で...

私の痛みを指でかき鳴らして 私の人生を彼の言葉に置き換えて
彼の歌で私を優しく溶かしていく 彼の歌で私を優しく魅了していく
私の人生全てを彼の言葉で伝えながら
私を優しく
メロメロにしていく...

oooooo....la la la la la la.....ooooooooooo...la la laaaaa.la la la laaaaa

私の痛みを指でかき鳴らして 私の人生を彼の言葉に置き換えて
彼の歌で私を優しく溶かしていく 彼の歌で私を優しく魅了していく
私の人生全てを彼の言葉で伝えながら
私を優しく
メロメロにしていく...

彼は私の痛みを指でかき鳴らして
そう、私の人生を彼の言葉に置き換えて
彼の歌で私を優しく溶かしていく 彼の歌で私を優しく魅了していく
私の人生全てを彼の言葉で伝えながら
私を優しく
メロメロにしていく...


今回はですねぇ、正直言って難しかったです。
何が難しかったかって言うと、この歌のキモである

"killing"

をどう日本語で表現したら一番しっくり来るかで散々悩みました。

私としては珍しく、プロの翻訳家はここをどう訳しているんだろう?
とCDの対訳も見ました。

#私は基本、訳詞は見ません。だって好きな曲は大抵歌詞が頭の中に入っているし、
ポップスの歌詞なんてそんな高級な英語は使ってないから、聴けば大抵分かっちゃうので。
もちろん、非英語のセルジュ・ギャンズブール(と言うのが正しいフランス語の発音です)や
エディット・ピアフ、はたまたブラジル(ポルトガル語ですね)のボサノバ系は当然対訳が
必要ですが。

でも、そしたら

「殺している」

だって、そのまんまじゃんかそれじゃorz

中学校の和訳問題じゃないんだから、そんな紋切り型の直訳って、
あなたそれでもプロなの?国田ジンジャーさん
これが、無難を是とする減点主義の日本の学校教育がもたらした弊害というヤツなのか?
いやでもこの人ネットで調べたらハーフでハワイ育ちらしいし…

翻訳という作業は、

「置換」

ではなく

「解釈」

だというのが私の認識です。

自分がその英語をニュアンス含めてどう理解しているか。
そしてそれをどう日本語で表現していくか。
それは、主体的な表現活動なのです。

機械的に右から左へプロトコルコンバートして終わり、では済まないのです
(だから、こんだけA.I.だのなんだのの研究が進んでいるはずの現代でも、機械翻訳は
基本的に滅茶苦茶で、寧ろ原文に直接当たった方がはるかに理解が早いという、
使い物にならないレベルのものしか出てこない)

そうした覚悟と責任のある作業なのです。

表現者と評論家が、本質的には同じ土俵に立っているのと同じ事なのです。

そういう、クリエイティビティが必要な作業なんです。

…でも何か、みんな"killing"を日本語にしたらどうなるのか?って疑問を感じているようで、
教えてgooやYahoo!知恵袋で幾つも類似のQ&A見ました。

みんなテキトーに答えてるよなぁ~

・そのものずばり「殺す」です、って答えてるヤツ居れば
→逆やっちゅーねん、主人公は歌手に心の傷を癒やされてるんだ、ちゅーねん

・日本語でも悩殺、って言うでしょ?と答えているヤツもおり
→その通りなんだけど、Softlyに悩殺?それ日本語として自己矛盾してるよ

・惹かれる、夢中になるって事ですよ、と飛躍してるヤツも居て
→それだと、killが元々持っている、「ダメになっていく」というニュアンスが消えてしまう

そういう訳で、私の対訳も苦し紛れの妥協の産物です。

本当は、トロトロにとろけて行っちゃいそうなぐらい魅惑されちゃって私もうダメ、
腰抜けちゃって使い物にならない、って言うぐらいの事を一言で言いたかったのですが。

どんぴしゃの言葉が見つからなかったので、迷った挙げ句決めきれず、
・溶かす
・魅了する
・メロメロにする
と三段論法(にもなってないね、ナハハ)で逃げる事にしました。

まあでも、見比べると少なくとも国田何とかよりは遙かに原曲のニュアンスを活かした
対訳になってると思いますよ。

で、本来なら、この曲に関する蘊蓄でも語るべき所なんですが、これだけの有名な曲、
それこそネットでも漁れば一発で情報取り出せるんで、敢えてそれはしません。

あくまで個人的な恨み話をします。

と言うのもですね、私この歌昔から好きなんですよ。
で、私は音域が高い方がかなり広いので、ロバータ・フラックやアン・ルイス、
カレン・カーペンター辺りって丁度良いぐらいなんですね。

#逆に、低音域がやや弱いです。だから、U2のWith Or Without Youをやったときは
ぶっちゃけ手こずりました
ばれない程度に誤魔化しましたけど

だから、この曲や六本木心中(年ばれるね、苦笑)、Yesterday Once Moreなんかはカラオケの
十八番なんです。
私の持ち歌なんです。

だけど、学生時代のサークルで、同級生の女の子にこれを歌われちゃった。

自分の持ち物を取り上げられちゃった、と言うわけです。

そりゃあ、女性シンガーの歌ですから、そもそも女性が歌う方が本来の姿、と不平顔一つ
見せず、不満に感じている事をおくびにも出さず快くお譲りしましたけど。

その同級生は、基本歌上手だし、帰国子女ではきはきと明るい性格というのもあって、
華があるボーカリスト向きの子でした。

だ・け・ど、です。

残念な事に、自分がステージでスポットライトを浴びる事に関心はあっても、音楽的向上心は
特にない子だったんですね(カラオケのマイクハナサーズと同レベル、と言えば分かり易いで
しょうか。寧ろこれって死語で分かりにくいでしょうか?)。

だから、本当だったら私の方がこの曲の背景や本質を遙かに深く理解しているし、ニュアンスの
深い深いところまで再現してみせる自信もあったわけです。

ロバータ・フラックとダニー・ハサウェイのデュエットであるYou've Gotta Friend一緒に
やった時も、腹の中では
「そこはそうじゃない!ああもぅいらつく、いっそのこと俺に両方歌わせろ」
って思ってました、白状すると。

もちろん、あたしゃ千手観音じゃあるまいし、喉は一つしかないので、片っぽテープに吹き込んでおく、
とかしないと出来るわきゃないんですけどね。

だけど、ロバータ・フラックやダニー・ハサウェイはニュー・ソウルの時代の人達だから、思想があるんです。
歌にメッセージが込められているんです。

そこを理解して歌わないと、薄っぺらいコピーで終わってしまいます。

ちなみに、さらに余計な話をすると~って言うか俺のブログなんてどうせ好き勝手な無駄話ばっかりだしぃ~
、ボーカル陣の最大の関心事は
「卒業コンサートでトリを務めるのは誰になるのか?」
って事なんですが、私は当初、こう言う場こそ彼女に譲って花持たせてあげないと、と自分からは
彼女を推薦しました。

ただ、ここの経緯をあんまり良く覚えていないんですが、なんか確か3,4人で密室談義(談合?)
やって、やっぱフィナーレはLong And Winding Road(言わなくても分かると思いますが、ビートルズです)
の方がふさわしいでしょ、って結論になって私にお鉢が回ってきました。

そりゃ嬉しかったけど、何か済まないことしたなぁ、と良心がチクチクしたのを覚えています。

その割に、彼女が何唄ったのか全く失念しているわけですが。

#記念ビデオを見返せばすぐ分かるんですけど、そのステージで私号泣しているため、自分で自分が
恥ずかしくて正視に耐えない

まあ、そのLong And Winding Roadは私が曲出ししたのではなく、4年間一緒に活動してきて自分たちの代の
代表務めたドラムのヤツ(ブログで時々出てくる「先生」です)が初めて自分で曲出ししたものなので、
そういう意味でも、自分が最後を歌ったので正解だったのかなぁ、とも思います。
MCでもちゃんとそこに触れて、先生にスポットライト当てましたしね。
こういう所は、MC何チャラと伊達に呼ばれていなかったというか、抜かりはないです。
もちろん、人一倍目立ちたがり屋ではありますが、自分だけ目立てば良いんだ、と言う発想は私にはないです。
「まずは楽曲ありき、曲の良さで観客を唸らせる」
これが私の基本理念でした。

…その割には

「主役は私だ!」

ってステージで叫んだ事あるけど(今思い出しました。あれは確か3年生の初夏にPeter GabrielのRed Rainをやった時のことだった)

それに繰り返すけど、唄う前から泣き出して、一呼吸置いてから開始するものの、間奏部分からまた泣き出して、
歌い終わって感極まって号泣して、楽屋引っ込んでもオイオイ泣いてたから、その声をしっかりマイクに拾われているという…

ある意味全部台無し、他の人達そっちのけで見事にぶち壊してしまいましたとさ。

まあ、それも青春のいい思い出さ、なんてね(^ε^)♪

…見事に本筋からずれまくりましたね

まあとにかく、演奏するときはその曲を深く深く理解してやって下さいって事です、って本当か?
立った今思いついた事だろう>自分

おまけ:わたし的には、softを「優しく」と訳すのも本音では違和感あるんですよね。
「そおっと」の方がベターですね、もう訳しちゃって直すのめんどくさいから直しませんが。

彼はその力強い歌声と軽やかな指さばきで、私の痛みをそうっと溶かして腰砕け状態にしていく

そういう歌です、この曲は。

はい。

おしまひ

22:21追記

この曲って、何遍聴いてもwith HIS songのところがwith THIS songに聞えませんか?
上記の帰国子女の同級生とその話題でひとしきり笑い合ったのを思い出しました。

まあ、根は明るくていい子だし。

また話逸れそうだからこの辺で。
では、解答編です。

答えは以下のとおり。念のため2通り用意しました。

「いずれの作品も、主人公(達)が心の傷を癒やされ、生きる意味を取り戻すハッピー・エンディングである事。」
「いずれの作品も、ハッピー・エンドである事を一切の説明的セリフなしで、映像と音楽で表現し切っている事。」

いずれも丁度50文字です。

(出題者なんだから当たり前と言えば当たり前か)

解説します。

1.フィールド・オブ・ドリームス

これは割と簡単なはず。

(1)「それを作れば、彼はやってくる」
それとは何か?→野球場

彼とは誰か?→死に目に会えなかった亡き父親

(2)「彼の心の傷を癒やせ」
彼とは誰か?→父親。ひいては、ケンカ別れのままで修復する機会がなかった事を心の底で悔やんでいる自分自身。

(3)「徹底的にやれ」
何を?→自分探しの旅。

つまりですね、フィールド・オブ・ドリームスという映画は、
・くたびれてしょぼくれた老人だったはずの亡き父親が、自分よりもはるかに若いマイナーリーグとは言え現役のキャッチャーとして登場し、

・そして

「ねえパパ(原語ではDaddy)、キャッチボールやらない?」

と思わず出た誘いの言葉は

「お父さん、僕と仲直りしようよ」

と言う意味に他ならず、

・快く誘いに応じてくれた父親とキャッチボールをする事で、誰が一番救いを得たのかというと、他ならぬ主人公だった、

と言うのが種明かしです。

そして同じく救いを求める人々が全米から車で押し寄せる、と言うオチ付き。
(多分、ここがやり過ぎで、Rolling Stone誌にて'89年のワースト1位に選出されてしまったのはそれ故と推測されます。私も主観的にはこここそがぼろ泣きできるポイントではありますが、客観的にはこれじゃドリームスじゃなくてファンタジーだよ最早、と言えなくはないかな、と思わないではない。どっちだ)

それを、一切の説明的セリフなしで、映像と音楽(しかも至って控えめな静謐な)表現しきっているところがあの映画の優れたところ。

Rolling Stone誌がどんな最低評価付けようが、あのセリフ一切なしで、二人で無言でキャッチボールするだけでお互いのわだかまりが解けて心が通じ合え、そしてカメラがヘリコプターでパンしていくと、
夕刻(だよね確か。明け方だったか?)の闇の中に連なる車のライトが煌々と光の列をなす…
ってあんな優れた映像表現ってなかなかないよね?って私は信じてます。

続きます。

2.ニュー・シネマ・パラダイス
これは意外とラストシーンの意味が分かってない人が居るんですよね、不思議な事に。
あのラストシーンは、サルバトーレがアルフレッドから託された形見によって、みるみるうちに生命力と映画に対する純粋な愛を取り戻して来ている所なんです。

つまり、
・子供の頃から買い物のお金をかすめ取って映画観に行くほど根っからの映画バカであるトト(サルバトーレの幼名ですな)が、

・大人になって夢が叶い映画産業に携わる事になったは良いものの、

・所詮は儲けが全てのビジネスの世界、有能な敏腕プロデューサーへと立身出世は遂げた一方で、

・映画に対する愛や情熱などすっかり失って、金と物欲にまみれた、愛のない人生を送る日々の中で、

・自分に映画のイロハを全て叩き込んでくれた恩人アルフレッドの訃報を母から伝え聞き、

・30余年ぶりにシチリア島に戻って、肉親や昔なじみの人々、懐かしい風景に触れ(かつ、完全版では恋人との再会も果たしています。あのシーン余計だけど。だから削って正解)、アルフレッドの葬儀にも参加して、

・それでもすり切れた自分の心は何の変化の兆しを見せる事もなくて、何か淋しくなっちゃったなぁ、位の感慨にも至らない、感想程度の気持ちしか抱けなくて、

・アルフレッドの遺族から

「あなたへの形見です」

って映画の切れ端がごちゃ混ぜに詰め込んである箱渡されて、飛行機でとんぼ返りして仕事場の試写室にて

「こりゃ一体なんじゃらほい?」

と試写してみると

・果たしてそれは、昔司祭が検閲をやっていた際にカットしたキスシーンの数々であった!

・それと共に、あの頃アルフレッドと二人で暑くて狭苦しい投影室で過ごした懐かしい日々がまざまざと思い出され、

・それとともに、ただひたすらに、純粋に映画が好きで好きで、三度の飯より大好きで、寝食忘れるとはまさにこのこと、その位無償の愛を惜しみなく注いでいた自分の情熱も瞬時に甦ってきて、

・「そうだよ、映画ってのはこんなに愛とロマンスと楽しさに溢れてるものだったんじゃないか、思い出したよ」「俺もまだやれるじゃないか?」「俺は生き返ったぞ!」とみるみるうちに表情に精気がみなぎってくる

と、こう言うわけです。


それを、一切の説明的セリフなしで~以降、1.に同じのため割愛

Ennio Morriconeって、この映画に限らず良い仕事するよね、全く。
サントラ聴いてるだけで泣けてくるよ、クーッ

3.グラン・ブルー
これはねえ、よく観れば、他の解釈有り得ないはずなんですけど、

「ジャックは死を選んで潜りに行った」

「ジャックとジョアンナは永遠に別れてしまった」

と言う、ラストシーンの表面的な部分に気を取られてミスリードされ、救いのない暗い映画だ、
って思ってる人が少なからず居るようで。

逆です、逆。

ジャックは、自分自身の真実を見出すために、海に潜ったんです。
そして、そこで答えを見つけました。
自分の居場所はやっぱりここにあったんだ、って。

また、堅い決意を持って海に潜ろうとするジャックを見て、ジョアンナは初めてジャックという人の本質を理解するんです。
そして、それを受け入れる覚悟を決めるんです。

だから、"わざわざ"自分の母語で在り、かつジャックが恐らく理解出来ないであろう英語で、

「Go and find my love.(行きなさい、そして私の愛を見つけるのよ)」
って愛のメッセージを託すんです。

あそここそが、初めて二人が心の底から分かり合え、共感し合えた瞬間なんです。
そして言うまでもない事ですが、最後のね。

だからこそ、あのひとときは永遠に続くんです。

物理的な生き物としてのジャックはあれで死んでしまうんでしょうけど、その魂はジョアンナの心の中で滅ぶ事がないんです。

そういう未来永劫続く本質的な結びつきが、二つの魂の間に出来たんです。

なので、あの映画はハッピー・エンドなのです。

だって、永遠の愛が生まれたんですから。
ラブ・ストーリーにとって、永遠の愛以上どんなハッピー・エンディングがあるというのでしょう?
また、ジャック・マイヨールという人物の生き様を描いた映画、と捉えてもやはり、その存在が永遠へと昇華されたのですから、やはりあれはハッピー・エンディングであるという解釈以外生まれないはずなんです。


それを、一切の~以降1.に同じのため割愛

エリック・セラの音楽も、文句の付け所がないくらい神秘的で、かつ変な自己主張をして映画の邪魔をする事が全くない素晴らしい出来映えですね。

また、個人的にはリュック・ベッソンの映画監督としてのピークはここです。後はどうも、持ち前のアメリカ映画的エンタメ志向が前に出すぎていて、逆に今イチ面白味に欠ける。

いや、そうは言ってもナタリー・ポートマンが一番輝いていたのは「レオン」だって未だに頑なに信じてますけど。

さて、皆さんはどう思われたでしょうか。

「お前の主張って突っ込みどころ満載」
「論理展開のここに穴がある」
「私の解釈ではこうだ」

等々、どんな形であれ異論・反論大歓迎です。

何でもそうですけど、芸術作品というのは自分なりの楽しみ方・解釈の仕方が出来ればそれで十分なわけで。
余計な解説に引っ張られて楽しさ半減しちゃったらそれこそ本末転倒ですからね。

「それでは次週を御期待下さい。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ...」

※私は「シベ超」シリーズのマイク・ミズノは笑えて好きだけど(それだって2が限界で後は観てない。
シリーズがどこまで続いたのかさえ知らない)、映画解説者としての水野晴郎は好きじゃないので、
やっぱ締めの挨拶はヨドチョーさん、って事で。

最近の若い人達ってヨドチョー知らないンだっけか?
私個人的には、すごく簡単な問題なんですけど、果たして正解が導き出せる人はどのぐらい居るでしょうか?
以下に挙げる3本の映画の共通点と言えば、果たして何でしょうか?

1.フィールド・オブ・ドリームス

2.ニュー・シネマ・パラダイス

3.グラン・ブルー

もしかすると、3.がちょっと引っかけというか、やや難易度が高いかも知れません。

あの映画、救いがない暗い映画だと誤解している人結構沢山居るみたいだから。

…あ、いけねぇ、半分答え言っちゃったよガーン

これ以上は、ヒ・ミ・ツ・です

解答編をお楽しみに。(誰も楽しんでないか、トホホ)
MacBookAirの環境構築にばかりかまけていて、今日の歌シリーズが順調に(?)滞っております。。。(。>0<。)

現在、BootCampでWindows7 Ultimate SP1入れて、VMWareFusion3入れてMacOSX上でWindows起動できるようにして、Office2010 Professional Plus入れ終わったところです
あとATOK2011とGoogle Ghromeだけど、これは明日で良いや

これからエンドレスのWindowsUpdate無間地獄の始まりです
既に40個とか言われてます
…目眩してきた
これだからWindowsは嫌いなんだよorz

気を取り直して。

さて、今回はTapestryのハイライト・ナンバーの一つである、It's Too Late(心の炎も消え)をお送りします。

早速開始。

朝の間ずっと ベッドに潜り込んで ひたすら時が過ぎゆくのに任せていた
何かが間違っている それは否定しようもない事
私たちのどっちかが変わってしまっているのか
それか 仲直りしようとするのを二人して止めちゃっただけなのかも

そうよ貴方 もう遅すぎるの 今はもう手遅れなの
私達は何とかしようと本当に頑張ってきたけれど
私の中で何かが死んでしまった そして私はそれを隠したり出来ないの
それに誤魔化したりなんか それこそ出来ない相談だわ

ああ、ダメダメ それは出来ないの ダメって言ったらダメなの

かつてはとっても心地よい事だった 貴方とここで一緒に暮らしていく事が
貴方は明るくて清々しかったし
それに私は自分が何をすべきかちゃんと分かっていた
それが今では貴方はとても不幸せに見えるし 私は自分が馬鹿になったような気分だわ

そうよ貴方 もう遅すぎるの 今はもう手遅れなの
私達は何とかしようと本当に頑張ってきたけれど
私の中で何かが死んでしまった そして私はそれを隠したり出来ないの
それに誤魔化したりなんか それこそ出来ない相談だわ

ああ、ダメダメ それは出来ないの ダメって言ったらダメなの

Ru ru ru ru
La la la la la

私にも貴方にも また幸せな時刻(とき)はやってくることでしょう
でも私達はもう一緒には居られないの 貴方だってそう感じているでしょう?
それでも、私は二人が分かち合った事を嬉しく思っているわ
それに私はかつてどれだけ貴方の事を愛したでしょう

そうよ貴方 もう遅すぎるの 今はもう手遅れなの
私達は何とかしようと本当に頑張ってきたけれど
私の中で何かが死んでしまった そして私はそれを隠したり出来ないの
それに誤魔化したりなんか それこそ出来ない相談だわ

ああ、ダメダメ それは出来ないの ダメって言ったらダメなの

貴方 もう遅すぎるの
今はもう手遅れなの
ねえダーリン、遅すぎるのよ

背景説明でも触れたとおり、このIt's Too Late
(邦題「心の炎も消え」:例によって脱線すると、これはなかなかの名訳です。Tapestryの「つづれおり」もしかり。まあこれは単なる直訳なんだけど、つづれおり以外考えられないぐらいニュアンスぴったり)
はI Feel The Earth Move
(邦題「空が落ちてくる」:こっちはやや違和感あり。多分、エンディングで「空は崩れ落ちていく」って繰り返すのでそっちを選択したんでしょうが、私なら原題どおり「足元で大地が揺れている」方を選びます。何故なら、この歌は衝撃的に恋に落ちて、人生の前提が根底から覆されてしまった、という歌だからです)
1971年6月19日から5週連続という長期に渡って全米No.1を獲得してます。
CarpentersのRainy Days & Mondaysはこの曲に阻まれて、トップになり損ねて2位止まりでした。
シングル年間チャートでは第3位で、1位がThree Dog NightのJoy To The World(喜びの世界)、2位がRod StewartのMaggie Maeですから、この年は名曲の当たり年だったわけですな。

#こういう、年間チャートトップ3が揃って歴史的な名曲として生き残って行く年は意外と少ないのです。
例えば69年。
3位のGet Back:The Beatlesは知ってても、1位のAquarius/Let The Sunshine In:The 5th Dementionや2位のIn The Year 2525:Zager & Evansなんて、よほどのチャートマニアでない限り名前さえ知らないはずです。
私だってチャートブック見ながら書き写しているだけで、どっちも聴いた事がありません。

そういう蘊蓄はさておいて。

この曲のポイントは、So Far Awayにて恋人が自分の元を去って行った事を
"Yeah"
と肯定表現していたのとは対照的に、
"no"
と関係が終わってしまった事を否定表現している事です。

もうダメなの、やり直す事なんて無理なの、どう頑張ってみても無駄だわ、私達はどうにも出来ないんだから、って。

ここにですねぇ、一つの恋が終わってしまった事に対する、悔しさと無念さが逆に強調されてにじみ出ているんですな。

こんなはずじゃなかったのに、私達はずっと一緒に、一生二人でやっていけるはずだったのに、どこをどう間違っちゃったのよ、もうどうしようもないじゃない、取り返し付かないじゃない、どうしてくれるのよ、バカ!あんなに愛し合っていたのにどうしてこんな結末になっちゃうのよ!一体何が行けなかったって言うのよぉ…
と言う、悔やんでも悔やみきれない、後ろ髪を引かれまくりの悔恨の思いが。
(さすがにここまで行くと行間読み取りすぎ、、、かも知れませんし、そうでないかも知れません。真意は本人のみぞ知る、です)

この辺の言葉の選び方が、やっぱりソロとしてのキャリアをスタートする前に数々のヒットナンバーを手がけ、うち4曲を全米トップシングルにしているだけの事はあります。

#Little EvaのLoco-MotionとAretha FranklinのNatural Womanとあとなんだっけ?
Will You Love Me TomorrowってNo.1にはなってないんだっけ?
あ、なってますね、The Shirellesで'61/1/30から2週間です。
ちなみに、これは史上初の女性グループによる全米No.1ソングでもあります。
この曲は絶対に取り上げるつもりなので、お楽しみに。

あともう1曲がどうしても思い出せません(汗
知っている方いたら教えて下さいm(_ _)m

さて、つづれおりシリーズですが、次に何を取り上げるかまだ決めていません。
Home Againにも触れたいけど、それやっちゃうと全曲になっちゃうし、また
Otis ReddingのLive in EuropeをMC付きのダイジェストで触れたいし、
それにRoberta FlackのKilling Me Softly With His Songの訳詞にもチャレンジしたいし。

う~ん、書きたい事山ほどです。

ここを読んで下さっている数少ない皆さんに届けたい名曲がありすぎて、執筆が追いつきません。

まあ、焦っても仕方ないので、一つずつ片付けていく事とします。

では今日はもうこんな時間なので、明日また一本書きます。
今の気分だと、OtisかRoberta Flackになりそうです。

ではまたお楽しみに。

お休みなさい。三日月