今日のアルバイト終了時刻。
一昨日、40分睡眠のつけが今日来た。
若くないんだな~と思った。
今日の腕立て伏せは、100回、マイナス5回。
中国輸入ビジネス開始まで、4日。
夜勤のアルバイトに行ってくる。
今日のアルバイト終了時刻。
一昨日、40分睡眠のつけが今日来た。
若くないんだな~と思った。
今日の腕立て伏せは、100回、マイナス5回。
中国輸入ビジネス開始まで、4日。
夜勤のアルバイトに行ってくる。
今日のアルバイト終了時刻。
昨日は、商品発注のための資料をアルバイト終了後に始めた。
結局、寝たのは40分だった。
ブログも書けなかった。
今日の腕立て伏せは105回、プラス1回。
中国輸入ビジネス開始まで5日。
仕事に戻る。
今日のアルバイト終了時刻。
昨日の腕立て伏せは、108回、今日の腕立て伏せは110回。
中国輸入ビジネス開始まで7日。
中国に行く前に、出発前にハングリー精神の事を書いたが、恥ずかしくなった。
夜勤のアルバイトに行ってくる。
関空に到着した。
行きは気が付かなかったが、関空は上海空港と比べると人の数は、もの凄く少ない。
閑散としている印象を受けた。
また、事務所まで戻ってくるのに1時間半もかかった。
不便だな~と思った。
事務所は大阪駅のとなりの駅なので、場所的には不便な場所ではない。
事務所に戻っても上海の熱気が取れず、とりあえず、親友に電話した。
親友は金融機関で働いていて、また今の社長が日銀から来ていて、かなりの中国通で話を結構聞いていると以前聞いていたからだ。
それで、今回見てきた上海について自分が熱く語ったら、「何をそんな当たり前の事、言っているの?」と言われた。
今、アジアの金融センターの中心がシンガポールと香港になっていて、東京市場は、昔と違い、ニューヨーク、ロンドンとは、比べる対象になっていないと言われた。
それで、ネットで調べたら、
世界金融 センターランキング 2007年9月時点
1.ロンドン
2.ニューヨーク
3.香港
4.シンガポール
5.チューリッヒ
6.フランクフルト
7.ジェノバ
8.シカゴ
9.シドニー
10.東京
ロンドンのシティーがこのほど発表した世界金融センターランキング指数によると、
香港が684ポイント(1000ポイント満点)でアジア首位、世界ではロンドンとニューヨークに次ぎ
第3位の座を占めた。アジアでは世界第4位のシンガポール(660ポイント)だけが香港に迫る
勢いを見せたが、かつてのアジアトップの都市・東京は第10位に落ち、中国本土の2大都市・上海と
北京はそれぞれ24位と36位だった。
報道によると、香港は多くの優勢を持っているという。24時間のグローバル取引という環境において、
米国市場が引けヨーロッパ市場が開けるまでの間、香港は両市場の取引の時間的空白を埋めている。
また、中国本土が背後にある香港は、外資の本土参入ルートであると同時に、本土企業が海外資金を
集める第一選択地ともなっている。多くの本土企業が昨年、香港市場に上場したことから、香港が
ロンドンとニューヨークの座を奪う可能性がさらに高まると期待されている。
上記のような記事があって、親友曰く、今はシンガポールのほうが香港よりもちょっと上らしい。
そしてアジア経済拠点の中心が上海らしい。
日本にだけいると情報に疎くなると思った。
ちなみに車で一番多く見かけたのが、フォルクス・ワーゲンで、これも一番最初に中国で合弁会社を作ったので、当たり前らしい。フォルクス・ワーゲンがシェアトップらしい。
どうりでタクシーのほとんどがフォルクス・ワーゲンだった。
日本にいるとトヨタが中国市場で伸びていると言う記事しか見たことがなかった。
また、最後になるが中国の食事はみんな美味しかった。
向こうでは、安いものはまずくて危険性があり、値段によって分かれていると言うのは本当だった。
あとは、ブログで書けなかった知らなかった事を調べていたら、この時間になった。
自分がいかにアジアの状況も全く知らなかったと痛感したのと意識が変わったのを感じた4日間だった。
20日は、早い時間に出発で大阪に帰るだけの日だった。
6時に起きて、帰りも送迎付きなので、7時にチェックアウトした。
この日は行きと違って、他の日本人2人とも一緒のワゴン車だった。
そして、ガイドの人が25才の上海人だった![]()
ここでも空港まで私とガイドの人で話をし続けた。
他の2人は全く話をしなかった。
途中からは寝ていた。
自分はおしゃべり好きと思いながらも「チャンス!!」と思い、話をしていた。
ガイドの人も話し好きで、色んな事を教えてくれた。
そのガイドの友達達は、「英語を勉強して欧米系の会社で働いている」と言っていた。
理由は簡単で、欧米系の会社だと現地法人の社長の道があるからだ。
日本の会社は99%日本人が社長になるので、夢がないと言っていた。
悲しいことだが、合っているなと思った。
他の色々な話をしながら、空港に着いた。
貿易会社の人も言っていたが、上海が気に入って、週の3分の1ぐらいは、上海で過ごしている、あまり大きくない会社の社長もかなりいると言っていた。
自分も上海で週の3分の1ぐらいは過ごせるように頑張ろうと思い、名残惜しかったが、飛行機に乗り、大阪への帰路についた。
この日も夜には打ち合わせと飲みに行くことに貿易会社の人と話をしていたので、元さんと一緒に会社まで行った。
元さんは、明日も朝の8時から日本のエレベーター会社の社長が来て、その通訳の仕事があるので、元さんとは、会社に戻った時点でお別れになった。
しかし、中国の人は話好きだと思った2日間だった。自分も変わらないぐらい話し好きなので、とても楽しかった。
貿易会社の社長の人と食事に再び行った。
それで今まで見た「自分の知らない上海」について、分からないことをいくつも聞いた。
それで、ようやく、上海などの経済特区などのエリアは、「日本よりも自由で商売がしやすいためにアジアの中心地になっていることが分かった。」
欧米系の企業ももの凄い数が進出していて、中には「本社を上海に変更した」かなり大きいヨーロッパの外資系企業もあるのを知った。
当然、日本の会社も進出してきていて、かなりの規模の「日本人居住エリア」があることを知った。
「百聞は一見にしかず」と言うのをここまで実感したことがなかったので、自分に取っては、「衝撃的」だった。
また、今年は北京オリンピックがあるが、上海の人は2010年の万博やオリンピック後に起きるかもと言われている「バブルの崩壊」のほうが関心があるらしい。
また、経済規模も上海のほうが北京よりも大きく、都市的には、東京と大阪みたいな意識らしい。
中国については、政治機能は北京で、経済は断然、上海と日本とは多少異なる。
上海については、実態が伴っていて、自分的には全然「今の中国はバブル」と思わない。
ただ、政治的な方針転換が北京オリンピック及び万博の後にあるかもしれないと言った中国独特の政治機能が影響しているらしい。
結局、この日も食事の時も飲んで、その後、飲み屋に行って2時まで話をしていた。
この日は、腕立て伏せは、約90回。
酔っていた。
上海に着いてから、車の運転の荒さと中国独自の交通ルールには、驚いていた。
よく事故を起こさないな~と思っていた。
帰りの高速道路で、まず、バスと乗用車の事故を見た![]()
乗用車はエンジン部分まで潰れていた。
今度はトレーラーと乗用車が事故を起こしていた![]()
乗用車の運転席まで潰れていた。煙も出ていた。
やはり、事故は起きているんだな~と思った。
この日は、いよいよ工場の視察だ。
工場の人がホテルまで迎えに来てくれると言うので、待っていたら来た。
車は「ベンツ」だった。
工場は小規模ではない会社なのは聞いていたが、この工場の社長も富裕層に入っているのを実感した。
元さんは、前に他の日本のお客さんと2回来ているので、慣れた調子だった。
それで工場に着いて案内をしてもらったが、悪い方の予想が当たっていた。
実は、工場の規模は大きいのだが、担当者の女の子が、しっかりしていないと言うのは、聞いていた。
そして、その通りだった![]()
サンプルが要求通りに出来ていないのと、話が違っている点があった。
元さんもその担当者は、要求通りに話が通らないのを知っているので、「あ~、やっぱり」と言っていた。
そこで、社長の奥さんが登場!!
今までは、社長にしか元さんも会っていなかった。
ニコニコ笑っているおじさんが社長と言っていた。
社長の奥さんが来てから、話が変わった![]()
どんどん話がきちんとした方向で進む。バリバリのキャリアウーマンと言ったところだ!!!
確かめることがあったら、走って確かめにいってくれた。
話が正常に戻り、収集がついた。2時間視察予定が、結局4時間になった。
その後、社長の奥さんと一緒に食事に行き、工場視察が終わった。
中国だと、奥さんがバリバリのやり手の場合も多いらしい。
その場合は、男性の社長はあまり働かないらしい。
何もせずに富裕層にはなっていないと思った1日だった。
その日は、上海の戻るので、再びバスに乗って上海へ向かった。
17時にホテルを出て、街をブラブラしていた。
この時間帯は、大部分の人が仕事を終えて家に帰る時間なので、交通量がすごい!!
中国の建物は、ここ10年で建てられたものが多いので、近代的なビルや、おしゃれなビルが、多少繁栄している地域では、あるみたいだ。
元さんと朝鮮族について話をかなりしていたので、韓国料理の店に入った。
ここでも色々な話をして結局3時間ほどいた。
その中でも印象的だったのは、鄧小平氏の改革から中国は変わっているので、その話をしたら、元さんも両親から「こんな風になるなんて想像もしていなかった」という言葉だ。
また、彼女のお母さんは、何と「ここ5年間アメリカに出稼ぎにいっている」と聞いてまたまた、驚いた((((((ノ゚⊿゚)ノ
1800年代後半から歴史的な理由で、中国の人のパワーが出ていなかっただけで、今そのパワーが出ていると痛感した。
そして、帰りも街をブラブラして22時にホテルに戻った。
上海だけが夜が遅いと思っていた昨日だったが、そうでなかった。
この日の腕立て伏せは、102回だった。