しかし、器用貧乏って、少し嫌な言葉よね?
どんなことであれ、振られた仕事や役目はそれなりにこなすけど、それでお金が取れるほどまでのプロレベルではないというレッテル貼りに近い言葉?
結果にしろプロセスにしろ、そんなに不備や不都合はないし、敢えてダメ出しするほどにはひどくはないという、あくまで「そこそこ感」のコスパでしかありませんという客観的人物評価がそこから滲み出ていますし、主観的にも「この程度の仕事じゃギャラはもらえないよね?」という内省と諦観が前提。
そんなオレが片麻痺の片手生活者となって帰郷して気づいたことは、そんな器用貧乏程度にそこそこ器用レベルの人ですら世間にはほとんどいないという現実。
もしオレの両手が以前のまま使えるなら、秒で理解して秒で処理できる程度の作業や処理を頼んで一見でできる人はほぼほぼいません。まあ、そこまでは一旦いいでしょう。
次に人は、もし自分の目の前に使えないよくわからないアイテムがあったらどうするか?
普通は取扱説明書を読むと思うでしょ? オレもそれが普通だと思っていましたが、実はその取説が読めない人が多い。それも読んで理解できないのではなく、その前にそもそも読めないし、読まないのです。
正確を期すなら、読むという意識のモードが取れない。
そういう社会通念や一般常識経由からの当然の帰結と思われる日常的な生活習慣がないからそういう意識にならないし、読む姿勢も取れない。
卑近な例は、役所の窓口に平日に行くとよく散見されます。
窓口で対面で対応してくれる職員と痴呆症患者のようなコミュニケーションしか取れない人の圧倒的な多さ。
俗に7人に1人と言われる境界知能の人とか、世間の3人に1人は、単独で宿やお店の予約が取れないと言われるのも、さもありなんかと切実に思わされて目の前でアレを見るとマジでこちらが絶望で若干の鬱になります。
その一方で、これからの社会は情報化の次の段階である知識社会だと言われます。
家庭用アンドロイドテレビにしろスマホやタブレットにしろ、誰もが情報端末で情報を主体的に入手したり、それを使って決済や申請等をするのも、すでに行政の現場でも当たり前の前提になりつつあります。
これまでの新聞や地上波放送のように、金を払っていれば毎朝手元に届いたり、一方的に流してこられる情報をただ受け身で処理するのではなく、自分で自分に必要と思われる情報を自分から取りに行くのが普通。
そのための端末の使い方なんて、今や教わるものでもないしね。昭和以降の世代は生まれた時から携帯あるしさ。
昨今の世間でタイパやらコスパとか言われがちなのも、その時代の証左の一つかと。
もうすでに、情報をいかに入手するかの段階は卒業し、その情報を自分の知識として消化して落とし込み、どう効率よく活用するかの時代というわけです。
オレも片麻痺の人のライフハック動画をよく見てモノマネして練習していることもあり、最近「片手でも上手に長袖ジャケットを着るのね?」とか、リハビリ施設でお姉さんたち(世間的にはおばあちゃんたち)にやたらホメられます。
今やオレは、世間的には片手生活者のくせしてかなり器用な野郎ポジションです。要介護度2の一人暮らしですから、介護関係者にとっても稀少な例らしく、人によっては意味不明レベルな存在らしいですけど、その実態は情報から得た知識とそこに適合する各種ガジェットまかせの、主観としては実は「障害者は〜、気楽な稼業〜と来たもんよ♫」と、替歌口ずさむ程度にのんべんだらりとした軽薄なもんなんですけどね…。
倒れる前も後も、オレは基本的に世の中をナメ切ったふざけた野郎です。
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