酒の箸休めとしての甘いもの


最近さ。何だか小説にしろ音楽にしろ映画にしろ、少し古い物に触れたくてね。


実は、このヒッチコックの古い映画を観る前にも、イタリアンホラーの古典とでも言うべき「サスペリア」を観たんだわ。


ドイツの古いバレエ学校の寄宿舎に入るニューヨークからの転入女子学生が主人公。


盲目のピアノ教師、醜い小間使い、不可思議な現象、魔女伝説、消えるルームメイトなどなど、今やベタすぎとも言えるド定番の舞台設定に謎の伏線と、ホラーなのに、安心する展開。


まだCGがない頃だから時代的にも当然だけど、ひたすらアナログで人体損壊シーンを描こうとするイタリア人の職人気質もまた大変好ましい。


ノドの肉をナイフで切り裂いたり、犬に噛みちぎらせてみたり。そんなにパックリ傷口を見せたり、皮膚を伸ばさなくても…。


それ以外の演出でも、今となっては少し笑いそうになるほどのサービス精神。天井にびっしり蛆が蠢き、寝てる顔に落ちてくるシーンとか、鋭利なピアノ線の山にパジャマ姿で落ち込み、見動きすればするほど刻まれて流血してしまうとか、小学生だった当時のオレたちは「うげえ〜」とか言いながらも驚いたり喜んだりしてたんだろうな。


やはり、エロにしろグロにしろ、身も蓋もない直接描写こそ、イタリア人の真骨頂だ。


そこに比較してみると、ヒッチコックの「サイコ」の有名なシャワー殺人シーンのなんとエレガントなことよ。


そんなとこも、ホラーとサスペンスの違いになるのかなあ?


まあ、そんなことを思いながら、少し濃いめのイタリアンを堪能した後に、このヒッチコックの映画にも手をつけたわけですよ。


とはいえ、かなり幼い頃にテレビで見た覚えもあるんだけどさ。ただオレの中ではモノクロの記憶だから、おそらく白黒テレビで見たんだろう。


だって、オリジナルはテクニカラーだから。


しかも最近の配信にも耐えうるよう、デジタルレストアもされているんだろうけど、映像もすごく綺麗。


で、だよ。


この映画は一体何のジャンルの映画と呼べばいいの?


動物パニック? ディザスタームービー? 文明風刺? どれにしろ元祖を名乗っていいよ。


しかも、この作品の主人公は女性なんだぜ。


ヒッチコックの好みからか、例のごとく金髪の美人さんだけど、やたら行動的。


内容や時代背景を考えても、これはかなり画期的じゃない?


それにしても、本格的に鳥が群れをなして人間を襲い始める前の、不安感の煽り方、ボーイフレンドやその母親とのセリフのやり取りですら、意味もわからずもうすでに怖いよ。


これは何かの暗喩か伏線なのかと、見ながら考え込むほどにね。


そして、本格的な襲撃シーン自体も合成、実物、ギミックをうまく使い分けつつ、畳みかけるカットバックでテンポよくスリルを煽る。


窓から侵入しようとするカモメと格闘する男なんて、少し引いて見ると、コントになってしまいそうな場面ですら、ちゃんと成立している。


後半に挿入される鳥目線で被害を受けてそこかしこに煙が立ち昇る街を見下ろす俯瞰のシーンなど、印象的なカットも多い。やはり上手いなヒッチコック。


画角、カット割り、構図、いわゆる映像作品のテキストとしても見ておいた方がいいレベル。基礎の基礎ってやつだね?


理由も原因もわからず放り出されるラストといい、映画史としての研究対象にもなりそうな名作ですわ。ここまで現代から見ても間延びや退屈を感じさせないなんて本当にスゴい。


あと、字幕版で観たんだけど、セリフの英語の発音がとても聞き取りやすい。そういう意味からも古典なんでしょうけどね。黒人は愚か、有色人種は見る限り一人も出てこないしさ。ここまで各方面に気配りが必要で複雑な世の中になると、そういうのすら潔く思えちゃう。トランプじゃないけど、コレが白人の頭の中の古き良きアメリカか?


時代的にももっと短い作品かと思ってたけど、ほぼ2時間ある意外と骨太に感じた古典的名作でした。




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