第四句集『忘音』所収。
『忘音』には1965年晩夏から1968年晩春まで(龍太45歳から48歳まで)の作品が収められている。
1967年(47歳)作。
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「春の茸(たけ)」の種類を詮索してもはじまらないだろう。
“季節外れの茸”と解したい。
言い換えると、本来の季節である“秋の茸”との対比が隠れており、「茸」の群生するどこかこの世離れした秋の山中の光景を背景にしつつ、時期を違えて地上に顔を出した「春の茸」のどこかしら間の抜けた感じを、「うつつ」という措辞で表現したものと思われる。
とすれば動詞「思ふ」の主体は作者である同時に、「春の茸」そのものの感慨にもなりうるだろう。
そこに龍太一流のユーモアを見る。
ただし、単なるユーモアで終わっていないのは、「地」の一字だ。
この一字が“草萌”や“啓蟄”といった言葉を連想させ、「茸」を取り巻く春の風景を読者の脳裏に浮かび上がらせる。
「茸」という春とは対蹠的な対象を取り上げることにより、いわば搦手から春景色を描いた一句と言えそうだ。