就労施設でモンブランをいただく


昨日からの話の続きにはなるんだけど、自分の被承認欲求について改めてネトフリで「リンカーン弁護士」の初回を見ながら思い返してみると、オレは「誰かにオレの話を聞いてほしい」という気持ちはそもそもあまり強くないように思います。


日常的に誰かに何かを主張したいとか理解してほしいという内的な欲求や衝動は、どちらかというと少ない方かと。


むしろ日頃から「誰かの意見や話が聞きたい」という気持ちの方が強く、それもできれば表現や創作物に関する率直なインプレッションを特に聞かせてほしいのかなと思います。


端的に自己分析すると、オレは傾向的にアウトプットよりもインプット型の人間かと思います。


それこそ限定的に「3丁目の池上彰」とか「歩くウィキペディア」と呼ばれていたのは、ロザン宇治原やカズレーザーとまではいかないにしろ、伊集院光か、やくみつる程度には雑学魔王であると同時に、ニッチなカルト系の表現や創作物に対する意識や嗜好を偏愛しているところもあるようで、あまりジャンルは問わないけどその分野のマニアトークとされる深度のよもやま話をする際は、とりあえずオレにきっかけを振れば、ある程度までは話が広がることから酒場談義を活性化する際の万能触媒として重宝されていたところもあるのかと、今さらながら思います。


やはり会話って多分にケミストリーな側面もあるから、燃料だけでもダメで、口火なり、反応促進剤もないとさ。皆ではなかなか盛り上がりませんもの。


特にオレは、素人目線でもかまわずピュアに印象や感想を教えてもらえる機会を何より好んでいるのかもしれませんね。


ぶっちゃけ、同レベル同士二人のオタクトークって、たがいの知識の相互確認に終始して、往々にして周囲を巻き込んで盛り上がれるなんてことは少ないですから。ついてこれないヤツは即行パージてな具合に。


オレが対話の相手に根本的に求めているのは、決してその人の知識の多寡ではなく、なるべく自分とは異なる違う角度からの感性に触れたいというところなのかもしれません。


そういうわけで現時点での結論は、オレは、単に話をする機会に飢えているのではなく、誰かしらから自分の好む創作物に対する一般ユーザー目線のなるべく率直かつ抽象的でかまわない極めて感覚的な印象なり感想といった話を聞きたいようです。


この時代、クリエイター側のインサイドワークや苦労話とかこだわりといった思いはSNSを少し探れば見つかりますからね。


オレは、会話の中で他者のピュアでストレートな言葉で自分の感性に対する再検証や答え合わせができるのが、何より嬉しいのだと思います。そして、それが飲みながらできれば、それこそ、おそらくオレにとっての至福の時間かと。


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