昨日のランチはいみじくもお蕎麦!


実は、オレは中途障害者となるきっかけとなった脳出血が起きた3年前の秋にも一度死にかけて救急搬送されています。


それまでも、さらに遡ること十年ほど前から自宅で下血したことがあり、大久保病院で検査や診断も受けていましたが、いくら大腸カメラ検査をしても出血箇所が発見されなかったという前科が当時のオレにはありました。


そういう状況でしたので、その夜も一度目の下血の際は、少し安静にしていれば止まるだろうとソファで横になって様子を見ていました。


ところが、お腹の張りが止まらず、耐えきれず再びトイレに行くと一度目を越える大量の出血量。見た目の感覚的には500ミリ紙パック飲料程度の量の血が出た気がしました。洋式トイレがまさにスプラッター映画みたいに血で溢れんばかり。


そして何とかソファに戻ると、寒気と目まいがし始めたので、こりゃヤバいと心配そうな嫁に救急車を呼んでもらうよう手配をお願い。


間もなく救急隊が到着。車椅子タイプのストレッチャーに載せられました。


そこからエレベーターに乗り、靖国通りに面した歩道に出ると、何とストレッチャーがベッド型にトランスフォームするではありませんか。


エレベーターのあるマンションからの搬送に特化した秘密兵器だったみたいです。


そこから救急車にそのまま載せられ、搬送開始。何とか会話できる程度に意識のあったオレは救急隊員の方と、おそらく腸からの出血である旨や、大久保病院に診察したカルテがあるはずなどといった話をした記憶があります。


そうすると、丁寧に今夜の救急当番の担当医院がKO病院なので、そこでかまわないかと確認されこちらとしては是非もなく了承。


その間もオレは意識はあっても終始どこかしら他人事視点だった記憶があります。


そして救急受付に到着すると、まるでドラマで見たERの体験アトラクションみたいな工程に自分が放り込まれます。


搬送ストレッチャーから院内のモノに複数スタッフで、声を合わせてオレを寝たまま移乗させ、シャツをハサミで縦に真っ二つに切ってはぎ取られ、次々と検査用のパッドが手首や身体に貼られ、当直の救命医のお姉さんが問い合わせると、救急からオレのバイタルが返答されます。


「体温34度。血圧の上が74」


それを聞いた脳内のオレが突っ込む。


おいおい、オレ、もう死にかけてるじゃん!


そうすると超美形の女医さんが叫ぶ。


緊急輸血用意。マックス4単位!


そんな自分が死にかけている時にすら、女医さんのスキニージーンズに白衣のスタイルのかっこよさを目に焼きつけていたバカです、オレは。


そこからほぼ三週間近く入院したのかな?


出血箇所のあたりをホチキス留めして止血。緊急輸血で何とか一命を取り留めた感じ。


いま思えば、この時に内臓を精密検査して副腎の腫瘍が見つかり、処置していればその後の脳出血は避けられたかもと悔やまなくもないですが、こればかりは神のみぞ知る…。


それだけ、大腸の憩室出血は一般的によくある事案だということらしいです。


オレの素人考えでは、原発性アルドステロン症の影響で既にその頃のオレの身体のいたるところの血管が脆くなっていたのでしょうけどね。


何はともあれ、退院時は信濃町の病棟から、時間をかけて1丁目まで歩いて帰宅しました。帰途に食べた四谷の町蕎麦が美味かった記憶があります。


この経験からオレが学んだ4つのこと。


KO病院の救急医は超美人!(に当たるかも?)


下血2度は我慢せず即、救急車を呼べ。


搬送時に下手に意識があると、無駄にドキドキするから、さっさと気絶するのが得策。


少しでも出血したら、日頃から原発性アルドステロン症を常に疑え。


オレのような片麻痺にならないためにね。


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