一応、縁起物は準備してしまう


本来は暦の春が来る前に邪鬼を祓うべき節分にわざわざ触れるのも何だけれど、昨年も何だかんだと数件の訃報に接することとなり、己の寄る年波のリアルに身を苛まれたりもしましたが、そのうち在京時の知人2件は、どちらも事故案件。


こればっかりは、予測も予感も心の準備もあったもんじゃない。


ただでさえ、バレンタインあたりは個人的なトラウマがあるのに…。


しかし、そんな個人的な感傷があろうがなかろうが、無情にも着実に過ぎ去っていくのもまた月日なのが、世の定め。


その人のいない世界が日常化していくのです。


そして、そんな事故だって、意外と身近だったりします。


脳や心臓の急変も予測不能に近いですが、事故はさらに不可抗力や他因という不確定要素が加わりますので。


それで最近思うのは、結局オレたちに出来る己の死への最善の準備や心がまえは、唯一、いつ死んでも周囲が困らぬように身辺整理することだけだなと。


そして、そう思いつつ終活へ手を拱くのもまた人情。


全然身綺麗にはなれません。


ぶちぶち陰口を叩かれている死後が、それこそ目に見えます。


https://www.zakzak.co.jp/article/20240312-UL4ARYOKVVMCZHJJUXEYQX7FUI/