9/2の日記で触れた、探し猫にゃんこちゃん。

今朝、駅まで歩いていると、ポスターがなくなっていることに気付きました。

一瞬、心ない区の職員(確かに電柱にポスター貼るのは許可が要るけど、ペットいなくなったという一大事にそんなまだるっこしい事してられっか)に撤去されちゃったのかな、とも思いましたが、オカメインコの方は相変わらず貼ってあるので、どうもそういう事ではないようです。

多分、無事見つかったのでしょう。

良かった。。。

ただ、ひょっとすると事故で変わり果てた姿で見つかって…という可能性もなきにあらずで、100%これで安心、と言う訳にはいきません。

かと言ってねぇ、飼い主の家(ここ、自分ちの門の前にでかでかとポスター貼ってあったので、ここがにゃんこちゃんちなのね、って丸分かりなんです)に

「にゃんこちゃん無事見つかったんですか?」

っていきなり訪ねていくのも非常識だしねぇ、しかも朝8時前。

どうせなら、

「にゃんこ見つかりました!」

とか結果もポスターにして貼っておいてくれないかしら、等と思いつつ足早に(ウソ。本当は私は歩くのが遅い。人が10人いたら10人とも私を抜いていきます)駅へと急ぐ私でした。
今年の2月中旬頃から、うちの近所に
「オカメインコ探しています」
というポスターが電柱の至る所に貼ってあります。

ああ、鳥はねぇ、一回逃げちゃうとなかなか戻ってきてはくれないからなぁ、でも戻ってきてくれると良いんだけど…

とかすかな希望を託しつつ早半年。

今朝、新たなパスターが追加されている事に気がつきました。

「この猫探しています」

いなくなったのは8/30。雌の雑種で16歳(!)。名前はにゃんこ。

名前がちょっとそのまんまで笑っちゃうんですが、我が家のべべ子(べべ子って名前も相当間抜けで、この名前に落ち着くまでも色々と紆余曲折あったんですが、長くなるので割愛)も奥さんが一人で飼っていた頃の名前は「ネコちゃん」(※)なので取りあえず置いておくとして。

※さらにその前は、ずばりにゃんこちゃんだったらしい。半分死にかけていたべべ子を元旦那が拾ってきた当初、奥さんは「クロちゃん」(うちの猫はぼろくて黒い雑種です)にしたかったらしいんですが、元旦那が「そんなありきたりの名前ではダメだ。"三浦さん"にしよう」とか意味不明な事を言い出し(私個人的にはこう言うセンス嫌いじゃないんですけど。私が出した候補の一つに「鬼瓦権造」ってのありましたし、笑)、結局これといった名前を付けられずじまいでずるずる来てしまっていたのですね。

16歳まで大切に飼ってきていて、いなくなられたらこれは辛いだろうなぁ、とちょっといたたまれなくなりました。

ペットって、通常人間より先に死んじゃうので、その死に目に会うのもこれはこれで辛いんですけど、でも、前にもどっかで書いたとおり、最期をしっかり看取ってあげるのは飼い主としての務めだと思うんですね。

でも、いなくなられちゃったらそれが出来ない。

そして、飼われていたペットですから(しかもネコで16歳と言えば、人間で言えば80代後半です。後期高齢者どこじゃない)、今さら自活できる能力もないでしょうから、きっとどこかで淋しく死の時を迎えるのをひたすら待っているに違いないのです。
(人間以外の動物は、自分が死ぬ時ジタバタしない。死を悟ってじっと待ちます)
あるいは、もう亡くなっているかも知れません。

長い間、家族同然に一緒に暮らしてきて、最後の時を共有できない辛さ・寂しさ。そして、飼い主としてペットを逃がしてしまったというふがいなさ。

後悔先に立たずと言いますが、これってホントに悔やんでも悔やみきれないんですよね。
大げさでなく、何年も尾を引くんです。

幸い、にゃんこちゃんの場合はいなくなったのが8/30なので、まだ間に合うかも知れません。猫なら、特に高齢猫なら、水分さえ摂れていれば一週間ぐらいは食べなくても何とか持つでしょうし。

無事見つかって欲しいなぁ…

はあ、他人事ながら、辛いです。
一昨日たまたまmixiにアクセスしていて載っていたニュース(ソースはオリコンで、調査主体はカゴメのようです)です。

以下、ピーマン・しいたけ・水菜・オクラ・ニラ…と続きます。


私は子供のころから野菜の好き嫌いがほとんどなく(白菜の煮たやつ~水炊きとか~はダメでした。幼稚園のお弁当で持たされて気分悪くなって帰れなくなったことあり。でも、漬物になっているととたんに好物になる。キムチ然り、一夜漬け然り。また、大人になってから食うと吐き気がするという状態は脱却し、今でも好きではないけどまあ食べられる。なので、未だに克服できない食べ物はスイカのみです)、ピーマンもしいたけも好物だった(今でも当然好きです)ので、どうも納得がいかない。

確かに、ピーマンやしいたけは癖があるし、嫌いな人が多いので、まあそうなんだろうな、とは思います。

だけど、1位がなすって…

なすってそんなに嫌われるような要素ありましたっけ?

これと言った癖があるわけでなし(と思ってるんですが、嫌いな方いたら理由を教えてください)、焼いても浸しても旨いし、それに自分の周りで
「私はなすが嫌いです」
って公言している人に会ったた記憶がないんですけど…

一方、好きな野菜のほうはとうもろこし・じゃがいも・えだまめ・さつまいも・きゅうり・トマト・ブロッコリーと続き、嫌いじゃないけどとうもろこしとかえだまめって食べるの結構めんどくさいよね、とうすうす感じている自分にはこれもまた意外な結果です。

まあ、人の好き嫌いって論理的なものじゃなくて生理的なものだし、特に子供の場合はその傾向がより強いだろうから、理屈で割り切れるものではないんでしょうね。

という分かったような分からないような結論で本稿おしまい。
俺は独り
そうさ、夜と向き合えるか分からない
俺は涙に明け暮れて お前に出来る事は泣き叫ぶ事くらい
お前の愛が欲しい 俺たちの間にある壁をぶち破ろうよ
ややこしくしないでさ 俺はプライド引っ込めるから
もう十分だろ 俺は苦しんださ そして光を見た

ベイビー
お前は俺の天使さ
俺の元に来て助けてくれ、今夜
お前は俺の天使さ
俺の元に来て万事上手く行くようにしてくれ、今夜


実はこの曲、個人的な思い入れ一切ないので訳詞ここまで。

先日、久しぶりにAerosmithが聴きたくなって、近所のTSUTAYAでO, Yeah!: Ultimate Aerosmith Hitsと言うベスト盤を借りて来ました。
(私がAerosmithを聴いていたのは高校生の頃なので、例によってLPレコードしか持ってません。
従って、レコードプレーヤー持っていない身としては、CD借りてくるしか手段がない。
もちろん、買い直すという手段もあるけど、そこまでしてまで聴きたい訳ではなかった)

それで驚いちゃったのが、収録曲の偏り振りです。

このベスト盤、全34曲入っているのですが、70年代の曲は10曲しか収められていないのです。
Draw The Lineからはタイトル曲のみ、Night in the RutsやRock in a Hard Placeに至ってはゼロです。歴史上なかった事にされています。

それは果たしていかがなものか…
ちょっとひどいのでは?

確かに、70年代のAerosmithは酒とドラッグにまみれたいわゆるロックン・ロール・ライフに溺れており、メンバー間の確執や脱退などによって「Toys in The Attic」及び「Rocks」で確立した自分達のサウンドの輝きや勢いをあっさり失い、人気も急落し、その後長い低迷期(と言うより、実質的な解散期)を迎えます。

本国アメリカでは細々ではあっても一応ツアーを行い、それなりの観客動員もあったようですが(と、ロッキングオン誌に小さな記事が出ていたのを読んだかすかな記憶あり)、少なくともここ日本では私がAerosmithを聴いていた80年代中期は完全に

「歴史上の、既に終わったバンド」

扱いでした。
(Wikipediaによると、そもそも70年代のAerosmithはQueenやCheap Trickに比べて人気が劣っていたようですが)

再浮上のきっかけとなった、RUN D.M.C.によるWalk This WayへのSteven Tyler及びJoe Perryのゲスト参加も、PV観てて「こりゃまた懐かしい顔が出てきたもんだね」ぐらいにしか思いませんでした。
(Walk This Wayって結構ラップ向きなんだな、とは思いましたが。
でも、Hip-Hopやレゲエにおいて古い曲を発掘してきて現代風に解釈するのは常套手段なので、その内の一つぐらいにしか考えなかった。
二人の参加はRUN D.M.C.のオリジナルに対するリスペクト表明とは捉えても、これが復活の元になるとまでは予想してませんでした)

なので、Dude(Looks Like A Lady)はそもそもノーマークでだいぶ後になってから聴いた曲だし、Angelがチャート駆け上った時は

「へえ~、最近再結成や復活するバンド多いけど、Aerosmithもその波に乗ったんだねぇ~、とっくに終わったと思ってたけど」
(めんどくさくて具体例を調べてませんが、この時期再結成したり復活したバンドが結構あって、一種のブームだった。但し、その多くが売れ線狙いのベタベタな曲担いでいたため、全く評価に値するものではありませんでした。殊に私はプログレとか聴いて頭でっかちになっていたので、へっ、としか思わなかったのがほとんど。まあ、80年代ってのは色んな意味でネタ切れの時代だったので、こう言う揺り戻し現象も起きたんでしょう、思い付きでしゃべってるのでホントかどうか分かりませんけど)

と内心驚いたのを覚えています。

そして、Aerosmithの本当の黄金期はここからスタートするのであって、その後の活躍振りは皆さんご存じの通り。

復活以降のAerosmithは息の長い活動を続けており、かつシングル・アルバム共にチャートアクションは70年代よりも全然上です。
(70年代のAerosmithのシングルで一番チャートの上位に付けたのがDream Onで6位止まり。
Angelは3位。映画「アルマゲドン」の主題歌I Don't Want To Miss A ThingではめでたくNo.1に輝いています、98年。復活以降のAerosmithはちゃんとフォローしてないので定かでないですが、多分これが彼らの初全米No.1シングル)

また、メンバー達自身がことある毎
「酒とドラッグなんてやっていたって良い事は何もない、(酒とドラッグを断った)今の方がはるかに頭もすっきりしているし創造意欲も旺盛、若い奴らにはあんなモノに手を出すなってアドバイスしたいね」
と語っているように、当人達がなかった事にしたい時代なのかも知れません。

しかし、偏屈と呼ばれるのを承知で言いますが、私にとってのAerosmithの最高潮はRocks~Draw The Lineであって、Angel以降はメンツ同じでも全然別物です。

Back in The Suddleに代表される、下手に手を触れると切れて血が出るような、独特のシャープネスというか、cutting edgeがAngel以降のAerosmithからは(少なくとも私には)感じられません。

ヘルシーで生産的になったのかも知れないけど、その分かつて持っていたワイルドで危険な香りが損なわれてしまった。

数年前、ロック好きの会社の人二人とAerosmithの話題になって、私が

「Aerosmithはハードロックだ」

と言うのに対し、二人が二人とも

「いや、あれはロックン・ロールでしょ」

と意見が対立したのは、今にして思うと念頭に置いていたAerosmithの時代がずれていた(私:70年代、二人:Angel以降)からなんだろうなぁ、と推測されます。

決して商業路線に走ったとか、軟弱になったとは思わないし、実際Love in An ElevatorとかRag Dollみたいなしょーもない歌も唄っているわけで(これはけなしているんじゃなくて誉めてます。ロックバンドがオメコソング歌わなくてどうする?)、単に趣味の問題として片付ける事も出来なくはありません。

でも、それではやはり私の本心が腑に落ちないのです。

ロックやるからには酒と女とドラッグ必要でしょ、等と言い出すつもりは毛頭ありません(そんなこと言われた日にはどれもダメなあたしの立場は?)し、実際酒やドラッグで結局身を持ち崩した、もしくは死に至ったアーティストなんてそれこそ星の数ほどいる訳で、
(まあジミ・ヘンやJanis Joplinには逆の意味で生きていくために不可欠なものだったとは思いますが。ジミ・ヘンは発狂していただろうし、Janis Joplinは幸薄い私生活に耐えかねて自殺してたんじゃないか、って気がします)
そこから脱却して人気も名声も取り戻すどころか上回ったAerosmithを否定する要素はないはずなのですが。

それでもなお、あの危なっかしくてスリリングな、Aerosmithでしか聴けなかったヤバさが復活後の曲からは感じ取れないのが私にはもどかしいというか、物足りない。

ある意味アメリカンロックの王道なのかも知れないけど、なんか大味で凡庸だよね。

…というのが偽らざる印象です。

なお、この話にはオチがあって、私がAngelに肩入れできないのは
「アマアマでベタベタのバラードだから」
と言うのと同時に、
「だってアレ、他人が書いた曲だし」
ってのがあったんですが、今回調べ直したら、作詞・作曲Steven Tyler・Desmond Childなので、それは半分誤解だったようです。
(Desmond Childはアメリカのハードロック方面ではかなり活躍しているソングライター兼プロデューサー。だから、他人と言えば他人だけど、全く畑違いの人という訳ではない)

どうも、Cheap TrickのThe Flameとごっちゃになっていたようです。

あれはあれで、イチャモン付け出すとそれだけで日記が一本書けてしまうので、その話はまた後日。
今日こそは本当に小ネタ。

本日、民主党の代表選挙がありましたね。

#東日本大震災以来、恐い思いをするのが嫌で情報をシャットアウトしている私でもその位は知っている
だって、嫌でも耳に入ってくるし

2時半過ぎ、私の職場でも
「え~、海江田さんじゃなくて野田さんで決定だって~」
とひとしきり大騒ぎでした。

私は3時からの会議準備に追われていて、騒ぎの方向へは視線を向けずに耳だけ傾けて聞いていたんですが、内心

「そうかぁ、野田さんかぁ…ちょっと待てよ、野田さんが代表って事は、このまま行けば総理大臣になる訳だから、日本初の女性首相かぁ…女性の人権が遅れていると言われていた日本もここまで来たかぁ」

等とひとしきり感慨に浸っておりました。

で、帰りの通勤電車。

永田町駅にて電車を乗り換える際に、私は必ず売店のタブロイド紙のポスターを念入りにチェックするんですが

※ニュースソース断っているという割にはこれは止めない。
しかも、あれこそイエロージャーナリズムも良い所と言うか、人の恐怖心煽り立てるような見出しババンと載せているのに、つい見ちゃう。

まあ、あれってただのジョークみたいなもんだし、と言うのが私の理屈なんですが、あんまり説得力ないですね(苦笑)

それ見てたら、なんかどっかで見たようなおっさんの顔が。

あ、これ野田佳彦さんじゃん。。。

そうだよ、野田聖子ちゃんは自民党じゃん!orz

いくら最近ニュースから目を逸らしているとは言え、なんたる浅はかな勘違い(恥)

いやぁ、あの時(野田新代表決定でみんなが騒いでいた時)、口を開かなくてホントに良かった…

要らぬ(いや、ニュース見てないって時点で要るかも知れない、逆に)恥をかかずに済んだよ、トホホ

それにしても、菅さんって結局これといった成果を何も上げられずに終わってしまいましたね。

私は実家が三鷹なので、菅さんの選挙区民なんです、元。
実物を見た事も何度かあります。

それに、
・二世じゃない(どうも地盤・看板・後なんだっけ?かばん?とにかく親の後継いで政治家になる奴は基本信用ならないというのが私のスタンス。寄って立つモノがなくたって自ら政治の道を歩む志とガッツと気合いのある人物が好き。まあ今の日本の政治家にそんなヤツ居ないけど)

・市川房枝さん繋がりの市民運動家出身(クリーンでありゃ良いってもんじゃないけど、なんだかんだで私青臭くて理想主義的な所あるんで。同じ理由からツルネン・マルテイさんを昔から応援してます。私財を投げ打ってでも良い社会作ろう、って気概が感じられるでしょ?)

・民主党結党の中心人物(私とにかく子供の頃からアンチ自民党なんで。。。小学生の頃応援してたのは民社党でした。理由は自分でも良く分かりませんが、社会党と公明党は子供心に信用ならないと思ってました。全然同調している訳でも応援している訳でもないけど、今でも投票したい人がいない時に棄権するのが勿体なくて票を投じるのは共産党です)

と、割と私の好きな要素が幾つもあるので、それなりに肩入れして応援していたんですけどねぇ、いざ総理大臣になったら、もう全然さっぱりでしたね。

って言うか、小泉純一郎さん(わたしゃあの人嫌いですけどね。本人も認めているように、あの人って政策の人じゃなくて政局の人だし。でも、ブレないとか、外野のヤジをモノともしない所は大したもんでした)以来、日本の総理大臣って毎年ころころ変わって誰がやっても全然パッとしなくて、国際社会からの信用も失う一方で、野田さんも多分大して期待できないでしょうし(ってやる前から言っちゃダメか…まあ、頑張って国民の期待に少しでも応えて下さい)、どうなる日本???

…よっしゃ、ホントに小ネタで終わった♪
ええっと、8/20以来ですから、ちょうど丸々1週間空いてしまいました。
何か、バタバタしていたり、体調が不十分だったりで、書きたい事は次から次へと浮かんでくるんですが、実現まで至りませんでした。

今も、
・MacBookAir活用術
・Carol KingのTapestryの続き
・Otis ReddingのLive in Europeの実況中継

と宿題を抱えつつ、かつ

・スマホに乗り換えて悪戦苦闘している話
・QueenのAnother One Bites The Dust辺りの話
・Led ZeppelinとDeep Purpleの対比の話

とアイディアだけは色々あるんですが、とても追いつきそうにないです。

まあ、おいおい片付けていきたいと思います。

では、本日のトピックである、Pink FloydのAnother Brick in The Wall(Part II)の対訳から。

********************

僕たち、お仕着せの教育なんて欲しくないよ
思想統制なんてゴメンだよ

教室に根暗な皮肉を持ち込まないで欲しいよ

先生、子供達をほっといてくれないかな?

ねえ、先生、僕たちに構わないでよ!

結局の所、僕たちみんな、壁の中のレンガ一つに過ぎないんでしょ?
僕たちなんて、幾らでも取り替え可能なワン・オブ・ゼムなんでしょ?

********************

さて、Pink Floydについて語るのは、意外と難しい作業です。
まずはっきりとした事実として言えるのは、プログレッシブ・ロックバンドとして、ダントツで商業的成功を収めたバンドであるという事。

このAnother Brick in The Wall(Part II)は、80/3/22から4週間、ビルボードのNo.1に輝いています。
#奇しくも、この曲の前のNo.1がQueenとして初の全米No.1であるCrazy Little Thing Called Loveだったりします。これも4週連続。
この辺のチャートは、自分が洋楽聴き始めたぐらいの時期なので、どの曲をとっても懐かしいです

私が記憶している限りでは、プログレでシングルが全米No.1になったのは、他にはYesのOwner of a Lonely Heart(84/1/21から2週間)のみです。
しかし、この時期のYesは名前こそYesを名乗っているものの、実質的な主導権を握っていたのは元々Yesともプログレとも縁もゆかりもないTrevor Rabinだし、また解体直前にどう言ういきさつからなのか何故かBugglesから合流したTrevor Hornなので、この曲悪い曲じゃないけど、少なくとも全然“プログレ”ではない。

実際、ポップ路線に嫌気がさしたJohn Andersonが主導して結成したAnderson Bruford Wakeman Howeにおいて、「我らこそが本流Yesなり」と、自分達のライブツアーを"An Evening Of Yes Music"と名付けたりしています。
まあ、この辺どっちもどっちというか、わたしゃ実はFragileやClose To The Edge辺りの黄金期でさえ、
「あれって真の意味のprogressiveではないよね」
と思っていたりするんですが。
(好き嫌いとはまた別の問題。Yesの音楽自体はかなり好きです。一般的には評価今イチのRelayerだって好き。Going For The One以降はダメ。ABWHはJohn Anderson色強すぎてどうなの?と言うのはあるけど、Brother of MineやOrder of The Universe辺りの独特な大仰さが、マヌケで笑えるなぁと思う一方、やっぱYesはこれだよね、とも思います)

また脱線してますな、ええ~、Another Brick in The Wallですが、年間チャートでは5位です。
さらに、The Wallと言うアルバム自体、15週連続トップ独占という大ヒットアルバムになっています。
セールスは3,000万万以上と言われています。

かつ、Pink Floydを語る上で外せない、「狂気(The Dark Side of The Moon)」のものすごいロングセラー振り。
1位にこそ1週間しか君臨しなかったものの(それだって凄い事なんですが)、なんと、570週間連続でLPチャートに留まるという前人未踏振りです。
単純計算で11年以上留まっていたって、熱しやすく冷めやすい日本の音楽チャートからは有り得ないアクションです。トータルセールスは4,000万枚とも5,000万枚とも言われています。

※2位が実はCarol KingのTapestryで302週ですから、その差の凄さが分かるかと思います。

う~ん、ちょっと煮詰まってきたというか疲れてきた…

続きはまた明日以降に書ければ書きます。(書けないかも知れない)

取りあえず、一通りの曲とPink Floydと言うバンドの商業的成績の紹介が一通り終わった、と言う所で一旦区切ります。

ではまた。
テーマ、普通のブログにすべきか悩んだんですが、途中で結構マイクロソフトの悪口書いているのでPC&ネットワークにしました。でもメインテーマはいつも通り単なる自分の話です(しかも老い)

今日こそ小ネタのはず、です(しかし私のことなのでどうなる事やら)

格好良くテキトーな横文字にしてみましたが、要は老眼のことです。

最近、とみにメガネの調子が悪いです。

私は元々親指族のなり損ねで、ブラインドタッチが出来ないし、ケータイメールは正直苦手なんですね。

焦れば焦る程タイプミス多発して、余計に入力効率が低下するんです。

それに加えて、2,3ヶ月前ぐらいから画面の文字やテンキーがよく見えなくて、入力ミスしまくってて、メール書いている最中に会社や家に着いちゃって、慌てて話を途中で打ち切って無理やり送信、なんてこともしばしばあります。

まあ、ケータイのメールぐらいだったらどうせプライベートな、どうでもいいような世間話なので、少しぐらい誤変換があったってどうと言うこともないんですけど、深刻なのは仕事中です。

もうメールの文字が見づらくって。

元々視力は悪い(※)ので、Outlookの設定(初期値は10ポイントです)を12ポイントにしているんですね、10年ぐらい昔から。

※私は円錐角膜という角膜の病気に高2の終わり頃から罹って、それまで視力は良かった(左1.0、右1.2ぐらい。逆だったかも)のに、それから誇張なく雨後の竹の子式に日に日に視力が悪化していき、高3の夏休み入るぐらいに裸眼視力0.1切りました。
なので、視力の悪化に耐えきれずに
「もう限界、受験止めた」
と夏を制するものは受験を制する夏休みに一回受験勉強を放棄しています。

あ、この話確かどっかでしましたね。

ともかく、入試の頃は矯正視力が(裸眼視力じゃないですよ、矯正視力です)0.03とかでした。

問題冊子に顔近づけないと文字が読めないので、

「これって果たしてカンニングしてると疑われないのだろうか?」

と若干不安を抱えつつ試験受けたのを覚えています。

(おまけに、私は当時時計を持っていなかったので、K大およびW大受験時は、たまたま隣が同じ男子だったので時計を真ん中に置いてもらって、目が悪いので時々それを覗き込むように見ていたので、見方によっては挙動不審だった。R大とA学大は両隣女子だったし、別に時計なんかなくてもこんな問題すぐ解けるわ、と思ってたので時計なしで済ませた。実際、半分ぐらい時間余らしてあと寝てたはず。)

それでも4校受けた大学は全部余裕のよっちゃん(これ絶対死語)で合格し、大学1年の6月下旬に角膜移植の手術受けてます。

角膜って血液通ってないので、拒絶反応とか基本的にないはずなんですけど、どう言う訳か私の場合は疲れたりするとすぐ角膜濁っちゃって、落ち着くまで2年ぐらい掛かりました。

大学3年の時にようやくメガネが作れるようになって、一気に視界が開けた!と清々しい気分で満たされたものです。

#ハードコンタクトが作れるようになったのはさらに2年後、社会人になってからです
手術してからメガネ作れるようになるまでの2年間って、基本めくら(これ、放送禁止用語なの知ってるけど、自分で自分のこと言うんだから別に問題ないでしょ?)状態で、雨の日の階段とかホント恐くて、手すり捕まりながらじゃないと危なくて上り下りできませんでした。夜道も何も見えなくてマジ恐かったっす

逆に言うと、大学時代の最初の2年って、ホント暗黒でしたね。
特に2年生の時は、他の学部の友人達まだH吉なのに文学部の自分達だけM田で、かつ文学部の男って(自分もそうだけど)ろくなヤツ居ないから全然学校出てきやしないし。

で、文学部の男子なら知ってると思いますが、女子って自分達が多数派の時って、男子は存在しないものとして扱うんですよ。完全無視。

10数年後、うちの奥さんと出会った頃にその話を笑い話としてしたら、それは他の女子から尻軽女と白い目で見られて仲間はずれにならないために、わざとそうしてるんだって説明を受けて、なるほどね、とは思いましたが。

あたしゃあの頃ラルフ・エリソン(と言うアメリカの黒人作家)の『見えない人間』にでもなった気持ちでしたよ。

そのくせ、3年になってゼミ始まったら、ちゃっかり

「やっぱりゼミ代は男の子で」

とか調子良いこと言って押しつけるし。

それでしょうがないから引き受けて、翌週の演習で使う資料集めて人数分コピーして、事前に渡すために電話していついつ取りに学校来てくれ、と連絡すれば

「その日は用事があるので都合が悪い」

とか平気で言っちゃってくれるし。

はあ?ですわ。

用事があるって、ゼミ入ってる大学生にとってゼミの演習およびその準備以上の優先事項がどこにあるんじゃこのドブス、とは口が裂けても言いませんでしたけど。
腹の中ではしっかり口汚く罵ってましたよ、ええ。(実際ブスだったし。まあ余計なお世話だけど)

サークルの先輩達はゼミで忙しいので、相手してもらうのも悪いし。
(今は知らないけど、私の出身大学は、世間のイメージと違ってまともなゼミは学生をきっちり絞ります。出席も厳しいです。なので、勉強時間がそれなりに必要となります)

そんな訳で、2年生の時は学校行っても話し相手がいなくてホントつまらなかったです。

ええっと、何の話でしたっけ?

あ、そうそう、文字見づらい話でした。

で、読む方だけじゃなくて、書く方も最近誤入力・誤変換が急増しているんですね。
私は元々、コンピュータのキーボードは若手の頃に大型コンピュータの操作で慣れているため、ブラインドタッチはお手の物どころか、画面見なくても、何か他の資料見ながら文字入力出来ちゃう。
(マニュアル見ながらコマンド入力、とかしょっちゅうやっていたので)
で、それでタイプミスすると、やっぱり画面見ないまま自分でそれに気がついて、デリートして再入力が出来ちゃう。

その位本当はキーボード入力が得意なはずなんですけど、だけどやっぱり日本語変換は実際に画面見てどんな変換されているか目視確認しないとどうしても誤変換が発生します。
これが最近やたらと多い。

特に酷いのが、在宅勤務時です。

と言うのも、私は普段ジャストシステムのATOKを日本語入力システムとして使っています。
これ、同時利用しないという条件の下に、複数台のパソコンにインストールして利用できるんです。
だから、会社と家のパソコン両方に1本のライセンスでインストール出来るんですね。

しかし、在宅勤務時に使うパソコンって、これ素人さん向けに分かり易い言葉で説明するの難しいんですけど、専門用語で言うとシンクライアントなんですね。

仮想的なパソコンの環境にログインして、それを使う訳です。
(これでも多くの人は意味分かんないでしょうけど、まああんまり気にしないで下さい)

でですねえ、このシンクライアント環境、自分勝手にソフトをインストールすることが出来ないんですね。
尤も、セキュリティポリシー的に、ソフト勝手にインストール許すなんてウィルス感染や情報漏洩の元だから有り得ない訳で、当然なんですけど。

でも私、ダメ元で一回交渉したんですよ。

その辺に転がっている得体の知れないフリーウェアやシェアウェアと違って、ATOKは日本が誇る数少ない優秀なソフトであり、定評も信頼もある。
ジャストシステムという株式会社が製造している、氏素性もはっきりした安心・安全なソフトである。
かつ、日本語変換システムという性格上、純然たる業務ソフトであり、悪用しようがない。
また、日本語変換効率は業務効率に直結するので、シンクライアント環境でATOKの利用を認めて貰えないか?
って。

結果は、

「ATOKだけインストールを許可するという制御を実現するのが技術的に困難なため不可」

でした。

まあ、うちの社内システム部ってやる気ないし、どうせネガティブベースでしか回答寄こさないだろうと端から期待していなかったので、やっぱりね、って感じでしたが。

で、そうなると、元から用意されているMS-IMEを使うしか選択肢がない、と。

ATOKユーザーならみんな知ってると思いますけど、MS-IMEってATOK使い慣れている人間からすると

「あんたってなんでそんなにこっちの想像を超えた不自然な変換をする訳?そんな日本語どこにあるの?って言うかそれ、さっき変換したばっかりじゃん」

と死ぬ程苦痛を感じる、マイクロソフトの数あるソフトウェアの中でも3本の指に入る出来損ないのソフトなんですね。

これ、元々余所の会社が作っていたのを買収して(マイクロソフトはこの手をよく使う。MS-DOS(これ自体死滅したソフトだからみんな知らないか。。。マイクロソフトが一躍有力ソフトメーカーになるきっかけを作った、パソコン用の基本ソフトです。MS-DOSがなかったら、Windowsも存在し得ませんでした。
今でも「コマンドプロンプト」と言う名前で名残あり)だって余所の製品買ってきたものだし、あと有名な所ではPower PointやVisio、SQL Serverなんかもそう。
で、WindowsはMacの出来の悪い物真似、と。苦笑)、その当時はそんなに酷い変換ミスをするソフトって印象なかったんですけど、余所から買ってきたソフト台無しにするのはある意味マイクロソフトのお家芸なので、あっという間に

「お前絶対悪意込めて故意にやっているだろう」

としか思えない、挙動不審で不可解な日本語変換システムになっちゃった、と。

私は本当に昔からこのMS-IMEが大嫌いで、'03年に某重要プロジェクトの支援で約半年横浜方面に常駐で行った際も、配布されたノートPCにプリインストールされていた(だか、Office入れたら一緒に入ってきたんだか忘れましたが)MS-IMEに一週間で耐えかねて、手伝いで来てるのに勝手にこう言うことしちゃ拙いんだがと知りつつ自分のATOK持ってきてさっさと入れて、はい、めでたしめでたし。
もちろん、そこの管理者には内緒を貫き通しましたが(爆)

でもって、どんだけバージョンアップを重ねて機能改善繰り返しても、肝心の変換エンジンは一向に改良される気配を見せない、と。

あのナチュラル・インプットとか言うアンナチュラルこの上ない理解不能の変換方式はさすがに最近なくなったようですが。

そう言えば、Officeのイルカのカイル君や冴子先生も消えたみたいですね。
あの馬鹿イルカ、ホント邪魔くさくて忌々しかったですからね。

冴子先生は実は一部でコアなファンが存在したらしいですが。

え~、また何の話か忘れちゃった、そうだ、MS-IMEの悪口言ってたんだ。
ともかく、ATOKとMS-IMEの変換効率の差って、一向に埋まらないどころか差が開いていく一方です。
私からすると、世の中の殆どのWindowsユーザーはきっとMS-IMEのまま使ってるはずなのに、

「Windowsってどうしてこんなに日本語入力がしづらいの!」

って不買運動が広がらないのかが不思議で仕方ないんですが。

このMS-IMEのおかげで、在宅勤務している時って本当にメール(に限らず諸々の文章)書くのが苦痛で。

どれだけ注意を払って書いているつもりでも、

「まさかそこで誤変換している訳はないだろう」

と言う所で平気で有り得ない日本語になっていたりするので、結果として間違えた日本語の文章をメールしてしまったりする訳です。

…実はここまでは全部前振りです。
ようやく本題。

そんな訳で、これちょっとメガネ変えた方が良いかなぁ、と思い始めた訳です。
先日(8/8。バリウム飲んで散々苦しんだあの日です)の健康診断でも、矯正視力が0.3だったし、やっぱり0.5ぐらいないと、パソコンの画面見るのも一苦労だしなぁ、大体、CD借りてきても解説とか歌詞カードとかミジンコみたいな字で全然読めないし、と。

とは言うものの、実は私のメガネは元々円錐角膜を角膜移植した目に対して無理やり補正掛けているので、結構限界ギリギリなんですね。

今掛けているメガネを作った時も確か、これ以上メガネでは視力出せません、って宣言されていたはずだし…

と悩みつつも、まあでも、ちょっと今の状況を放置しておくのも、確実に業務効率落ちているので、手をこまねいている訳にも行くまい?と、今のメガネを作った所に今日相談に行ってきました。

結果。

遠回しに老眼ですと宣告されてしまいましたorz

#なんかややこしい専門用語でしばらくごにょごにょ説明されていたんですが、何言ってるのか全然意味が分かんないので

「要するに、君が言いたい事を平たく言うと、老眼と言う事なのか?」

とこっちから問い詰めたら(いや、別に問い詰めてはいないな、訊いただけ)、まあそういう事です、と認めました。

あのさぁ…客にそんな事言わすな~

はあ~、歳は取りたくないです(涙)

裸眼視力0.01未満なのに老眼って、二重苦なんですけど…

ただ、幸いな事に、コンタクト(ただしハードのみ)だと調子よければ1.0まで出るんですね。
こっちの方は、見え辛くなってきてるという感じがないのが救いです。

とは言え、これもやはり円錐角膜という病気の性格上、角膜が傷つきやすくなっているので、一日置きぐらいの間隔空けないと装着できないんですね。かつ、長時間は不可。
調子悪いと2時間ぐらいで痛くて我慢できなくなってしまいます。充血しちゃって真っ赤になってる事が良くあります。

なので、基本はメガネに頼らざるを得ない。

別に悩む要素って特になくて、とっとと老眼鏡作りゃいいんですけど、

(遠近両用という手もありますが、ああゆうどっちつかずのものは私は性に合わない。
そもそも、東京で生活していて遠くが見えなくて困る、と言う事は滅多にない。
少なくとも私はここ数年記憶にないです)

ちょっと今日は

「自分ももう老眼」

という残酷な現実に対する精神的衝撃がでかすぎて、事実をにわかに受け入れる事が出来ずに結論が出せませんでした。

これを読んでいる若い皆さんに予めご忠告しておきますが、

「厄年」

ってありますわね。

あれ、厄年終わったら厄終わりと思ったら大きな間違いですから。

逆なんです。

厄が日常になるんです。

なので、若いうちって体力あるのでつい健康を疎かにしがちですけど、栄養のバランスや運動・睡眠や生活のリズムといったものには今の内から十分に注意を払って、加齢による老化を一日でも遅くするべく精進して下さいね。

若さって、絶対に永遠では有り得ないんです、残念ながら。

年取ってから嘆いても、それこそ後悔先に立たずなので、ホント今の内から気をつけていた方が良いですよ。

結局普段と大して変わらない冗長な文章にて失礼致しました。
一応、IT企業人と言うこともありますし、新し物好きと言うこともあってか、FaceBookもTwitterもアカウント持ってます。

だけど、それぞれならではの使い方と言うものがじぇんじぇん分からない。
Twitterは、白状すると今ひそかに追っかけやってるとある女性ストリートミュージシャンがいるので、そのつぶやきは読んでますが、たかだか140文字のつぶやき読んだって

「とりあえず状況は分かったけど、それであたしは一体どう返信したらいいのよ?」

ぐらいの感想しか湧かないのが正直な所です。

※ブログぐらいまとまっている内容なら、コメント出来るし、実際追っかけ始めてから毎日欠かさず日記にコメントしてます

Twitterは、他に
・勝間和代
・チュートリアルの徳田
・南海キャンディーズの山ちゃん
をフォローしてますが、そもそも読む気になれない。

これと言った起承転結のない、よそ様の独り言をいちいち読むほど暇人じゃない。
第一勝間和代は自己宣伝が多すぎる。
あたしゃ別にあなたにそこまで関心ないです

じゃあ、自分で何かツィートするかと言うと、しない。
長話&脱線好きの私に、くどいようだけど、140文字で一体何が言えるというのか?

あ~腹減った、まだ11時か、ぐらいのことは言えますけど、それって人が読んで楽しいの?

あれ、ホントただの独り言の垂れ流しメディアでしかないように思われるんですが…

でもって、もっとひどいのがFaceBookです。
そもそもmixiとの違いがいまだに全く分からない。

で、私はmixiは一時期結構まじめにやっていて、コミュニティーも結構参加したし(音楽や映画、Mac、MLBやNFLなど趣味関係に留めておけばよかったんですが、メンタルヘルス系に手を出したのが後から考えると良くなかった)、マイミクも40人ぐらいまで増やしました。

で、マイミクの日記にこまめにコメントしたりしてました。

だけど、前述どおりメンタルヘルス系のマイミク作っちゃったりしたもんだから、誰それがリストカットしただの、オーバードーズしただのいちいち心臓が縮み上がるような話が多くて、それで嫌気が差して以降mixiは基本放置です。
誰かからメッセージ来たらメールで通知する設定もオフにしてあるため、東日本大震災後、現在旦那さん(オーストラリア語学留学時代に知り合ったドイツ人)とドイツに滞在している大学のサークル時代の後輩(余計なお世話だけど×イチ。結構波乱万丈の人生送ってます。ただしSecredHeart女子大卒に似つかわしくない尋常でない生命力の持ち主なので、この子の人生について心配したことは一度もない。昔、我が愛する加藤ローサちゃんがすっぽこ(ただし別観点から見るとある意味名作)ドラマ「女帝」で「火の国の女なめたらいかんばい!」と言う名(迷?)ゼリフをびしっと決めてましたが、そんな感じ。熊本出身の女性ってのはみんなたくましいんでしょうか?)から

「大丈夫ですか?皆さんが無事か心配してます」

メッセージも来てるの気が付いたのが4月入ってからです。

で、慌てて返事書いて、それのレスもさらに1ヶ月以上経ってから気が付いているという…

まあ、私の言い分としては、こっちのメールアドレス知ってんだから、急ぎの時はそっちに連絡寄越してよ、って事なんですが。

ただ、どういうわけか3月末に5年間の予定で中国に駐在に行った姉が向こうでmixi始めて(多分、最初のうちすることなくて暇だったから、エネルギー有り余ってる姉からしたら何か日記でも書きたかったんでしょうが、なぜ今頃mixi?と言うのが根本的に私には理解できません。
かと言って、いちいち理由を聞くのも面倒なので真意は謎に包まれたままです。多分、FaceBookは存在自体知らないんでしょう。
ちなみにこの姉、典型的な熱しやすく冷めやすいタイプだし、およそ内省的な資質が欠如している人のため(悪口ではありません。バイタリティーとコミュニケーション能力は私の100万倍あります。って言うか、私の分まで持って行って産まれちゃったって感じ?さらに脱線すると、この人殺すのは簡単で、2~3日何もすることを与えないで家に閉じ込めておけば確実に死にます。そのぐらい活力の塊)、どうせ2ヶ月もすれば飽きるだろうと思っていたら、案の定最初のうちは1日に3本も力作載せてたのに、ちょうど2ヶ月でぱったり更新が止まりました。ある日を境に見事に止まったので、笑いました)、これだって向こう私のメールアドレス知ってるはずなのに何か用事があるとわざわざmixi使うので、仕方ないので最近は1週間に1,2回mixiにメッセージ来てないか確認するようにしてます。

だもんで、FaceBookも興味本位でアカウントだけ作ってほったらかしです。

やはり大学のサークルの同級生で、家庭の事情で中退して田舎帰っちゃったT田君が私を発見してくれてメッセージくれたのも、1ヶ月以上放置でした。

もっとひどいのは、高校生時代に初々しくて淡いお付き合いをしたH松K子(これ、伏字になっているのかなぁ?数的には二人目ですが、一人目はいわば遊ばれて捨てられたので実質的な初めての彼女です。つっても手も握ってません。初心なシャイボーイだったんです…)さんが私を発見してくれてメッセージくれたのは2ヶ月放置プレイです。

で、これはさすがにかなり嬉しかったので、張り切って返事書いたら例によって大河ドラマ並みの大作になってしまい(だって色んな思い出が走馬灯のように駆け巡ったんだもん、振り返らずにはおられまい‽)、逆にげんなりされたのか、その後一切レスがありません。

でもってFaceBookって自分の友達の誰が誰かと友達になったとか分かるようになってるじゃないですか。
で、そのH松さん、最近嵐の二宮和也君とお友達になったらしく(いちいち見てないから知りませんけど、あれ本人なんですかね?事務所の誰かが代筆してる、ってオチはないんですかね?)、あ~あ、いい年扱いて何やってんだか、って感じです(高校のときの同学年ですから、今年40ウン歳のいい年こいたおばちゃんでっせ、元スッチーとは言え。JALだかANAだかどっちか忘れましたけど)

何が言いたいのか自分でも分からなくなってきましたが、要するにFaceBookならではの楽しみって何なの?って事です。
誰かと友達になったり、メッセージのやり取りするのはmixiと変わらんですわね。
それ以外の付加価値がさっぱり分かりません。
なので、mixiとFaceBook両方使わなきゃいけないのが煩わしくて仕方ないんです。

「いいね!」

って何なんですか?

自分が投稿した日記とかに

「いいね!」

って言われると何かいい事あるんですか?

いや、別に純粋に嬉しい、ぐらいでもいいんですけど。

私も一時期体壊して病気休暇とって家で静養していた時代、教えてgooはちょっと高度で付いていけなかった(私の見たところ、Q&Aサイトで一番質問も回答もレベル高いのは教えてgooです。Windows関連ならMicrosoftAnswers、アップル関連ならApple Discussion Boardありますけど、総合サイトとして、と言う話)けど、Yahoo!知恵袋やモバゲーの質問広場で英語の質問に答えまくっていた時期がありますから。

あれ、BA(ベストアンサーのことです)選ばれてポイント溜まってもまったく換金性ないんで。
完全に自己満足の世界です。
なのに、一日中必死扱いて質問答えて、モバゲーの質問広場は回答者が高飛車な人多いんで、宿題丸投げにも親切に答えてあげていた私は月間トップになったことが一度だけあります。

(英語なんて、みんながみんな将来必要になるわけでなし、学校自体勉強のためだけに行くわけじゃないでしょ?友達と楽しく過ごすほうが100倍重要だわ、そう言う人達は宿題やテストなんてばれない程度にカンニングすれば宜しい、と言うのが私の基本スタンスです。なのにモバゲーって偉そうに宿題は自分でやれ、みたいな講釈垂れるやつが多くて感じ悪かった)

多分、普段上から目線で偉そうに説教とかして悦に入っていた他の常連回答者からは相当煙たい存在だったはずです。
そんなモバゲーも、Yahoo!モバゲーになってから質問広場の機能がパソコンから使えなくなってしまい、ケータイオンリーになっちゃったのでそれ以来放置ですわ。
(ただでさえケータイの文字入力苦手な自分が、英文をチコチコ入力するなんて考えただけでも吐き気がします)
モバゲーは個人情報一切明かしちゃいけないし、未成年とはメッセージのやり取り自体禁止なので、そこが逆に程よい距離感を持って接することが出来たので、mixiで懲りてた自分には心地よかったんですけどね。
RADWIMPS教えてもらったのは京都在住の当時中2の女の子と、茨城在住の当時高1の男の子です。
男の子の方は、SFジャイアンツのリンスカム繋がりでもありました。
二人とも元気にしているんだろうか?

そういう訳で、自分から友達検索するのもめんどくさいので、やっぱりFaceBookはこれからも基本放置と言うスタンスが続きそうです。

いや、実はこんな面白い使い道がある、と言うのをご存知でしたらどなたか教えてください。

…それで急に思い出したんですけど、セカンド・ライフって今どうなってるんですか?

あれも興味本位で登録だけしたものの、使い方と言うか歩き方がさっぱり分からなくて、ほったらかしです。
確か、なにするにもリンデン・ドルとか言う仮想通貨が必要で、どこの馬の骨とも分からないこんな仮想空間に誰が金払うか、けっ、って思って一気にやる気レスモードになったんですよね。

最近全く話を聞かないので、つぶれた?
今日は小ネタです。

最近、路上喫煙とか、色々規制が厳しくなってきていますよね。
私もタバコを吸う身なので(1日4本とかなので、少ないですけど、でも吸う。特に食後の一服はこの上なく旨いので、多分死んでも止められない)、正直肩身の狭い思いをしています。

値段もどんどん上がってますし。私が吸い始めた頃は、一箱200円とかだったので、倍以上になっている訳です。
でもって、また来年増税するとかしないとか言ってるでしょ?
どんだけ俺ら喫煙者から税金巻き上げれば気が済むんだ?とぶっちゃけ思います。

こんだけ余計に税金払っているのに、喫煙者に対する世間の目は厳しくなっていく一方です。
喫煙所もどんどん減らされてきてますしね。

でもそれは、時代の趨勢であると共に、私達スモーカーが自分で自分の首を絞めた結果でもあるのです。

例えば

1.歩きタバコ。
私も独身時代、夜五反田辺りで晩飯喰って、駅までの帰りビックル(って覚えてます?サントリーが出していた乳酸菌ドリンクです。どう言う訳かこれの甘酸っぱさが私は異様に好きでした)かデカビタC(これは今でも売ってますね)飲みつつ歩きながら一服、と言うことをやっていたので、歩きタバコの旨さ・爽快感は知っています。

#また例の如く脱線すると、私は当時の勤務先から自宅の最寄り駅まで、高輪台(プリンスホテルがあるぐらいで飯喰うところがない)以外の全駅途中下車して飯喰うところを確保してました。
それと共に、ビックルやデカビタCを100円で売ってる安売り自販機の場所も全て頭に入ってました。
だからなんだと言われると、何でもありません(爆)

珍しく短い脱線終わって話を元に戻すと、でもねぇ、やっぱり歩きタバコはやっちゃ行けないんです。
あれ、吸ってる本人は気がつかないけど、副流煙が後ろにもろに行くので、後ろ歩いている人からすると煙たくてしょうがない。特にノンスモーカーの人だと、あのたばこ臭さって耐えがたい物があるんですね。

さらに、灰も飛びます。そして、その灰に火が付いたままの時もある。
もし、後ろを小さな子供が歩いているとしたらどうでしょうか。

危ないですよね、火傷をする危険性があります。

だから、路上喫煙が取り締まられてしまうのです。

ですから、歩きタバコは厳に慎むこととしましょう。

2.食事中の喫煙。
食前・食中のタバコは、そもそも飯が不味くなるのでお勧め出来ません。
かつ、食中のタバコは、テーブルの上に並べられているせっかくの食事を煙で汚染することになります。
我々スモーカーはタバコで舌をやられているのであまり気がつきませんが、非喫煙者からするとこれは非常に気になります。
なので、食事中の喫煙は周りの人のためにも我慢しましょう。

食後のデザート+コーヒー&一服も、これって最高に旨いんですけど、自分の席の周りにもちゃんと配慮して、周りが非喫煙者で、食事中の場合は控えましょう。

吸いたければ、最初から喫煙OKの個室にするとか、喫煙コーナーがある店ならそこに行くとか、あるいはその店では我慢して喫茶店の喫煙コーナーに行くとか、工夫をして吸うようにして下さい。

3.喫煙所での吸い殻などの処理方法。
吸い殻入れには、吸い殻以外は絶対に捨てては行けません。
あれはあくまで吸い殻入れであって、ごみ箱ではないのです。
そこにタバコの空き箱やガムなどを捨てているとどう言うことになるか?

「ここに喫煙所を設けておくと散らかされるからこの喫煙所廃止」

という羽目に陥るのです。
それで結果として損をするのは、他でもないスモーカーである我々です。

また、吸い殻入れから離れた場所で吸ったり、吸い殻をその辺にポイ捨てするのも同様。

「あいつら(我々スモーカーのこと)、せっかく喫煙所も受けてやったのにマナーを守ってくれないから廃止」

という判断が下されます。

少しぐらい煙たかろうが、多少混んでいようが、「タバコ吸うならここで」と指定されているなら
ちゃんと指定された場所で吸いましょう。

でないと、本当にその内吸える場所がなくなります。

もうね、我々スモーカーは

「このご時世に未だにタバコにしがみついている時代錯誤でマナーのなっていないしょうもない奴ら」

という色目で見られているのですよ。

喫煙が法律で禁止になるのはまだ先の話でしょうが(そんなことしたら貴重な税源がなくなって国が困るから)、だけど趨勢として、「タバコはこれ以上吸わせるな、もっと規制を厳しくしろ・それでもまだ吸いたがる奴らからはどんどん税金を吸い上げろ」ってなっている訳。

日本はこれでもまだマシな方で、私がイタリア一人旅した(※1)'98年時点で確か500円超えていて、ヨーロッパはもう一箱1,000円超えてるって話も聞くし、状況は厳しくなる一方ですよ。

※1
って言ってもツアーですけど、25人ぐらいの。
ちなみにその中で私は一番イタリア語がしゃべれる人だったので、レストランの予約やベネチアでのゴンドラの値段交渉とかで大活躍しました。って言ってもイタリア語と英語ちゃんぽん(より正確に言えば7:3で英語)でしたけど。

なのに、人間の依存心というのは恐ろしい物で、両親(たまたま同じ時期にイタリアに仕事兼旅行で滞在していた。ちなみにこの二人、どっちもイタリア留学経験あるためイタリア語ぺらぺら)とフィレンツェで落ち合った時、それまで何とか自力で乗り切っていたのが、途端に何もかもおんぶにだっこになってしまい、
お土産用のワイン(※2)買いに行っても、フィレンツェで有名なジェラート屋行っても、また観光ガイドにバリバリ載ってるレストラン行っても、店員が何言ってんだか全然頭に入ってこない。
(いずれも店の名前すら覚えていない。尤も、この時の父親の観光ガイド(留学先がフィレンツェだった)が酷くて、出たとこ勝負の行き当たりばったりもいいところで、あっち行ったと思ったらまた戻って、途中で思い出したように郵便出しに行ったり、かと思うと歩いている途中で急に「ここが私が下宿していたアパート」とか言い出したり、と言う物だったので、自分が一体今どこ歩いてんだかさっぱり把握出来なかった、という情状酌量の余地あり)

確かレストランで、頼んだSecondo Piatto(メイン・ディッシュですな。何頼んだのかは忘れました)がなかなか出てこなかったので、両親のどっち(両方だったかも知れない)かが
「まだなの?」
って訊いた時に
「Subito!Subito!(すぐ出します)」
って言ってホントにすぐ出てきたことだけ覚えています。
あれ、絶対他の客に出すはずだった皿をこっちに回したに違いありません。
その辺の機転はやっぱイタリアならでは、って感じで面白かったです

それで思い出したけど、母親が店に入って席に通されるなり、辺りを見回して
「この店も外国人ばっかりになっちゃってもうダメね」
とほざきやがったんだ、確か。

ママ、外国人って、僕たちイタリアじゃバリバリの外国人どころか、イエローなんですけど…

未だに訛りが抜け切れてない(実家の向かいの名古屋弁バリバリのおばちゃんに「おみゃ~さん、東京の生まれじゃにゃぁでしょう、訛っとりゃ~もん→この名古屋弁は架空です、関係ないけど私は雪降った時に良く隣近所まで雪かきしていたので、このおばちゃんにはたいそう気に入られていました。最近、雪かきする程雪降らないからつまんないですね」と指摘されて憤慨してました)宮崎県民がどの面下げてこう言うセリフが言えるのか、私には未だに1mmも理解出来ません。

だめ押し的にですね、この時って両親がホテルまで迎えに来てくれていたんですけど、帰りは一人だったんですね。
で、フィレンツェの市内から電車で一駅乗ったところが宿泊先だったんですが、駅下りたらもう方向が分からない。
こういう時、絶望的に方向音痴の自分は自己判断で動くとかえって事態が深刻になると言うことが経験則的に分かっているので、誰か通りかかるのを待つ。

5分ぐらいしたら、中学生ぐらいの男の子が歩いてきたので
「××ホテルってどこ?」(ここはもう自分一人になってるので、いつの間にかちゃんとイタリア語が話せるようになってる)
と訊いたら、
「××ホテル…知らない」
と言う。困ったなぁ、どないすっぺ、と悩んでいたら、今度は中年のオジサンがやはり歩いてくる。
そこで、
「××ホテルはどこですか?」
と訊ねると
「あそこだよ、あそこに見えてるでしょ」
だって。
実際、ほんとに目と鼻の先でした。

と言うかですね、ここのホテル2泊していて、この時2泊目で、前夜は

(ツアーのスケジュール的にはそうなってなかったのだけど、ツアーの食事が不味すぎて納得いかなかったので、ガイドさんと交渉して単独行動を認めてもらい、晩飯食べ直した。
ちなみに私このイタリアツアー時、ミラノでも特別単独行動させてもらってます。
でもって、カフェでくつろいで油断してたら時間が押しちゃって切符買ってる時間がなかったので、
トラムただ乗りしてしまいました…車中では、ばれた時に如何にこれが止むを得ない行動の結果であるかの言い訳をずっと考えてました。かつ、下車するはずのホテルの最寄り駅を一瞬乗り過ごしそうになって、20mぐらい引き返してもらっているという…イタリア人って人が困っている時はホントにみんな親切ですわ)

タクシーを使ったものの自力でホテルに帰ってきているし、朝は英字新聞買いに

(当時の私は、海外旅行時は日本語新聞は有り得ないぐらい高いので、英字新聞買って斜め読みしてました。今はビバ・インターネットですな)

近くのスタンドまで15分ぐらい歩いているし、
(ちなみに、イタリア人っていい加減だなぁと思ったのは、
「英字新聞はどこで買えますか?」って訊くとみんな「ここから100m」って答えるんですよ。
だけど、実際歩くと100mどころか目と鼻の先だったり、15分ぐらい掛かったりで全く当てにならない)

なんで一通り周りの風景目に入っているはずなのに、それが迷っちゃう。
自分より頼りになる人が居るってのは、善し悪しですな。

※2
私は下戸なので、自分にはワイン不要。
って言うかそもそもこのイタリア旅行、自分用のお土産って確かローマのスペイン広場の前にある通り、あれ何通りって言うんでしたっけ?ともかくそこのジョルジョ・アルマーニで、その時着ていたやっぱりアルマーニ(ただしホワイトレーベルの方。しかも当然バーゲン品)のシャツに合ったネクタイを店員にチョイスしてもらったぐらいのはず。
その前の年末に韓国のソウル行った時もドナ・キャランでキャメル色のタートルネックのセーター買っているし

(すごい寒かったんです。この旅行は本当に一人旅だったので、不安で行き帰りの送迎を付けていて、そのお姉ちゃん

(ちなみにほぼ同年齢のいわゆる韓国美人。喋り方きつくて最初ぶっちゃけびびってたんですけど、置き引きの注意とかしてくれて根はいい人でした。何かあった時のために名前と電話番号教えてくれたし。
それに、ホテルまで送り届けてもらったあと、東大門市場の買い物に付き合ってくれたし、そのあと自分(=姉ちゃん)の買い物に、暇だから付いてって良いか?と訊いたらOKしてくれました。
地元民が普通に買い物する風景を間近で見られて結構楽しかったです。私は海外旅行する時は、なるべく歩いたり、地下鉄や路面電車に乗って、街の息吹を感じるのが好きです。タクシーはどこ走ってるのか分からなくなるから迷子になったとか、急いでいる時以外あんまり乗りません。ソウルのタクシーは乗り方が独特なので、興味本位で乗りましたけど。ただ、その時私の「~までお願いします」と言う韓国語が中途半端に発音良かったらしく、運ちゃんが喜んじゃって「お客さん留学生?」みたいな乗りで話しかけてきて、最初の一言二言以外ちんぷんかんぷんで結局がっかりさせちゃったのが心残りです。
あ、でもバスはさすがにハードル高いので、英語圏以外では恐くて乗れません)


「ソウルは寒いからセーター買っちゃいましたよ」
と言ったら
「寒い?どこが?こんなの寒いうちに入らないよ!」
と怒られましたけど、笑)、

どうも私はどこに行っても店員とああでもないこうでもないと議論しながら服を選ぶのが昔から好きみたいです。

ちなみにソウルでは、「自分はこっちが良いと思うんだけど、店員さんはどう思う?」と訊ねた時に「私はこっちはあなたに似合わないと思う」と言われて、なるほど、やっぱり韓国人って日本人より自分の意見をはっきり言うのね、と妙に納得したのを思い出しました。あ、今はどうか知りませんが、'97年末当時は、ソウルでは英語はロクに通じませんでした。こちらとしては気を使って「まずは韓国語、次英語」と言う順番で会話をしてたんですが、英語で話しかけても「?」と言う顔をされるか、「日本語でどうぞ」と言われてがっかりすることが多かったです。3回くらい地元民に間違えられて道(何言ってるか分からなかったので、時間かも知れない)訊かれたんですけど、「I'm a stranger here myself. I'm afraid I can't help you」が一度も通じませんでした。みんな、がっかりしたような顔で何かを韓国語でつぶやいて立ち去っていきました。役に立てなくてこっちもがっかりだよ…
逆にイタリアでは、何故このイエローに道を訊くのだ?と言うことが2回ありましたが、どっちも英語・イタリア語ちゃんぽんでぱっちり通じましたね。イタリア人は結構英語出来ます、みんな。地方のことは分かりませんが)

…この"("と")"、ちゃんと対応取れてますかね?
コンパイルエラーになりそうな気が…

何だか、自分がジェームス・ジョイスの「意識の流れ」を引き継いだもののような気分になってきましたが。

ようやく話を元に戻してですね。

止められるなら、とっとと止めたモン勝ちです。

で、私のように止められないのであれば、これ以上世間様の風当たりが厳しくならないよう、守るべきマナー・エチケットはきちんと心得て吸う、と。

でないと、ホントその内シンガポールみたいに、タバコが吸える所がどこにもなくなっちゃって、頭の悪い中学生が校舎の裏でやるみたいに陰でこっそり吸うしかなくなりますよ。

で、ばれて罰金取られて余計痛い目に遭う、と。

そうならないよう、ホント気を付けましょう。

あなたがマナー守ってくれないと、私が困るんです。

そういう訳で、宜しくお願いします。

…ふう、小ネタのはずが、脱線が多重入れ子になって結局長文かついつも以上に読み辛いものになってしまいました。

なんかこう、芸能人が書いてるブログみたいに、短くてあっさりしていて爽やかな感じにはならないもんなんですかね?

ま、これも性格だから死ぬまで治らないんでしょうなorz
さて、例の如く長い前置きは終わりにして、本題入ります。ではスタート。

時間なさそうだから抄訳で。


おれの体はカッカ熱くなってくるし、フロアの人達はノリノリで踊りまくって疲れ知らず
ここはホットだね 俺も仲間に入れてくれ

お前出来るじゃないか スゲエ嬉しいよ
そしたらさ お前の愛を少し分けてくれよ
毎日ね

ヘイ、ベイビー

俺はスゲエ良い気分ですっかりハイさ
ここは燃え上がっちゃってるね あんたもっとリラックスして気楽にやりなよ

お前やったじゃないか 俺も嬉しいよ
次はさ お前の愛を少し分けてくれよ

毎日ね

ヘイ、ベイビー

この曲はですね、白状すると自分で発掘した曲じゃないんです。
私のサークルの先輩(この人の音楽性はものすごくて、特にアメリカのルート音楽系はとても太刀打ち出来たもんじゃありませんでした)が、変名でW大の学園祭に登場した際に、

#実を言うと私が3,4年生の時に当時の幹事長にごり押ししてW田祭出させてもらったのもこの人の影響です

「はい、それではこれからロックのお手本を披露するよ!」

って演奏したのを聴いたのが最初です。(学年2つ違ったので、2年生の時だったか?)

それまで、Steve Winwoodと言う人はロック史上の偉人として名前を知ってはいても、Crapton好きじゃなくて(それは今もそう。どうもBluesそのまんまと言うスタイルが肌に合わない)Creamも聴いてなかった(未だにベスト盤1枚だけ持っていて、かつiTunesのリスト入りしてるのに全然聴いてない)し、Blind Faith繋がりで同系列というイメージがあったのでノーマークでした。

ソロのHigher Loveとかは良い曲だなぁと思って聴いて(観て)いましたけど。

だもんで、この時の演奏はぶっ飛びましたね。

慌ててSpencer Davis Groupのベスト買いに走りました。

目から鱗が落ちました。
今までの自分の認識の甘さを恥じました。

Steve Winwoodと言う人はとんでもない巨人であると。

この人、典型的な早熟の天才で、Gimme Some Lovin'出した時、まだ若干18才です。
かつ、バンドはその名の通り、Spencer Davisと言うギタリストがリーダーやってた訳ですが、実はこの人全然イニシアティブ取ってない。

そもそもがスティーブと、その兄であるマフが組んでいたバンドが前身だし。
(当時Steveまだ15才とか。スゲエ)

Spencer Davis Groupだって、曲書いて、キーボード弾いて、歌唄ってるのは他でもないSteve Winwoodです。実質ワンマンバンド。

他にも、J. Geils BandやFleetwood Macのように、リーダーとフロントマンが異なっているバンドはあまたあれど、ここまで一人で何でもやっちゃってるバンドはSpencer Davis GroupのSteve Winwoodぐらいじゃないかな?
(他にもありそうな気はしますが、今すぐ思い出せない)

そしてその声はまだ10代の洟垂れ小僧(失礼)である事が信じられないコクのあるソウルフルなハイトーンボイス。
キーボードも、真の白人ソウルの代表的グループであるThe Rascals(当時はまだThe Young Rascals)のリーダーFelix Cavaliereと対等か、寧ろそれ以上のグルーブ感溢れるご機嫌なオルガンサウンド。

これは個人的に勝手に思ってることですが、この二人(Steve WinwoodとFelix Cavaliere)居なかったら、後のThe DoorsやDeep Purpleのオルガン・サウンドも産まれてこなかったんじゃないでしょうか。

その辺は、歴史の経緯って複雑に絡み合ってるし、ルーツとなる音楽からの影響の受け方って人それぞれだから、当てずっぽうの推測までも行かない、山勘ですけど。

そして、肝心なのがその曲・そして歌詞の内容です。

これがもう、 ノリノリで活かした(って死語ですか?)ロックンロールそのもの。
典型的なダンスナンバーであり、かつラブソングであると言えましょう。

ここで重要なのは、そもそもロックンロールって一体何だったのか?
と言うことです。

そうです、ロックンロールってのは、ご機嫌なダンスミュージックなんです。
週末に支払われる低賃金の週給でどうにか生計立てている労働者階級の若者達が、
一週間のウップン吹き飛ばしてスカッとした気分になって生き返るための音楽なんです。

それがここにある。

だから、この曲は、最高のロック・アンセムと言えるんです。

…で、FreeのPaul Rodgers同様、この人も残念なところがあって、
・どうも自分に才能がありすぎて他のメンバーが付いてこられないのか、どのバンドでも長続きしない(TrafficしかりBlind Faithしかり)
・やはり、才能ありすぎるがゆえに中途半端な作品が出せないのか、どっちかと言うと寡作。時々思い出したように精力的に活動するが、大抵2年持たない

こういうのを見ても、デビューから約8年、ノンストップで走り続けて変化・そして進化し続けたビートルズって怪物だなぁ、と改めて思ったりします。
まあ、ビートルズはバンドだけでなく、マネージャーやプロデューサー、時代環境などにも奇跡的に恵まれまくった、それこそ20世紀最大の奇跡なので、別格なんですけどね。
この話はまた別のところで。

図らずも、私が候補として挙げた2曲はいずれもイギリスのバンドの曲でしたけど

#ロックンロールを発明したのはアメリカの黒人達(チャック・ベリーが元祖、と言う定説に私は必ずしも賛同しません。R&R GIANTSの内の一人、と言う事実に異を唱えるものではありませんが)ですが、
それを正しく理解し発展させたのは寧ろイギリスの労働者階級の白人の若者達だった、というのは歴史の皮肉ですな。アメリカには典型的な労働階級って(白人では)あまりいないから…
まあ、アメリカで唯一"王様(KING)"と言えばこの人、というElvis Presleyなるこれまた規格外の例外もいますけど
え?KING OF POP M.J.を忘れているって?だけど、逆に聞くけどM.J.はポップミュージック史に
何を残してくれましたか?M.J.は音楽を進化させましたか?
Black or WhiteやScreamの音楽的素晴らしさはプロデューサーの手腕ですよね、はっきり言い過ぎてファンの方には悪いですけど。

アメリカにだってそれこそアメリカンロックの名曲なんて腐る程ゴロゴロある訳で、そうしたものをご自分を鼓舞するためのテーマソングとされている方も数多くいらっしゃると思います。

良ければ、それを私に教えて下さい。

やっぱり、人から教えてもらって自分のレパートリーが広がるって楽しいことだから。