昨日は私の誕生日でした。
アメブロ含め、複数のSNSでいろいろな方に祝っていただきました。
ありがとうございます。
そうでない方も含め、今後ともよろしくお願いします。
私がそもそもアメブロに登録したのは、5年半ほど前でした。
その頃はプロフィール欄だけしか書いていませんでした。
その後、2年前に記事を書き始め、その半年後にあるテーマに沿っていろいろな記事を書いていました(主に経済政策関連の記事でした)。
そのテーマは、「人々が幸せに生活していくためにはどうすればいいか?」ということでした。
事情で一昨年末に一度アメブロから離れましたが、
昨年秋にタイトルを今のように変えて再出発しました。
記事の内容は前と違い、自分の日常について書いたものですが、根本的な考え方については変わってないつもりです。
天文手帳、ノーベル平和賞を受賞したマララさん、電車等の記事を書いてきましたが、
みなさんがそれぞれの立場から「ご自分の幸せ」について思いをはせることができていたならいいなと思っています。
ところで、この頃、世間(世界情勢を含め)はきな臭さを増しています。
日本では自殺件数が減ってきたと思いきや、絆が分断化されたと思われる事件(身内で傷つけ合ったり殺し合う事件、危険ドラッグに関する事件等)が頻発、
中韓両国との不和、
インドでの凶悪な犯罪事件(強姦等:同種の犯罪は韓国でも多いそうです)の増加、
アメリカでもなにやらおかしな雰囲気、
欧州でもユーロ圏内外でいろいろ問題が発生していたところ、
今では「イスラム国」に関連してもっと不可解な事件が頻発しています。
さらにそれだけを考えれば私たちにとってありがたいと思われる原油安も、世界情勢から見たら不安定要素になりかねないそうです。
それぞれの事件、犯人やそれを推進した国などを非難することは簡単です。
もちろん事件を起こしたことについては、それ相応の償いをすべきだと思っています。
しかしこれだけ世界中でおかしな事件が起こるということ、これは、それがあたりまえ、正常な姿なのでしょうか?
私は元々歴史好き人間で、大学での専攻は地質学(地史学講座)でした。
そこから今世間的に正しいと思われていること(の一部)の異常さを常々考えていました。
(例えば地球温暖化問題、
地球は今温暖化しているのは事実と思うのですが、
それが果たして言われているように二酸化炭素の増加が原因かというと、「はっきり否」と断言できます。
そして温暖化が人類の危機を招くかといえばこれも違うと考えています。
なぜなら、今から7~8000年前、今より地球の平均気温が2~3℃高かったのですが(今の地球温暖化問題で問題としている温度の値は0.数度で一桁少ないです)、それで人類の危機だったかといえば、反対に人類が繁栄していた時代だったのです。←日本では大森貝塚がつくられた時代です。
それともう一つ、低炭素社会を作りましょうと言われている方々、植物は二酸化炭素を吸収して光合成をして炭水化物等栄養物を作り、人間を含めた動物はそれを元に生きていることを考えたことがあるのでしょうか?
二酸化炭素が減れば、植物は光合成しにくくなり、逆影響になります。
地質学的に言えば、現代は、地球に生物が繁栄しだしてから(5億4200万年前から)は、二番目に二酸化炭素濃度が低い時代なのです。
恐竜が繁栄していた中生代(2億5100万~6550万年前)は、今より基本的に温暖で何倍も二酸化炭素濃度が高い時代でした。
ただ、一番二酸化炭素濃度が低かった時代は、今から3億5千万~2億6千万年前(古生代石炭紀からペルム紀中期)あたりで、その頃の地球も今から見ればこれまた生物の楽園でした。
要するに、今の地球の環境問題は別にあると言うことです。)
話がそれました。
今の私たちの生活の幸せを考えた場合、今言われていることが果たして正しいかというと、もっと根本に帰って考えてみる必要があると考えています。
今、経済学関係では、トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』がベストセラーだそうです。
私はまだ読んではいませんが、週刊誌の書評等を読むと、「何をいまさら」というのが正直な感想です。
ピケティ氏が問題提起していることと解決法は正しいと思いますが、その解決に時間がかかるというのは悲観的すぎると考えています。
実は、格差拡大を阻止しより公正な社会を作り出すことは、第一次大戦後・第二次大戦前にヨーロッパのある政権下の国で一時成功しているのです。
その理論的支柱はケインズが提唱した経済学でした。
そしてそれに応用を利かせ、大成功を収めたのですが、その政権は別の蛮行で現在全否定に近い扱いを受けているので、ここでは言わないことにします。
しかし、別の悪行があったからと言って、成功した部分まで否定するのは、いい考え方とは思えません。
上記の時代と今の違いは、世界人口の違いとも関係するでしょう。
20世紀初頭の世界人口は約16億と言われています。
1960年代でもまだ20億を少し越えたくらいと推定されます(1966年放映の「ウルトラマン」の第2話、バルタン星人の回に、イデ隊員が「世界中の人口を合わせても22億」と発言しています←未来設定のはずです)。
ところが1998年には60億、
21世紀に入ってしばらくした今は70億を超えていると言われています(20世紀初頭のざっと4倍以上)。
そうなると、ケインズの時代にはなかった、いわゆる「ワーキングプア」や「新富裕層」といった階層が生まれています。
これから私たちの幸せを経済学的に考えるのなら、ケインズ理論に「ワーキングプアや新富裕層」への対策を加えて考える必要があるのではないかと考えています。
そうすれば、ピケティ氏が言うよりももっと早くより良い世界が生まれていくのではないでしょうか。
経済関係だけを取り上げましたが、日本では職業に貴賎はないと言われていますし、私も同感です。
(ただし、正業(第一次産業(農林水産業)、第二次産業(鉱工業など)、第三次産業(サービス業等)すべて)においてです。社会に貢献する仕事には貴賤はないということです。)
(詐欺等人をだますことは悪と確信しています。)
ただ、それぞれの職業において、今は拝金主義が横行しています。
その被害でもっとも有名になっているのは、複数の某アイドルさんが刃物で傷つけられたりしたことでしょう。
「職業に貴賤はない」とは至言ですが、やはり金第一ではなく、人第一で考え、理論構築、政策実行、生活していけば、ピケティ氏が言うよりももっと早く今よりもいい時代がやってくるのではないかと考え、この記事を書きました。