その店は、比較的大きな通りに面している。その道は、以前は御苑通りと呼ばれ、今は柳通りと呼ぶらしい、片側3車線で靖国通りを越えて花園万頭の先で明治通りへと合流する、その昔の環状5号線構想の一部にあたるという、わりかし幅の広い道路だ。
その通りは、また誰が言ったか言わずか「三途の川」とも呼ばれているらしい。
なぜなら、その道が新宿2丁目と3丁目の地図上の境界でもあるからだ。
2丁目は、言わずとしれた「世界で最も大きくて平和なゲイタウン」という、いわゆる一種のワンダーランド。コロナ前からインバウンド的にも賑やかな地域。
その通りを挟んだどちらのエリアが自分にとっての本来の現実で、どちらが異世界だったり理想郷になるのかは人それぞれだろうけど、その川(通り)を渡ることが、まさしくこの世とあの世という異次元を繋げるゲートを潜るような感覚であったことから、おそらく呼ばれ始めたのだとオレは理解している。
その三途の川の最も目立つ信号のところにその店は今もある。
実は、その店を切り盛りする現場のトップがこの三が日明けに亡くなった。
詳細はあまり聞いていないが、つまるところが交通事故だったらしいから、こちらとしては予感も心の準備もあったもんじゃない。
この店は、前述したような位置関係もあり、なおかつ平日も明け方近くまで開いていたので、早い時間からひとしきり飲んで、これからワンダーランドに繰り出そうとする人も、逆に異世界で過ごした後に、命からがら、もしくは渋々現実に戻ろうとする人も受け入れてくれる、言うなれば峻険な山岳登山におけるベースキャンプのような、とても懐が広くありがたくも大切な存在だった。
それは、勤め先が2丁目にあり、住まいが1丁目にあったオレにとっても例外ではなく、オレの在京期間後半の暮らしの中でここで過ごした時間が占める割合はとてつもなく大きい。
コの字型のカウンター席のレジとトイレに近い一番左奥の席でオレは、再婚相手となる女性と知り合い、会社の後輩の事故の急報を受けたりと、嬉しい時も悲しい時もいつだって手頃なわりには濃くて旨い乙類焼酎の水割りかお湯割りを飲ませてもらっていた。
そして、いろんな人とここで出会い、別れ、話して学んだ。
朝まで飲み食いできることからも、ここは通常営業の終わったこの界隈の飲食接客業関係者が仕事終わりの食事や飲みだったりグチ吐き反省会や打ち上げをする場所でもあったのだ。そこで飛び交うリアルな情報もまたオレには貴重な情報源であり知識の源泉。
老舗百貨店の有名店から銀座に引けを取らない文壇バー、新進気鋭の店、ガールズバーやそれこそ風俗のお姉さんに至るまで客層も多彩。
亡くなった常務(当然、通称)は、時としてお酒に慣れない学生や新卒社員がハメを外しても、たとえ地廻りのスジ者の新顔がイキがっても、決して事を荒立てずキチンと釘だけは刺す。おそらく和食畑出身だったのかな? 魚を捌く所作も凛々しい背の高いモテ男さん(これも多分にオレの主観…)だった。
この店では、ガキもヤクザもゲイもビアンも作家も俳優、ミュージシャン、タレントもテレビ屋、マスコミ、マッポや兵隊も含む公務員、政治家も、そんな地位も肩書きも国籍も(日本語を端から一切話す気のないヤツはお断りなのでそれ以外の場合は)関係ない。
等しく酒飲みのプロ(そんなもんがあったらの話だ…)になるべく、初っ端の注文の間合いから最後に勘定をお願いするタイミング、たとえ初見でも誰とも構えず飲み食いしつつ語る術や流儀を、習うより慣れろで学ぶか、それができぬなら一観客として最後まで弁えて楽しむか、その2択しかない空間。
楽しみつつ学ぶ大人としての修練の場。
ほんの数日前に書いた自分の主張とは完全に矛盾するが、かと言って二律背反や自己矛盾もなく語れる言葉にしか説得力がないというなら、オレはそんな世界はこちらから願い下げだ。
常務、オレの筆は今日も走ってるかな? 決して滑ってはいないよね?
オレは今年こそ再び働いて、それで得た金で飲みに顔を出すつもりでいたんだよ。
相変わらず言い出すタイミングが遅くて悪くてごめんなさい。
とりあえずそちらでまた会えたら、昔みたいにその日のメニューにないつまみを誂えてこっそりじんわり飲ませてください。
これまで本当にありがとうございました。そして、長い間お疲れさまでした。
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