著者は、例の足利事件で菅家さんの精神鑑定を行い、その際の録音テープをめぐり裁判中すったもんだあった人。
そのことについてはここでは書かないので、興味ある方はネットで検索を。
本書では、犯罪心理学の定義から、その歴史、様々な学術上の理論などが網羅的に解説されている。
あとがきを読むと、大学での講義の内容をまとめたものらしい。

「犯罪」という言葉は、その概念定義が難しい。
時代や地域によって「犯罪」の内容が異なってくるからだ。
したがって、「犯罪心理学」という言葉自体が曖昧なものにならざるをえない。
著者もその点を自ら指摘しているのだが、なぜか曖昧にしたまま先に進んでしまう。
犯罪心理学には「われわれ人間一般のこころのなかに秘められている異常性や本性を、特定の固体を通して研究するという、いわば人間学的な目的を持っている」(P38)という結論では、「犯罪」も「犯罪心理学」も定義したことにはならない。
異常心理学といった隣接分野との境界も判然としない。
この著者のいう「犯罪心理学」なる学問に、つまりこの本そのものに私がいかがわしさを感じる大本はここにあるようだ。
もっとも、出版されて30年ちかく経っているので、現在ではもっと明確な定義がなされ、研究内容ももっと細分化されているのかもしれないが。

いずれにしても、心理学一般が帰納的方法によって現実を抽象化し、体系づけたものである以上、その結論にはつねに誤謬の可能性が含まれていることを認識しておいたほうがいい。
まして、心理学的解釈を下すことによって、ひとりの人間の内面を完全に把握できる(できた)などと思うのは、それこそ誤謬そのものだ。
この本のなかでも、具体的な犯罪者の事例をあげて心理学的解釈をほどこしているが、既成の理論をベースに類型化してみせているにすぎない。
ひとりの人間の心理を浮かびあがらせているのではなく、むしろその人間独自のものを捨象してしまっているのだ。
読者は犯人その人を現実には知らないために、その心理学的解釈を聞いて、その心理がすべてわかったような気持ちになるにすぎない。
もっとも、この種のことは心理学にかぎらず、社会科学全般にいえることだが。

本は処分。

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