電車通勤をしていると世の中色んな人がいるなと思わされる。

書を捨てよ、電車に乗ろう。

 

最近は、寝るかスマホを見ている人が多い。

しかし、寝るふりをして瞑想していたり、スマホを見るふりをして瞑想している可能性も拭いきれない。

ながら瞑想である。

フェイクには十分気をつけたい。

 

そんなことはどうでも良いのだが、2シート席で奥に座らず(詰めず)手前に座る人、なんで?と思ってしまう。

奥に詰めなもう1人座れませんやん。

すんませんゆーて奥に入る時も多いが、なんで謝ってるんやろ自分と少しイラっとしてしまう。

手前の人は足を自分の体へ最大限に引き寄せ、面倒くさそうに奥への通行を許可する。

 

手前に座る人には、先に座ったもん勝ち・すぐ降りるから・奥恐怖症。

様々な己の正義があるのだろう。

奥に行くんやったら死んだほうがマシ。

奥だけはやめてつかーさい。

奥に行くぐらいやったら100万円払うさかいに。

 

手前派と奥行け派の正義がぶつかり、戦争へと化す。

電車だけに限らず、家から一歩外へ出るともう戦場だ。

そう思わせる社会になりつつある。

それぞれの正義がぶつかり、自分の正義に反する他者は排除しようとする。

 

 

何も持たない、すべて受け入れる。

心の安定を保つにはこうするしかないのだろうか。

 

生きるのはシンプルなのに難しい。

悩みのすべては人間関係が原因である。

たしかに。

 

歳を重ねるごとに自然や動物に魅かれ、人嫌いになっていくのもわかるなぁ。

あぁ神龍、猫にしておくれ。