季語は「枯山」で三冬。
作品の深い寂寥感からすると、寒中がもっともふさわしいか。
山彦を試みようと山に向かって叫んだが、声は虚空に呑まれ戻ってこなかったという。
いつもと違ってその日その時だけ戻ってこないということは、自然現象としておそらくないだろう。
また、戻ってこないのを知っていたのに、あえて試みたというのも自然ではない。
初めて足を踏み入れた土地、初めて見る山だからこそ、試みたわけだ。
さらに、「わが」という一人称が、一人旅であることを思わせる。
一人旅は、家族や仲間などとする旅と違って、どことなく夢の中の体験といった感じがする。
日常から完全に切り離されるからだろう。
本句もどこか夢の情景といった印象がある。
たとえば、何か恐ろしい物に追いかけられているのに、走っても走ってもなかなか足が前に進まない夢をみることがある。
それと同じような感覚を、「わが大声の行つたきり」に感じる。
その名状し難い不安感、孤独感、寂寥感を託そうと選択したのが「枯山」であり、「枯」の一字だろう。
作品の深い寂寥感からすると、寒中がもっともふさわしいか。
山彦を試みようと山に向かって叫んだが、声は虚空に呑まれ戻ってこなかったという。
いつもと違ってその日その時だけ戻ってこないということは、自然現象としておそらくないだろう。
また、戻ってこないのを知っていたのに、あえて試みたというのも自然ではない。
初めて足を踏み入れた土地、初めて見る山だからこそ、試みたわけだ。
さらに、「わが」という一人称が、一人旅であることを思わせる。
一人旅は、家族や仲間などとする旅と違って、どことなく夢の中の体験といった感じがする。
日常から完全に切り離されるからだろう。
本句もどこか夢の情景といった印象がある。
たとえば、何か恐ろしい物に追いかけられているのに、走っても走ってもなかなか足が前に進まない夢をみることがある。
それと同じような感覚を、「わが大声の行つたきり」に感じる。
その名状し難い不安感、孤独感、寂寥感を託そうと選択したのが「枯山」であり、「枯」の一字だろう。