今日は脳卒中とその後のメンタルの話です。
救急搬送されてから即手術、そこからリハビリ病院へ転院するまでのいわゆる急性期は、自分で現状を把握することすら難しく、己の身体の状態も理解できず、夜中にベッドから降りて立ち(と言っても、単に足だけ床に下ろし、上半身はベッドにしがみついてる状態)、トイレに行きたいのに行けないとガキのように泣いてたり、暴れたりはしなくともそれなりに看護師さんたちにかなりのご迷惑をかけていたと思います。
まあ、周囲の同様の患者さんたちにはかなり激しい取り乱し方をされる方もいたので、外面気にしいのオレにとっては、そのおかげでいろいろわからないなりにまずは落ち着こうとできていた部分もあります。
そして、術後のICUからHCUを経て一般病棟へ移る頃には、なんとなくもう健常者に戻れないことはわかり始め、リハビリとは何ぞや? ということに活路を見出し始めていたでしょうか?
そし救急搬送の約40日後に、リハビリ専門病院へ転院となり、回復期が始まるわけです。
そうは言っても、まだ自分の中で身体能力として見た時の、やれることとできなくなってることの仕分けはほとんどできていません。
たとえば話す際の滑舌などは、未だに現実と頭の中のイメージにはかなりギャップがあります。高校時代に放送部として発声から滑舌まで日々の鍛錬をしたこと、NHKコンクールに出てた経験などの引き出しから使える滑舌のポイントを思い返すことで、何とかそれなりに話せてるだけで、人知れずオレの日常会話を録音して聞かされたら、おそらく死ぬと騒ぐまではいかなくとも、かなり絶望するでしょうね。
帰郷前の春には知人の小さな舞台劇のナレーションも依頼されてこなしたのですが、いま思うとそのとき使い物になってたかどうか、怖くて尋ねる気にもなりません。今さらだし。
なぜそこまで思うかと言うと、先日、人前で偶然音読する機会があり、その時の出来がそりゃあ話にもならないもので…。
そんな滑舌と同様に、自分の思考能力自体にも未だ疑問符がつきます。
特に回復期の頃は尚のこと。
文字通り、脳の回路がショートカットしてたとしか思えない言動と論理構築の数々…。
1つの物事が気になると納得できるまで気にするというレベルを超えて、かなり執着するし、堂々めぐりの三段論法を新しい物理法則でも発見したかのごとく、延々と解説しようとするしね。
もともと日々の言動がもったいぶってて傍から見るとイタいヤツでしたが、それでも回復期は比してもなお相当にイカレていたと思います。
いちばんヤバかったのは、退院時は車椅子でと告げられた夜でしょうか?
何とか杖歩行で帰るという選択肢しかその時の自分の中にはなかったので(いま思えばそれも妄執ですが)、まるで存分に絶望してみろという最後通告のように思えました。
心で処理不能のショック受けると、本当に目の前が真っ暗になるのね。
閉店ガラガラ…って、よく言ったもんだわ。
今もときどきその時の夢を見ます。まるで絶望の追体験みたいな感じですね。恥ずかしい話、そのたびにチビリそうになって目覚めたりします。
しかし、いくら自分をごまかして絶望を脇に無理やり置いといてでもマジメにリハビリに励んでも、片麻痺が劇的に回復することは現在医学ではありえません。
回復の伸びしろを過度に期待しすぎない。
いい意味でも悪い意味でも、後天的片麻痺者はリハビリの面では冷徹なリアリストにならざるを得ません。
本来は寝たきりでもおかしくない脳へのダメージだったらしいので、倒れる前の生活でもストイックに歩いたり走ったりしててよかったねと。
その時のストイックな努力が貯金のように、いま動けてる身体能力の下地になってくれてるのだと思いますよと理学療法士さんに言ってもらえてることだけを誇りに思いつつ、地道にやるべきことを日々やるしかないのです。
ただね。正味な話、メンタルは以前よりもダメダメです。前よりもさらに打たれ弱い。ヘコみやすい。脆い。
こればっかりは自分の気の持ちようだけではどうにもなりません。
周囲の方々のお気づかいありきで生きています。今後とも物心ともども何卒よろしくお願いいたしますね。
気が向いた方は、たまには直接でもラインでもかまわないので、この片麻痺ジジイをいじっておだてて遊んでやってくださいませ。すぐ図に乗りますけど、何分ご容赦のほどを。
ああ、片付けと模様替え頑張り過ぎたのか、肩が痛い…(;_;) 痛み止め飲んで3位決定のサッカー見る。
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