とても好きな小説。
三人称の「彼」を主人公にして書かれた物語。
その人称による客観的な描写から、なかなか主人公の感情の動きは読み取りづらいけれど、思うに、極めて個人的な想い入れのある時代だったり情景だったりするであろう場面を抑制的に描くことには向いている文体だと思います。
相変わらず日活映画のモチーフが全編にわたって散りばめられてるしね。
閑話休題。
オレは昔から、落とし前をつけない大人が大嫌いでした。
それ故、夜の3丁目では事あるごとに団塊の世代である全共闘の残党と侃々諤々ムキになって議論していました。さすがに帰途に待ち伏せされてゲバ棒で殴られたりはしなかったけれどね。
オレ、我ながら面倒くさい男だし遠慮もしないから、ちょっと遠い眼をして少し懐かしみながら過去の自分たちの思い出を若干今の若者をディスりつつ一方的に熱く語る先輩たちに出くわすと、ついつい正面切って尋ねちゃうんですよ。
「それで、皆さん当時は具体的に何を目指していたんですか?」
「活動をやめてからどう生きてきて、今は何を考えているんですか?」
そんな問い掛けの過程で、現役の代々木中央の人にぶち当たったこともあるけれど、大概の人はゴニョゴニョとなり「お前、最近には珍しい面倒くさいヤツだなあ。もっと飲もうぜ!」となって逆に懐かれるパターンが多かった。
そういう視点から見ても、この小説は過去の自分の想いと行動にキッチリ落とし前をつけ筋を通している気がします。
過激派の自己批判とは別の手法でね。
キーとなるレトロワードも種々雑多。
プレスリーから、ビートルズの「64歳になれば」ヴォネガットの「猫のゆりかご」を主人公に託す小学生の妹。
神宮球場、渋谷のプラネタリウム、地上の地下鉄駅、東横のれん街、新宿騒乱、神田駿河台、カルチェラタン、街場のお好み焼き…。
女子高生とのデート?と一向に距離の縮まらない交流にひたすら泣けた…。
後は、越中ハーフの傑へ最後に言う「俺は原宿族だったんだぜ。広州の田舎者なんかに負けてたまるか」のセリフにシビレた。
さあ、渡哲也の流れ者シリーズと裕次郎の「俺は待ってるぜ」を観直そう! 誰か一緒に飲みながら付き合ってよ。
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