はい、今日もパチに行きませんでした。
パチで負けた帰りなんかには
『自分には運がない』
なんてことをいつも思っていました。
期待値を下回る結果が何度も何度も続くと、本当に自分は運がないんだなと思い込まされます。
パチ害悪のひとつ。
トータルで勝っていた時は
『まだトータルでは勝っているんだ』
という事実を言い訳にメンタルを保てましたが、それが無くなると脆いものです。
金銭や時間だけでなく、こういった心理的な悪影響を与えるのがパチの問題点だと思います。
まあそれは一旦置いておくとして、運の良し悪しを決めるというのはそう単純なことではないという話です。
①期間
②解釈
この2つを考えただけでも複雑になります。
①期間
同じ期待値なのに良い結果が出るのを運が良いと定義してみます。
パチを打つ人ならスランプグラフを想像してもらえばよくわかると思いますが、同じ確率の試行を重ねても現れる結果は千差万別です。
そして、本当に運が良かったのか悪かったのかは試行を終了した時点でしか判断できないということです。
・途中まで運が悪いと思っていたけど実は良かった
・最初だけ運が良く見えたけど、あとはずっと不運だった
・最初からずっと運が良かった
・ずっと運が悪かったけど最後の最後で運が良いと判明した
運の良し悪しはあれど、死ぬ寸前までわからないのが人生であると思います。
大事なのは自身の期待値を高める行動をしていくことです。(できてない自分が書いているのは少し恥ずかしいですが)
そして「良い結果」が出るのが運が良いと定義しましたが、何をもって「良い結果」と言えるのか、人生においては数字で簡単に表せるほど単純ではないと思います。
②解釈
一見運が良く見えることが実は不運だったり、その逆もあると思います。
簡単な例だけでも
・テストのヤマが当たった→勉強しなくなった
・パチで勝った→パチンコ依存症になった
・宝くじに当選した→金銭トラブルが起こった
・一流企業に就職できた→仕事で忙しくて家族が崩壊した
・運動神経が良かった→怪我で運動ができなくなった
・テストのヤマが外れた→勉強量を増やすようになった
・パチで負けた→ギャンブルをやらなくなった
・家が貧乏だった→家族を助けようとお金持ちになった
・会社が倒産した→激務から解放され過労死を免れた
・病気になった→生きている時間を大切にするようになった
ひとつの物事でも良い面と悪い面があり、それが本当に良い出来事なのか悪い出来事なのかは時間が経ってみないとわかりません。
出来事に対する考えや行動でも違ってくるはずです。
できるのは自分にとって良いように考えてみて気分良く生きることです。
あなたは運が良いですか?と聞いてる人を見たことがあります。パチで身を以て確率の偏りを体験したり、人生の出来事の複雑さを考えてみると、そんな簡単に答えられる質問じゃないですよ、と言いたくなりました。
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つづく![]()
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