別に、できれば死にたいなんてちっとも思わないんですけれど、最近、何だか対峙している相手との会話があまり成立していない気がしたり、役所からの郵送物で片手での対応だと難易度が高い申請手続きを求められるお知らせを読んだり、食品のフタがどうやっても片手では開かないケースに出くわしたりなど、一つ一つは細かいことではあるのですが、何かと生活への違和感のようなものが多くて「これが最近の報道でよく使われるワード『生きづらさ』ってやつかあ…」などと、身につまされています。
個別で言えば、たとえば対面やラインとかメールのやり取りで、自分の考えを客観的に筋道立てて伝えて相談しているつもりが、ちっとも建設的な話にまとまっていかないと感じるのって、やはりオレの脳が高次脳機能障害で少なからずイカレてて、理性的に話してるつもりが感情が制御できていない、話す内容に合理性と論理性が欠けているのかなぁ? とか考えたりします。
あまつさえ、ひどいときには、なんで上目線からバカにされてオレは意見されてるんだろう? とか、どうも初手から話を聞いてもらえてない気がするのは、オレの伝え方にやはり障害の影響があるから、そもそも話の前提からして検討に値しないと思われてるのかなあ…とも思ったり。これは被害妄想なんでしょうか?
古い友人には以前の自分と現在を比較して気づいたオレの社会的な問題点を幸いにもなるべく率直に伝えてもらえているので、尚のこと、近しい関係ではない第三者とのやり取りには一層の慎重さを意識して対処しているつもりなのですが、どうもうまくいきません。
やはり、自覚以上にオレの話は論理破綻しているんでしょうか? また少し悩んでみます。
次に役所の問題は、結果として最も最短最速だと思うので、近いうちに窓口まで出向き手続きのご協力を仰ぎ、その上でマイナンバーカードと銀行口座の紐付けもとうの昔に終わってるんだから、年金生活者に所得申告をことあるごとに郵送で文書提出させるのは、役所も市民も双方おたがいに時間と労力のムダではないのかと、僭越ながらご意見させていただきます。
さらに食品パックに片手で開きづらいものがあるのは、少し諦観もあり、小さな声を少しずつメーカーや売り手にフィードバックするしかないかとは思っています。
たとえば、充填豆腐のパックやレンチンご飯のようなシールタイプのものは、正直焦らなれば何とかなりますが、弁当や氷菓のありがちな硬めプラスチック系のパック型のフタは、どうしても当たり外れがあり、悪戦苦闘して開かないときはフタの縁を割ったり壊して開けています。そうしたらたまに指まで切るのよね…。
売り場のスーパーやメーカーさんは、新商品を市販される際には、一度、片手生活者の目線になって片手で開けてみるという事前チェックをしていただくのが、これからの社会的なデフォルトのルールになればいいなあと夢想しております。
斯様に、世間に流布される「生きづらさ」という、自己憐憫に過ぎるあまり生理的に好かない言葉が身に沁みるなんて、やはりオレのオツムは頓珍漢なスッテンテンなんでしょうね。
予告しますが、気分的には明日もおそらく少しブルーかもしれません。
https://www.seikaisha.blue/item-%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A7%E3%82%82%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E7%89%87%E3%81%BE%E3%81%B2%E3%81%AE%E7%94%9F%E6%B4%BB-%EF%BC%8D%E3%81%8F%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%8C%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%82%8B%E7%9F%A5/
