秋空移動中に見上げた空。秋ですね。営業関与先で少し兆しを感じたり、社内で交流のない層に風穴が開いたり、定期面談で中堅の発言や思考に目覚ましい進化を感じたり、思わぬ期待をクライアントから伝えられたり・・仕事をしながら状態や時間は留まらず、川の流れのごとく過ぎているなと感じる今日この頃でした。自分も変わっていかなくては。
意義自分の仕事の意義とは何か?を考えることはありませんか?私はことあるごとに考えてしまいます。気軽に「採用屋」のようなイメージを持って依頼される方、数少ないセミナーに参加いただいてあまり発信していない「売り」を理解いただいて最初からトップ対応をしていただけるところ、どなたかの口コミが伝わって「こういうことはできますか?」と問い合わせからスタートするところ、さまざまです。お取引が始まると「どのように課題解決という成果を上げていくか?」を考えだすのでとにかくアツさと冷静さのバランスに心がけながら、キモの部分はひとりになったときにじっくり考えていたりしています。クライアントには大事にしていただいていますが、どこか孤独な面もあるひとり起業でもあります。最近よく研修の場で、内発が大事だという話をします。実際、自分自身にやってみよう、挑戦しようという気持ちがなければどんな素晴らしいものに出会っても、過ぎていく時間にさらわれていくだけです。本質的に自己啓発できる人、部下や後進を持っていてそれを促す策を昼夜問わず考える人、私は関わる組織のすべての人にこの内発に火をつけていくような立場だと思っています。その人を変えていこうというのではなく、自分がその人によって変えていけるようにならなくてはいけないとは最近多くの場面で思うことです。仕事の意義のみならず、自分の存在意義なんて自分で見つけ出すしかないと思います。価値に疑問が湧いたらその価値を創り出すべく努力すればいい。やったことないから無理だと考えることが悪くはないものの、確実に自分の価値を創り出す機会を失っていることにもったいなさをかんじなければいけない。しんどいことや嫌なことは、その先のどこかで必ず自分の役に立つ。なんとなく中途半端さや消化不良を感じた時は、然るべきプロセスを踏んでいないからだと考えるとよいのではないでしょうか。そういった意味で、出会う人との関係性は、その都度大事にしていかなければならないと思います。もちろん万人とは言いませんが。仕事の意義とはひたむきに利他ともに何かを満たす営みのようなもの。積み上げるその先に答えはあるのでとにかく今はひたむきに、ひたむきに。
スタートライン昔の話。29歳頃、成績も悪くないのになかなか昇格できずにいた毎日に悶々としていました。この頃は飼い殺しみたいに捉えていましたが、結果的には現在の仕事においても大変貴重な数年間でした。ふと上司より、「大阪行って来い」という出張命令が下り、5日間、実質は3日間稼働でお世話になることに。ここでマネージャーをしていたのはOという次長。所長の大卒者が数えるほどしかいない中、さまざまな困難を乗り越えてその場にいらっしゃいました。梅田に事務所がありましたが、市場開拓力はものすごい支店でした。もちろんほとんどの社員が私よりも後輩。その中のトップセールスと呼ばれる男女に2日連続で同行をさせてもらいました。特に女性の方は全国に名が轟くような社員で「係長がつくと緊張しますね・・」といいながら、緩く淡々と営業をスタートしました。さすが都会という感じの断られ方が多く、私なら30分で折れるな・・と思いました。それでもたった3時間の稼働でしっかり契約を取り、本物の営業力を見せてもらいました。25歳でこれができるのはすごいな・・と。そして、そんな貴重な戦力に惜しみもなく同行をつける準備をしてくれていた次長にも感謝の気持ちでいっぱいでした。自分が稼働したのはたったの一日。しかし、営業の世界ですので「わざわざ目下の社員に同行をつけてもらった上に会社の経費で出張に行って結果がでないなどとはまったく価値がない」と言われるのは目に見えていましたので、必死で準備して、伊丹空港近くの古い住宅街をアタックしました。毎日四国で仕事をしていて、留守が半端ないな・・とか、また来たという反論が多いな・・とか思っていましたが、何も比較にならないほど「キツイ」市場でした。こんなところで結果を出すのは凄いな、と一瞬思ったものの、たった一日の営業日、何も考えずに回りました。そして最後の最後でなんとか一本取ることができました。阪神だか阪急だか忘れましたが、電車に乗って梅田まで帰ったのを覚えています。次の日、朝礼で私のオーダーのことを全員の前で話してくださり、「松山の追求心を見習え」のようなことを社員に伝えたあと、支店の施策に「オーダーをとったらくじがひける」というものがあり、恐縮にも参加させていただきました。そして、社員が全員出発していきました。私は飛行機の時間まで3時間ほどあり、次長といろいろな話をさせていただきました。印象的な内容がふたつあります。これは今も私の根っこにしっかりと残っている考え方でもあります。「お前、自分よりも後輩が所長になっておもしろくないやろ」「はい、まったく」「自分も努力して成果を上げているのになんでやとか思うんやろ」「正直そうです」「じゃあ後輩の○○は努力して所長になったと思うか?」「それはわかりません」「じゃあお前はどうなんや?」「努力しています」そしてしばらく沈黙があってこう言われました。「努力せずに報われる奴もいれば努力しても報われないやつがいる。けどな、努力して報われた奴の方が必ず長持ちするんや。わかるか?」このときは単にフォローしてくれているんだと思っていましたが、今となっては真理だなと思います。もういやだと思うその先に、諦めかけて最後の伸ばした爪の先に、次の展開が待っていて、活きる未来が拓けるものです。そしてあっという間に3時間が経過して、そろそろ行きますと出発しかけると、ご自分の財布から何枚か札を出してひょいと渡されました。「お前が毎日遅くまで仕事するから飯にも連れていってやれなかった。ここから空港までタクシーで4000円や。これで乗っていけ。」次長の心意気はグッと伝わってきました。あとで考えてみると単にこれは交通費ではなく、そのあとの私の将来へ導く片道切符のようなもの。その年の年末に私は大分への所長としての転勤命令が下り、翌年年末には全国で一位の達成率の営業所という成果を、素晴らしい社員に恵まれて成し遂げることができました。上司のスタンスは、自分の利益にあらず、後進のものへと道筋を立てて無償の慈しみを持って与えるものなのだと次長より教えていただいたのでした。大森次長ありがとうございました。教えていただいたことを活かし、また伝導し、そして新たに積み上げて長持ちできるよう努力していきます。