好事魔多しとはよく言ったもので、そうそう日本全体がハッピーに包まれることばかり続くわけがなく、デビュー戦がパッとしないのも、直前のネガティブな話題を吹き飛ばすほどの一発は出なくても、それもまた人生よね…ってことで…。
それよりも、我が身を翻ってみても人と人の関係ってのも合理的な理屈だけではなかなか割り切れぬものだと昨日から少し胸が疼いています。
たとえば、親は我が子を勘当できるけれど、社会的には、その逆の子から親との関係をパージするシステムもそれに相当する言葉も未だにありません。離縁と言うと、明治以前の婚姻が近代法制化されるより前の実質的な離婚のイメージが強いしね。
ハッキリ言って、オレのオヤジはろくでなしです。社会的に見ても、おそらく祖父母という親の立場から見た息子として見ても。もちろん、息子のオレから見た親としてもね。
もしかしたら、祖父から見たら末っ子のくせに、あたかも己の破天荒コピーを見てるような気持ちもあったからこそ、あんだけネコ可愛がりしていたのかもしれないけれど、そんな微妙な話ができるまで祖父は健康に長生きしてくれなかったからホントのところはわかりません。
オヤジ本人は理系で簿記の資格もあり毛筆も珠算も得意。中学の教師のたっての推薦で普通科高校まで行ったのに、中退。本来はオレ以上に数字に強いだろうに、ギャンブル好きで全般的にお金にだらしない。計算はできても確率論が理解できないのか?
やり繰りに困るたびに親や親戚に泣きつく。
しまいには、サラリーマンのオレからも借り逃げしたからね。
総額は悲しくなるから言わないけれど、オレに支給される大学時代の奨学金も初年度の数回だけ振り込まれたけれど、じきに音沙汰なしとだけここには記しておきましょう。そのもらってない分も含めて、後年オレは育英会に全額返したけどさ。
じゃあ、息子のオレはオヤジに泣きついたことはないのか? 正直一度か二度はあるな。賃貸を借りる時の敷金を少し貸してぐらいかな…。
それにしたって、後にオレが踏み倒された金額から見たらそこそこの可愛い金額ですけどね。しかも返してるし。
借りたものは返す。貸したものは半分はあげたようなもの。アテにはせず返ってくればラッキー! ぐらいなものだと考える。
これがこれまでのオレの信条でした。
オレは、オレと付き合って損をさせられたと誰にも思われたくないという強迫観念があります。
恩を受けたら倍返しとはいかないまでも、同等以上には気持ちを返したい。
そんな心持ちのオレから見ると、オヤジのような金にルーズな人間はまるで理解不能なんだけれど、それと同時に、ヤツは人たらしの才能もあるなと感心したりもします。
オレにはなりたくてもなれない根っからの甘え上手。それか逆に、単にオレの脇が徹底的に甘いだけなのかもしれないけどさ。
それでもよ。生活態度がきっちり真面目なヤツより、だらしないヤツの方がむしろ人間としては魅力的だったりするのは世間ではよくあること。
ただ、個人の評価に対して、魅力という曖昧なモノサシだけで測ると社会的には不都合が多くなるから、その代わりに法律とかルールがあるわけで。
まあ、何にせよ、春は別れの季節よ。
別離の喪失感は、新たな出会いの上書きによってしかリカバリーできません。
しかし、この歳になると、出会う機会も、こちらのその意欲も乏しくなるものでさ。
そんな時は、せめて少し濃い酒でも飲んで「笑ってあばよと気取ってみるさ」ってね?
