友人に教わった新しいスーパーで狂喜乱舞


オレは何を見せられているんだ?


観ている際のオレの率直な感想。


何度目のリブートになることか? そのへんの話はマニアの皆さんにまかせておくとして、直近のノーラン3部作と比較しても、最も陰惨陰鬱で長く、とても、一見の素人さんには安易にオススメできない。


物語は、雨の降りしきるハロウィンの夜に発生した再選を目指す選挙期間中の現職市長撲殺事件の犯行シーンから始まる。


本作の敵リドラーは、手口も動機から自己主張まで完全にシリアルキラー。そこへ主人公が迫る過程が文字通りドキュメンタリータッチで描かれます。


首に爆弾巻かれた地方検事のシークエンスの元ネタは、ネトフリの犯罪ドキュメンタリー「邪悪な天才」でも描かれた実際のピザ配達員爆死事件ね? とか、一瞬でわかるオレもどうかしてますがね。


残念ながら、高校の頃から福島章さんの「犯罪心理学入門」の読破を始めとして、FBIのプロファイリング系、新潮45編集やら、コリン・ウィルソン、種村季弘、古今東西問わず、著名な猟奇犯罪やら連続殺人事件の犯罪データベースは、ほぼほぼ頭の中にアーカイブしてあるのだよ。何のために? いつでも乞われた際には犯罪と戦えるようにと決まっているでしょう。


オレたちは、生まれてこの方ずっと少年探偵団に属したメンタルのままなのだから。


そんな、湿った夜のシーンばかり続く間、オレは常に「原罪」と「先祖返り」という2つの単語が頭の中でグルグル回っていました。


本作のブルースは、まだダークナイトとして動き始めて2年目という設定。


悪党や警察、そして世間にも彼の存在が認知され理解されているとまでは言えない状況。


両親が犯罪に巻き込まれ殺害されたことが、マスクとマントを身に着けて自警活動する動機になっているのは、これまでの作品と同様なのですが、清廉潔白と信じていた亡父と闇勢力の繋がりをリドラーに示唆されることで、自己のアイデンティティすら大きく揺さぶられるのです。


発症する少し前、ホアキン・フェニックスのジョーカー単体作品を見た時、オレは「これは、民衆の不安と不満を暴動と蜂起へどう煽るかのノウハウを見せる教科書だ」と思ったのですが、この作品はさらに一歩進めて「誰もが闇と無関係ではいられない現代」をダークファンタジーの衣を纏いながらも、相反するリアリズムで突きつける作品なのではと思ったのは、すでに最近はメモリの限界で、徐々にバグりつつあるオレの犯罪アーカイブ脳が見せる穿った妄想でしょうか?


アメコミの2大ブランド「DC」と「マーベル」。


どことなくマーベルの方は、あっけらかんなアメリカ万歳なイメージが強く単細胞キャラに思えますよね。


一方で、DCは「探偵コミック」の略であり、


本作の中のブルースも、録音録画機能付きソフトコンタクトレンズ以外では、コスチュームや特殊装備やメカに頼る描写は控えめで、特に前半はひたすらバイクと足を使って関係者や現場で調査や聞き込みをするのです。


いみじくも「郵便配達は二度ベルを鳴らす」は言うに及ばず、ハメットやチャンドラーを生んだパルプフィクション文化も探偵小説がそもそもの母体であり、日本でも戦後に松本清張が社会派推理小説と呼ばれるようになるまでは、おしなべて「探偵小説」と呼ばれる大きな分野があり、そこにはSFからゴジラのような怪獣、捕物帖、実録犯罪、幻想、伝奇モノまでが含まれるごった煮な闇鍋のようなカオスこそが妖しく魅力的という時代の方が長かったのです。


作中「オレは影に隠れているのではない、オレ自身が影なのだ」と語るブルースくんに「原罪や過去の記憶は遺伝するのか?」というドグラ・マグラ的命題、そして彼が己に課す行動規範に「探偵への先祖返り」を見てしまうオレの頭もまた、現実に潜む裏の顔を世間へ積極的に晒したくなるリドラー的なシリアルキラー寄りの病理があるのかもしれませんね?


まあ、オレがここまで書いているのだから、観る人は心してかかりたまへ。長い3時間超え。オレはもう少し理解を深めるためにコレから吹替にして再鑑賞します。



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