第四句集『忘音』所収。

『忘音』には1965年晩夏から1968年晩春まで(龍太45歳から48歳まで)の作品が収められている。

1966年(46歳)作。

季語「夏」についてはこちら

 

前書「奥伊豆大瀬(二句)」の2句目。

年譜を参照するとこの年5月に奥伊豆を訪れており、当地の新緑の瑞々しさを「夏鮮(あら)た」で示したものと思われる。

「雨」の後には切れがあり、時間と状況の飛躍がある。

すなわち「夏鮮た」は雨中ではなく、雨後の新緑だ。

また「雨」は明るさを伴ったにわか雨とするのがふさわしく、そうすることで切れと「鮮」の一字の効果が高まる。

「壁厚き」は不詳だが、奥伊豆はなまこ壁が有名らしく、あるいはそれを指しているのかもしれない。

いずれにせよ前書の「奥伊豆」と相俟って、「壁厚き家々」から古い町並を想像するのは自然だろう。

全体を眺めると、「雨」を仲立に句の前半と後半とで“古”と“新”とが対照され、お互いを引き立て合う構造になっているのがわかる。

「壁厚き」どっしりとした「家」のような、精緻に設計された堅固な作品と言えるだろう。