適材適所とは | かんがえる蛙

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いろいろカンガエル日々のブログ。

本日は原稿デー。関与先ID、パスワードもぼちぼち発行されてきて、久しぶりにコツコツ書くことになりそうです。いい天気なのですけれど・・山にドライブ行きたいです。

さて、昨日某さんとお話ししている中でこんな事言われていました。

「今回入社してもらった○さんは、経験はあるといえども自社ではまだまだ戦力とはいえない。本格的な仕事は現在の社員が深めていき、○さんにはル―ティンや汎用の作業をやってもらう。そうすることで中堅やベテランはより専門的な仕事に注力できる。でも協力して分担して仕事する意識がなければ、ひとりが初歩作業から難易度の高いところまですべてやらなくてはいけなくなり、結局は非効率なだけでなく、新人にとってもやることのない、望ましくない環境をつくってしまう。」

なるほど。強弱はあるにしても真理だと思います。例えば五年目の社員が一年目の社員と同じことをやり続けなければいけない環境は不幸だと思います。五年目には五年目の仕事があるし、一年目には一年目の仕事がある。とかく「専門的・専任的」に見えたり、「個人のワンストップ」のように認識されている仕事は解体する必要があります。よく仕事のやりがいということが言われますが、これを創出するひとつの要素に「しんどいことを経て、今はこれができる!」という到達感が要るのです。後進もそれを見て「あそこにたどり着きたいからしんどいことも頑張る」と目標にする人がでてきます(もちろん全員ではありません)。進歩の実感にも個や集団の演出や意識付けが必要と言えるでしょう。

午前には、久しぶりに某さんとも情報交換をしました。まだ年齢も若いのでいろいろ手探りで悩ましいところもあるようですが、ふと感じたのは「自分のよさに気づいていない」ということ。もっというと自分のセールスポイントはこれです!というのがはっきりしていない。だからそこはかとなく「自信のなさ」が漂っている。私から見ると結構やっていることは立派だと思うんですけどね・・。

迷えばいつも「なんのためにどうしたいか?」を自分と向き合うことが大事。そのときに周りの人はあまり関係ないと思います。その「なんのためにどうしたいか?」が自分の中で決まれば信頼できる人と意見交換をしてみると方向性の精度も増すように思います。人間はいつも適所で活躍できることが幸せだと思いますが、その適所は自ら創っていくものです。もちろん組織の長ともなれば、配下のパフォーマンスをいかに高めるかを常に考えなくてはいけません。そういった取り組みこそが、利益とともに絆となっていくことと思います。

「頑張らなくても報われるものがいる。頑張っても報われないものもいる。前者は長持ちしないが、後者は確実な力となって別の場面で必ず活きる。だから今をひたむきに頑張り続けることが大事。」
20代最後に上司からもらったアドバイスの意味が、色々な場面に遭遇する事でだんだんわかってきたこのごろです。