ゼリー系も好き…


オレの通っていた高校は自分が3年生(1982年?)の春に城の北西部にある小高い山の上に移転するのですが、それまでは市内で最も駅前にある高校だったのよ。


オレの時代は、市内の公立普通科高校に優劣をつけないという名目のために始まった5校選抜なる県東部の入試システムが残っていたことから、入試の難易度は良くも悪くも低め安定。最終的に5つの県立高校のどこに通うかはペーパーテストの他にクジ運の要素もあります。


世間擦れしたジジイとなった今なら、当時の自分に対して、その後の人生を何だかんだ考えたら一番歴史と当時もある程度には一般的なブランド力のあったオヤジの通っていた高校にしとけと小一時間あざとく説教するところですが、当時のオレは駅から歩いて15分の自宅から一番近いという理由1択で自分の高校を第一志望にして通うことになるのです。


あの頃からオレは、世間にアピールできる看板より学住近接の地盤優先。中世のヨーロピアンなみに、歩いたり自転車で行ける範囲の平板な世界がこの世のすべてで、そこから先は垂直に奈落の底にすべてが落ちているかの如き世界観だものね。自転車で30分以上とか、バスや電車で通学するなんて、オレはイエズス会の宣教師じゃあるまいし、そんな辺境地の高校へ通うのは生理的に無理とか半ばマジで思っていました。


さらに自分の感覚的には、歩いて通える近さもさることながら、明治以前の城郭の中に高校の校舎があるという学校のロケーションにも魅了されたの。天気がよければ下手すりゃ高校と地続きの城の中に入り込んで、石垣に座って昼の弁当を食べることすらできたもの。


さらに剛の者は、教師の目を搔い潜って塀を乗り越え、駅前のダイエー地下の学割ラーメン(当時150円)や最寄りのお好み焼き屋へ行ったりね。


移転後は広めの学食っぽい施設ができたけど、移転前も校内に立ち食いみたいな「うどんスタンド」があったんだけどさ。やはり、どうしても若者は決められた場所からさらに外を目指すものなのよ。


そんな駅前にあった移転前のオレの高校の跡地は、現在、県立の歴史博物館になっています。城の南側の石垣から続く外塀と、博物館の入口へ向かう施設のエントランスへのアプローチが、何となく当時の高校の正門から入ったあたりの雰囲気をそこはかとなく残しているような気がしなくもないかな?


当時、正門から入ってすぐの正面に、有志のバケツリレーで空襲にも焼け残ったという木造の旧校舎があって、その左手前に校舎とコンクリの渡り廊下で繋がったロッジ風の平屋の図書室がありました。そこは校舎とは独立した建物の構造だったから、イメージ的には学校の図書室と言うよりも、高校の前庭にある木々の傍らにポツンと佇む郊外の小さな図書館みたいな空間。


当時のオレは、その頃の少女漫画の恋愛モノの脇役にありがちなメガネの優等生然とした風貌と、あまり主張しない空気のような存在感の薄さを利用して、ときどき意に染まぬ授業の時はさりげなくその図書室に潜り込んでずっと本を読んでいました。いま思えば司書さんや教師によく追い出されたり怒られたりしなかったもんだ。


読むのは、専ら明治以降から戦前の日本文学。


それでも一応、坪内逍遥から始めたりして、マジメかよ?


そうは言っても、ジャンル的にはもちろん好き嫌いがあって、藤村とかの自然主義はいささか苦手。


主に大正浪漫、昭和デカダンス、耽美主義寄りの嗜好。


一時期は、ご多分に漏れない高2病に罹患していたのか、樋口一葉、中原中也、梶井基次郎といった夭逝した作家の詩や小説ばかり読んでいた時期もあります。


波瀾万丈でないエリート然とした生き方をした作家の作品には、そもそもあまり食指が動かないのです。


オレにとって戦前の作家は、前世紀後半のロックスターに等しいから。


それゆえ、荷風先生は好き。あと、学祖は別にして、大学の大先輩として坂口安吾もね。


オレね。今の時代のいわゆるフーゾクにはとんと縁がないんですが、読んだり、観たり、飲んだり食ったり、暮らしていく分には昔も今も色街(歓楽街)がそこに生活する人とも肌が合うしたぶん好きなのよね。


さしたる違和感もなく、むしろ好んで「たけくらべ」とか「濹東綺譚」も読んだしね。


そうじゃなきゃ、在京生活の後半15年以上を歌舞伎町から徒歩圏でたぶん暮らしたりはしない。


遡れば、幼なじみだった小料理屋の娘の内田みゆきちゃんとの7、8歳の別れのトラウマがあるから、たぶん一葉(夏子)の小説で泣きそうになるのよ。


今もオレの心の中には、対人関係で「好きになりすぎるとその人と離れ離れになる」という予感じみた運命論的な怖れが常にへばり付いている。もっと突き詰めれば、それはオレの中では母性に対しても同様なのかもというのは少し穿ち過ぎかもだけど。


とはいえ、そんな図書室の思い出とかも含めてオレの高校の記憶は、真っ当な学生生活より、図書室と校舎の間にあった教師の当直室と隣り合わせで建っていた平屋の放送部の放送室兼スタジオに忍び込んでレコード聴いたりとか、授業をサボった時間ばかりが残っているなあ。寒い時期は舞台照明用のフットライトの電球の熱で手を温めたりとかな…。


まったく、見た目にわかりやすい当時のヤンキー系と、本当の意味でどっちが素行不良なんだか…。


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